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⑤何故、”婚約破棄”をしなくてはならないのか


 そこから私たちは、正式な手続きを踏んで、この夫と妻が反転してしまった誤登録を直そうと何度も試みた。


 けれど、「性別」や「年齢」といった項目には、ガチガチの制限がかかっている。


 性別変更の申請を出しても、返ってくるのは決まってこの文言だ。


《重要属性データの変更は、原則として受理されません》

《理由:補助金・税金・社会保障サービスに重大な影響が発生するため》


 つまり――

 一度登録された性別や年齢は、「ちょっと間違えました」の一言では気軽に直せない仕組みになっている、ということだ。


 昔は、今よりずっと簡単に変更できたらしい。

 ただ、その「変更できる」というルールの穴を悪用した人間が、大勢いた。


 たとえば、

 ・実年齢をごまかして、若作りする人、年金を早く受け取ろうとする人

 ・性別を都合よく切り替えて、特定の補助を二重取りしようとする人


 そういう前例が山ほどあったせいで、今では申請プロセスが「滅茶苦茶大変」と言われるレベルまで、厳しく強化されている――というわけだ。


 一応、「性別が逆に登録されてるだけなんです」と、

 その経緯をできるだけ丁寧に書き連ねて、役所の問い合わせ窓口に送ってみた。


 だが、返ってきたのは、きれいなお役所テンプレだった。


《婚約・婚姻状態に紐づく重要属性の変更はお受けできません》

《修正する場合は一度契約状態を解消し、新規契約として再申請してください》


 要するに――


 “今の婚約を一回まるごと解消して、完全にゼロの状態に戻してから、最初からやり直せ”


 と、そう言ってきたのだ。



 そして、私たちの場合は、さらに事情が悪い。


 私たちは今、「婚約補助金」と呼ばれる制度の対象になっている。

 共同生活の家賃補助や、一部税控除、結婚準備費用のポイント還元――

 そういった恩恵を、ありがたく、そしてしっかり受け取ってしまっている。


 この状態で、


『婚約を一度破棄して、性別を直してから、もう一度婚約したいです』


 と申請すると、AIはこう判断する。


《婚約補助金詐取のリスクがあります》

《現在の申請理由:入力ミス》

《信頼度:低》

《悪質な補助金詐欺の可能性を否定できません》


 ……と、見事に疑いの目で返してくるのだ。


 つまり、「性別を直すためだけの婚約破棄」は、

 “補助金目当ての不正の可能性があるから認めません”――というわけ。


 しかも追い打ちをかけるように、少子化対策の一環で、


「若年層の結婚率を上げるため」


 という名目のもと、一定期間以上婚約状態が続くと、

 今度は婚約破棄そのものが、どんどん通りづらくなる仕様になっている。


 長く続いている婚約ほど、


「ここまで続いているなら、まだ修復の余地がある」


 とみなされてしまうからだ。


 こうして私たちは、「性別を直したいだけ」なのに、


 ・補助金詐欺の予備軍としてAIにマークされ、

 ・婚約破棄すら、そう簡単にはさせてもらえない


 ――という、きれいな八方ふさがり状態に追い込まれていった。



 要するに、性別の誤登録を正したいなら、私たちに残された道はひとつだけ。


①まず、AIに「この婚約は本当に破綻しました」と認定させて、婚約破棄を通す

②婚約補助金などの各種契約を、きれいにすべて終了させる

③そのうえで、“別カップル扱い”として、最初からもう一度婚約し直す


 この三ステップしかない。


 ……なのに、その肝心の①「婚約破棄」が、そもそも簡単には通らない――


 というのが、AIシステムの頓珍漢(トンチンカン)な答えだった。


(AIから見たら、私たちなんて“よくいる補助金目当ての嘘つきカップル”って扱いなのかしらね)


 正規手続きの範囲で、どれだけ丁寧に事情を説明しても。

 どれだけ真面目な文章で申請しても。


 AIは、私たちの訴えを、山ほど送られてくる「よくある言い訳」のひとつとしてしか扱ってくれなかった。



 そんな行き詰まりの中で、夢子から聞いたのだ。


「お互いが嫌い合っている“演技”をしたら、婚約破棄が通った例があるらしいですよ」


 目を輝かせながらそう語る夢子は、やたらと気合いが入っていた。


『婚約破棄になにより重要なのは――キャラ設定ですわ!』


 どこかで聞いたような台詞を、本気の目で言い切る舞台女優に引っ張られるようにして、

 私たちは今、こうしてAI判定システムの前で、芝居じみた婚約破棄劇を繰り返している――というわけだ。


(……人類がこんなふうに、AIの思考の裏をかくことばかり考えているから、こんな変な仕組みばかり増えていくんでしょうね)


 そして、今日もダメだった――というわけ。


 判定は、あっさり却下。


 ともあれ、各自予定もある。

 私も夕方にはライブの準備があるため、続きは後日ということになった。


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