第1話 婚約破棄と、ご指名
王宮の大広間に立った瞬間、分かった。
(……今日、誰かやる気ね)
視線が落ち着かない。
ざわつきが、わずかに浮いている。
こういう空気――
前世で、何百回も嗅いだ。
「ユノス・メルク・フォビア。
お前との婚約を、ここで破棄する」
第二王子カイル・ルイテル・ヴァンテイルは、
少し胸を張って、そう言った。
(あー……はいはい)
この角度。
この声量。
この“決めた俺”って顔。
(今日が初めての舞台挨拶、って顔してる)
今日は十六歳の成人の儀。
人生の節目。
そして、
男が「俺が主役」と勘違いしやすい日。
「理由を、伺っても?」
私は声を荒げない。
ここで感情を乗せたら、
“負け役”を引き受けることになる。
「可愛げがない。
それに冷たい。
悪役令嬢だという噂も絶えないしな」
(出た)
テンプレ。
本当にテンプレ。
男が自分の都合を正当化するとき、
必ず使う言葉。
可愛げがない。
(それ、
“思い通りにならなかった”って意味でしょ)
周囲の空気が、露骨に冷える。
視線が、
“あ、この人ヤバいな”って方向に動くのが分かる。
(……あーあ)
店なら、
この時点で黒服がフォロー入れる場面。
でも、ここは王宮。
誰も、
王子の暴走を止めない。
「そうですか」
私は、軽く首を傾げた。
怒らない。
泣かない。
被害者ムーブもしない。
夜の世界で学んだこと。
男は、
自分より“余裕がある女”を見ると、
一気に不安になる。
「では、そのお言葉。
正式なものとして、受け取らせていただきますわ」
カイルが、一瞬だけ黙る。
(ほら)
想定外の反応。
“縋られる予定”だった顔だ。
「……ああ。
それと、紹介しておこう」
彼は、横の少女を引き寄せた。
淡いピンク色の髪。
甘い笑顔。
(あー……この子は)
一瞬で分かる。
“選ばれた自分”を
ステータスにしたいタイプ。
「新しい婚約者だ。
レミア・カーミル・ローディス。
お前とは違って、素直で可愛げがある」
レミアは、
少し顎を上げて微笑んだ。
「よろしくお願いしますわ、ユノス様。
王子様に選ばれたのは……私ですから」
(うん、
今いちばん言っちゃダメなやつ)
私は、心の中で小さく合掌した。
でも、表情は変えない。
「ええ」
軽く一礼。
「どうぞ、お幸せに」
その瞬間。
――空気が、変わった。
泣かない。
怒らない。
張り合わない。
“引いた女”の余裕は、
周囲の目を一気にこちらへ引き寄せる。
(王宮も、
お店と同じね)
派手な子より、
静かな子が
最後に注目される。
ふと、
真正面から視線を感じた。
第一王子――
アレクシア・ルイテル・ヴァンテイル。
(……あ)
この人、
完全に“見る側”の人だ。
評価する目。
値踏みじゃない。
“面白いかどうか”を見てる目。
(じゃあ、
ちゃんと投げるわ)
私は一歩、前に出た。
声のトーンを、
ほんの少しだけ落とす。
これは――
店で、
いちばん大事な瞬間の声。
「殿下」
名前は、呼ばない。
距離を、保つ。
「どうなさいます?」
一拍。
間を、置く。
――沈黙は、
最高の演出。
「……私をご指名していただけますか?」
ざわっ、と
大広間が揺れた。
でも、私は動じない。
これは、
色気でも挑発でもない。
選択肢を差し出す言葉。
そして分かる。
この言い方は、
“場を読める男”にしか、
刺さらない。
アレクシアの視線が、
ほんのわずかに細くなる。
(――刺さった)
その瞬間、
私は確信した。
この王宮、
攻略できる。
夜の世界と同じ。
主導権を握るのは、
声の大きい人じゃない。
“空気を制した人”だ。




