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3/10

③馴れ初め?


 それから、交流を重ねるうちに私も彼の漫画が気になって見せてもらった。

 しかし、その結果――ほぼ強制的に制作を手伝わされることになった。


 そしてそれが成果となって実を結び、彼と私でオリジナル同人誌即売会に参加した日。


 この時ばかりは、コスモはきちんと“男の状態”で参加していた。

 地味めなシャツに黒のパーカー、メガネ。いつものふわふわワンピースとは真逆の、いかにも「創作男子」みたいな格好だ。


「女装漫画家としてデビューした方が話題性もあって売れたんじゃないかしら」


 スペース設営を手伝いながらからかうと、コスモは苦笑して首を振った。

 机の前にはサークル名と電子化された広告が、空中にぽわんと浮かんでいる。


「そういう売り方は最終手段にしたいかな。それをネタにして売ると、どうしても色眼鏡をかけた評価になっちゃうしね」


「だったら、なぜ私に売り子を頼むのかしら」


「いや、それはほら……漫画の実力とは関係ないところだから。セレスは見た目で注目されるだろうし。それに、隣に座っててくれたら、それだけで安心するというか」


 そんなことを平然と言う。


 本当は、売り子なんて嫌だった。

 私の性格的には、そこまで社交的なタイプでもない。


 自分の本でもないのに一日中座りっぱなしで、知らない人と笑顔でやり取りして、

 「よかったら電子版もあります」とか「サインは無料です」とか、適当に愛想よく声をかけるだけでも、正直かなりしんどい。


 (歌手としてのファンサービスと、同人の売り子とでは、全然勝手が違うわね)

 

 正直、中々にしんどい交流会だ。


 でも――彼がこの一冊を書き上げるのに、どれだけ苦労していたかを、私は知っている。


 締め切り前、何度も通話越しにうなり声を上げていたこと。

 クラウド上げられたネームを読みながら、私が「ここ、セリフ弱い」「このヒロイン、今のままだと嫌われるわよ」と散々ダメ出しをしたこと。

 そのたびにコスモが原稿データを修正して、また送ってきて……を繰り返したこと。


 気づけば私は、ほとんど共同制作者みたいな顔をして、原稿に口を出していた。


(……こんなに関わったら、そりゃあ応援したくもなるわよね)


 スペースの前に並んだ新刊の表紙には、私の提案が反映されたヒロインの表情が、ちゃんと描かれている。

 その顔を見るたびに、少しだけ胸が誇らしくなる。


 即売会が始まってから数時間後。

 通路に投影されたAR案内が少し落ち着き、人波が一段落したタイミングで、持ち込んだ本の山が大分捌けているのを確認して、私はそっと残りの数を数えた。


「これくらい売れれば上々なんじゃないの」


 空になりかけの段ボールを指でつつきながら言うと、売上管理アプリのグラフと睨めっこしながら、

 コスモは頬をかきながら首をひねった。

 

「いや、人気ジャンルでこの成果はまだまだだよ。もっと描ける人はいっぱいいるし。

 “売れるところ”じゃなくて、“書きたいジャンル”で成功しないと意味ないしさ」


 その言い方が、妙に真剣だった。


「……はあ。理想が高いのね、漫画家先生は」


「まだ全然だよ。今日だって、半分以上はセレスのおかげだし」


「私、何もしてないんだけど?」


「してるよ。ストーリー詰めるとき、めちゃくちゃ付き合ってくれたじゃん。それに応援も。

 あれなかったら、たぶんこの本、出せてない」


 少し間を置いて、彼は続ける。


「あと、売り子としてだいぶ集客もしてくれたしね」


 さらっと言われて、返す言葉が詰まる。


 視線をそらして、机の上に並んだ本に手を伸ばす。

 表紙のロゴの位置、キャッチコピーのフォント

 ――どれも、二人で深夜に「こっちがいい」「それはダサい」と言い合いながら決めたものだ。


「……そうね。ここまで来たら、完売するまで責任持って売り子くらいやってあげるわ」


「ラストスパート頑張ろうね」


 その笑顔を見て、私は思う。


(ああ、やっぱり私もこいつの“ファン”なんだな)


 アニメオタクであり、美少女コスプレイヤーであり――

 シンガーソングライターとしての私を、女装して全力で応援席から”推してくる”変態であり、

 漫画家志望として高い志を持ち、どうしようもなく真面目なクリエイターでもある彼。


(我ながら、とんでもないやつを好きになってしまったものだわ)



 うーん、こうして振り返ってみると、彼との思い出って、ろくなものがない。


 ――まともに「王道の恋愛エピソードです」と胸を張れる瞬間なんて、一つもない気がする。


 それでも。


 自分の中で「これからの人生を一緒に歩むとしたら誰か?」と考えたとき、なぜか一番最初に顔が浮かぶのは、いつだって彼だった。


 行き詰っても、心が折れそうになっても、

 メッセージを開けば必ずそこにいて、くだらない事で笑わせてくる人。


 私の気が強いところも、ワガママな事も、気難しいところも、ぜんぶ知っていて、

 それでも「セレスのそれがいい」と、当然みたいな顔で受け入れてくる人。


 だから、「付き合ってほしい」と言われたときは――

 ドラマみたいに号泣するとか、運命を感じて震えるとか、そんな大げさなことはなくて。


(まあ、そうなるとは思ってたけど、他に取られなくてよかった)


 そんなふうに、ホッとするような感じで肩の力が抜けたみたいにOKと答えた。


 拍子抜けするくらい自然に、彼氏彼女になったし、

 そういった関係性になっても、しばらくはお互いに距離感は殆ど変わらなかった



 それでも、暫くの交際してから、きちんとした言葉でプロポーズされたときは別だった。


 真面目な顔で、いつものふざけたテンションを封印して、

 言葉をひとつひとつ選びながら、「一緒に生きていきたい」と告げられた瞬間――


 胸の奥で、何かがじわっと溶けた。


 そのとき初めて、自分がどれだけ彼に甘えてきたか、どれだけ彼を当たり前に隣にいる人だと思っていたか、思い知らされた。


 プロポーズされた瞬間の感情を、今の言葉で言い直すなら――


 たぶん、ものすごく、うれしかった。


 ようやく彼と人生を一緒に歩めると。

 「これからも一緒にいるつもりだったよね?」という、

 暗黙の了解に、正式な名前がついたみたいで。


 だから私は、彼の差し出した未来に、迷わず頷いたのだ。



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