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②出会い

 彼との出会いは、アニメの大型イベントだった。


 人の波とサイリウムの光、ステージから響くアニソンの低音。

 熱気でほんのり曇った空調の効きすぎたホールの中で、私はその一角に立っていた。


 私は、推し作品の軍服風コスで、がっちり男装を決めていた。

 短くまとめたウィッグに、きつめのアイライン。喉元にはつけ鼻筋とシャドウ。

 鏡の中の「俺様スタイル」の私にちょっとだけ酔っていた。


 一方、彼は――


 ふわふわのパステルカラーのワンピースに、ゆるく巻いたロングヘアのウィッグ。

 繊細な付けまつげに、きれいに乗ったチーク。

 ヒールで脚をすっと長く見せて、膝上で揺れるスカートが、通りすがりの視線をさらっていく。


 完璧に“女”、というより、誰が見ても「美少女」だった。


 お互い、最初に目が合った瞬間――同じ言葉が、ぴたりと重なる。


「「写真、撮らせてもらってもいいですか?」」


 自分でも驚くくらい綺麗にハモってしまい、一拍の沈黙。

 次の瞬間、私たちは同時に吹き出していた。


 そしてその日、スタッフに撮られた一枚が、すべての始まりだった。


 鋭い目つきの軍服男装の私と、柔らかく微笑む女装の彼が肩を並べたツーショット。

 運営の公式アカウントが「じつはそれぞれ性別が逆なんです」とキャプションをつけて投稿すると、あれよあれよという間に拡散されて、その界隈では有名人になった。


 それからの私たちは、同じイベントに参加するときは、暗黙の了解みたいに、あの日と同じ“例の格好”で参加するようになった。

 あるとき、運営主催ステージのミニトークに呼ばれた私たちは、ライトに照らされながら、司会者に話を振られた。


「どうしてそのキャラのコスプレを?」


 客席の視線やレンズが、一斉に私に集中する。

 スポットライトの熱で、軍服コスの襟元が少しだけ暑く感じた。


「この作品を好きになったときに、たまたまタイムラインで、彼――“@コス氏_カモ葱”さんの女装写真を見かけて。

 “あ、こういう遊び方をしてもいいんだ”って、すごく勇気をもらったんです」


 マイク越しに自分の声が少しだけ響いて、客席の前列で頷く人の影が見えた。


「でも、実際に会えたときに感動したんですが……それよりも、私より美少女な彼に嫉妬しましたね」


 そこで一拍、間を置いてから、オチを落とす。


「私と“体を入れ替えろ”ってね」


 客席から、わっと笑い声が上がる。


 そんなこともあって、イベントがない日にもメッセージを交わすようになった。

 新しいアニメが始まれば、「一話どうだった?」と真っ先に感想を送り合い、気づけば夜中まで語り合っていることも増えていった。


 そうしてある日、ついに――イベント帰りではなく、ウィッグも衣装もない“素の格好”で待ち合わせることになった。



「男の僕とは初対面だろうから、一応名乗っとくね。僕はコスモ」


 待ち合わせ場所の駅前広場。

 行き交う人のざわめきの中、彼が手を軽く上げるまで本人だとは思わなかった。


 顔立ちは端正で、コスプレ時の面影もわずかに残っている。けれど――これがあの美少女になるとは。


「……うわ、本当に男なんだ。なんかショック。私はセレスよ」


 思わず漏れた本音に、彼は肩をすくめて、少しだけ情けなさそうに笑った。


 さっきまで画面越しに見ていた“完璧な美少女”の口元や声が、今は違う。

 声音こそ中性的だけれど、話し方はすっかり、気の抜けた青年のそれに変わっている。


「ひどいなあ。でもさ、そっちは普通にイケメンだよ。キャラメイクしてなくても一目で気づいたし……そうだなあ、なんか宝塚の男役みたい」


「へいへい、どうせ私は可愛げないですよーだ」


 つい自虐で返すと、コスモは「違う違う」とでも言うように首を横に振る。


「いや、ちゃんと褒めてるって。カッコよさが、もう完成してる感じ。素材もいいし、自分の見せ方も分かってるしで……何かやってたりするの?」


 観察されていた気配に、頬がむずがゆくなる。

 本業をごまかしてしまいたい気持ちが一瞬よぎるけれど、自分の仕事にだけは嘘をつきたくなかった。


「一応、学生兼シンガーソングライターよ。まだまだ全然駆け出しだけど。そういうあなたは何者なの」


「今はイラスト系の学校に通ってる。将来は漫画家になりたいんだ」


「だから人のことをあんなにもジロジロと観察してるのね。後までつけちゃったりもして」


「いや、そんな露骨だったかな? でもさ、コスプレもあるアニメイベントの日は、僕にとっては宝の山なんだよ」


「女の子の姿で参加しててよかったわね。今の状態でそれをやったら、即つまみ出されるわ」


 コスモが「あー、確かに」と苦笑する。

 肩の力が抜けた笑い方で、あの“盛られた女子声”よりもずっと年相応で、ずっと自然だった。


「セレスはさ、どんな曲歌ってるの?」


「いきなり呼び捨て。図々しいんじゃなくて?」


 腕を組んで見上げると、コスモはおどけたように両手を上げてみせる。


「うわ、俺様キャラのセレス様に言われるとは思わなかった」


「あれはコスプレしているときだけ」


 思わず声を張り上げる。

 周囲の視線が集まってしまう


「いや、今もわりと俺様……いや、“お嬢様”って感じだよ」


「いったいどこを見て言っているのかしら」


「ここらへん?」と、コスモが自分の目元を指さす。


「表情とか、ツッコミの鋭さとか。セレスはキャラが立っていいね。漫画を描くとき参考にしようかな」


「そんなこと言うのなら、あなたの方がキャラ立ってるわよ。“女装美少女・ストーカー気質で・漫画家志望”なんて、設定モリモリじゃない」


「それ、帯コメントっぽく言うのやめて? 本当に連載始まりそうになるから」


 彼と最初は、だいたいこんな感じだった。


 お互いアニメが趣味で、何かを作るクリエイター志望で、話が合う――

 それだけの理由で、気づけばよくつるんでいた気がする。

 この時点では、まだ“ただの趣味仲間”だった。



 そこからしばらくは、趣味の話程度のものであったが、

 コスモが急に、私が出演するライブに「どうしても行きたい」と言い出した。


「ちゃんとチケットを自分で買うなら好きにしなさい」


 そう許可を出した――まではよかった。


 問題は、その「好きにしなさい」の解釈だ。


 本番当日。ステージに出て、一曲目を歌い終えて、ふと最前列に目をやった瞬間

 ――私は、思いきり変な声を出しそうになった。


 なぜか、いるのだ。

 あのパステルワンピースがやたらと似合う、美少女が。


 それも、こっちからでも分かるレベルの仕上がりである。

 ふわっと広がるフレアスカート、きちんと巻かれたロングウィッグ、ライブ仕様のキラキラしたメイク。

 両手にペンライトを握りしめて、誰よりも真剣な顔で、私の名前入りタオルを掲げている。


(……待って。あれ、コスモじゃない?)


 目を細めて確認した瞬間、視線がばっちり合った。

 彼(彼女?)は、満面の笑みで、全力で手を振ってきた。


(なにやってんのよ、この変態は!!)


 さすがにステージ上でツッコミは入れられないので、私はプロとして何事もなかったように二曲目に入った。


 しかし、この日は小さい箱で、私だけではなく他の出演者もいる対バン形式だった。

 その中で、最前列の“あの娘?”は、どう見ても出演者以上に目立っていた。


 私の出番が終わり、舞台袖に下がると、顔見知りの駆け出しアイドルグループのリーダーに声をかけられた。


「ねえ、セレスさんのファンの子で、めちゃくちゃ可愛い子いない? 最前のあの子。

 あの子、私たちのグループに欲しいんだけど」


「やめといた方がいいわよ。……“絶対”に!」


 反射的にそう答えて、それ以上は何も言えなかった。

 彼との関係は説明が難しすぎる。


 ライブも終わり、物販やファン対応を終わらせて、ようやくスタッフ通路から抜けたところで――

 会場の入口の前に、“男の”彼が立っていた。


(……いや、いつの間に着替えたんだ、こいつは)


 と内心ツッコミを入れる。


「……なんでその格好で参加しないのよ?」


 疲れもあって、開口一番、素で聞いてしまった。


「え? だってさ」


 コスモは、さっきまでの女装の名残りもないラフな格好で、どこか誇らしげに胸を張った。


「セレスのファンの“女の子の気持ち”を知りたくて。

 どんな目線でセレスを見てるのか、ちゃんと体験しときたいなって」


「……は?」


「だって僕、少女マンガ家になりたいんだよ?

 “推しのライブに全力で通う女の子”の気持ち、理解しときたいじゃん」


 悪びれもなく言い切った。

 こいつの中身には何が詰まっているのだろう、本気で一度解剖してみたい。


「”好きにして良い”と言って頂いたので、今日は“セレスの一番の親衛隊の女の子”として来ました。全力で」


「ていうか、最前列でこっちガン見しながら応援してたでしょ。

 休憩中、他の出演者から『あそこまで推されるのって逆に怖いって』って、なぜか私が何かされてないか心配されたんだけど」


「えっ、それは本当にごめん……! でもあれは、推し愛が故の行為だから。好きすぎて刺したりはしないから」


「そんな推し活は金輪際、二度と、しないで頂戴!」


 そう口では言いつつも――


 ライブ中、ふと視線を上げるたびに、あの“美少女”が誰よりも真剣にこちらを見て、歌に合わせて口を動かしているのが見えた。

 その存在に向かって声を飛ばす瞬間、背中を押されるような感覚があったのも事実だ。


 応援してくれる人に、真正面から歌を届ける快感は、確かにあった。

 あれを教えてくれたのが、よりによってこの変態だと思うと、なんとも言えない気分になる。


「……で。実際、どうだったの、私のライブを聞いてみて」


 帰り道。駅までの裏道を並んで歩きながら、なんとなく聞いてみた。


「うん……すごかった」


 コスモは少しだけ歩調を落とした。


「ステージ上のセレス、めちゃくちゃカッコよかったし、熱い歌詞のところで、なんか勝手に涙出そうになったし。

 “ああ、推すってこういうことか”って、初めてちゃんと分かった気がする」


「……あなたねえ、どこの感情を開発してるのよ……」


 そうボソッと呟いた。


 コスモは私の方を見て、ほんの少しだけ照れくさそうに笑って、続けた。


「だからさ」

「これからも通ってもいい? セレスのライブ」


「……好きにしなさいよ」

「ただし、次は男の状態で来ること!」


「やったー!」


 と、全力で彼は喜んでいた。


 しかし、その次のライブで、男の状態で最前列ガチ応援をされたとき――

 それはそれで、別の意味で異質だった。


 客席のざわめきと、対バン相手の微妙な視線に、私は心の中でそっとため息をつく。


(……“あの姿”のほうが、まだマシかもしれないわね)


 その次のライブでは、彼には、再び女性の姿で来てもらったのだった。


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