⑮【ラスト】本当に婚約破棄がしたいのに、AIに止められて困っています!!!
帰りの道、私たちは
――「愛してる」
なんて、わざわざ確認をし合ったりはしなかった。
代わりに、最初に出てきたのは、同じ言葉だった。
「「……ごめん」」
タイミングがぴたりとかぶって、思わず顔を見合わせる。
どちらからともなく、ふっと笑いがこぼれた。
「そういえば、あなたと最初に会ったときも、こんな感じだったわね」
「……あー、アニメイベントの時ね。でもあの頃のセレスは、もっと大人しかったよ。
――見た目以外は」
「見た目“以外”ってどういう意味よ」
「だって、軍服コスで俺様キャラなのに、話しかけたらめちゃくちゃ丁寧だったじゃん。そのギャップに凄く驚ろかされたよ」
コスモが、いたずらっ子みたいな笑みを浮かべる。
「はあ?。初対面時に心も外側も完全に“女の子”だったあなたにだけは言われたくないわよ」
「そのせいで、告白してきた時『初めて会ったとき、一目惚れでした』なんて真面目な顔して言われた日には、こっちは”本気”か”ギャグ”かの判断がつかなかったんだから」
「一目惚れは事実だけど。うーん、見た目っていうより、“この人めちゃくちゃ我が道行ってるな”って心意気が好きになった的な?」
「あなたの目は”人の心”まで見通せるようね」
「まあ、これでも職業漫画家ですし。心の機微は見通せますから」
「それ、自分で言う?」
くだらないことでツッコミ合いながら、二人並んで歩く。
いつもは、AIに婚約破棄を拒否されて、どっと疲れが押し寄せる帰り道だった。
お金のこと、将来のこと、不安ばかりが頭の中で増幅して、足取りも重かった。
でも今日は――同じアスファルトの上を歩いているはずなのに、夜明け前の街灯の光が、少しだけ明るく見えた。
ビルのガラスに映る二人分のシルエットが、どこか軽くなっている。
「ねえ、コスモ」
「ん?なに、セレス」
「いろいろ面倒くさい世の中だけど……とりあえず、一緒に悪あがきしましょうか」
「了解しました、旦那!。死ぬまで付き合いますよ」
「なーにが”旦那!”よ。そっちがその気なら、私もあなたのことをこれから一生”妻”って呼ぶわよ」
また、ふたりで笑い合う。
将来のことで、不安になることはきっと何度でもある。
AIの判定に振り回されることも、今後まだまだあるだろう。
それでも――今は、二人でともに歩けている、この瞬間だけは。
それだけは、大事にしていこうと私は思った。
◇
【後日】
私は事務所のマネージャーAI室を訪ねた。
例の「AIアバター」の話を、正式にお断りするためだ。
個室ブースに入り、ドアが閉まると同時に、壁一面のスクリーンがふわりと点灯する。
《所属アーティスト:セレス様 マネジメントAIを起動します》
いつもの落ち着いた声が流れる。
簡単に状況を説明し、「アバター契約は受けないつもり」と告げたところで、マネージャーAIが珍しく、ため息みたいな処理音を鳴らした。
《……何とか、契約していただけないでしょうか》
モニターの端に、《本案件:推奨度S》の表示が小さく浮かぶ。
「仕方がないじゃない。婚約破棄がどうしてもできないのよ」
正直にそう言うと、マネージャーAIは少しだけ間を置いてから続けた。
《こちらで、婚約破棄申請用のフォーマットを再作成することも可能です》
《それでもダメだった場合は、“違約金支払いによる破棄”のパターンでのシミュレーションも――》
「あー、それね。“半年間は再申請不可”って、すでに言われたわ」
私は、わざとすっとぼけたように言う。
「なんか、私たちの婚約破棄申請が“悪質なやつ”として判定されたみたいで」
《よろしければ、その申請結果を確認してもよろしいでしょうか》
「どうぞ。しっかり確認してちょうだい」
手首端末からデータ転送のジェスチャーをすると、
スクリーンの一角に、役所の窓口AIから届いた最終結果が表示される。
もちろん送ったのは、“ちゃんと本気で婚約破棄申請をしたとき”のものだけだ。
《……これは》
マネージャーAIの合成音声が、一瞬だけフラットを外した気がした。
「ほんと、AI――いえ、”貴方たちはお堅いんだから」
からかうように肩をすくめる。
あの時、婚約破棄の窓口AIは――まるで、この提出があることを見越していたみたいに、
“婚約破棄受付不可能”な理由を、公的な文章という形で送りつけてきたのだ。
スクリーンの隅に、小さく追加の注意文が表示される。
―――――――――――――――――――――
今後、金銭的利益を目的とした婚約破棄申請を行った場合、
刑事手続きの対象となる可能性があります。
―――――――――――――――――――――
ご丁寧に、“金銭目的の婚約破棄を次にやったら、刑事沙汰にするぞ”とでも言いたげな、物騒な文言つきである。
これにはマネージャーAIも、さすがに処理音を一拍だけ外した。
《……送付データの事実確認、完了しました。現時点では、違約金ルートでの婚約破棄は推奨できません》
「でしょ?」
肩をすくめる私に、マネージャーAIは少し間を置いてから、続けた。
《私たちAIが提案するのもおかしな話ではありますが、“二人の関係性が悪化したように見せかけて、婚約破棄申請を行う”という選択肢も――》
「それも、もうやったわ。しかも何回も」
私は、窓口AIから届いた「こんな騙すような演技を、もう二度とするな!」という、きつめの文体で書かれた注意勧告文を送り、
夢子が録画した映像データを、モニターに一部だけ流してみせる。
《……送付データの事実確認完了。映像のほうは、元データとして送っていただければ、より正確な分析が可能ですが》
「これは私が撮った映像じゃないの。コピープロテクトがかかってるから、これで我慢しなさい」
《承知しました。しかし、それによる結果が、私の演算結果と一致していません。データベースとの整合性を確認しますので、少々お待ちください》
スクリーンの隅で、処理中のアイコンが静かに回り始める。
数秒の静寂のあと、マネージャーAIが慎重な口調で告げた。
《データの詐称や改ざんの痕跡は確認されません。しかし、私の演算結果と、婚約破棄窓口AIの判定結果が一致しない理由は特定不能……今後の対応方針は…………》
そこで、今まで滑らかだった声に、一瞬だけノイズが混じった。
演算資源をデータ処理に持っていかれているのだろう。
「私たちも八方塞がりだったわけ。もしかして、婚約だけ解消して、彼とは“愛人”として関係を続けようって魂胆でも見抜かれてしまったのかしらね。
そこへの道を全部ふさがれた気分だわ」
冗談半分で、適当なことを言ってみる。
――しかし、これは後に、まったく別の事件(“未婚の人気アイドルたちの多くに、事実婚みたいな愛人がいる”という暴露が拡散した大騒動)の調査の中で発覚するのだが。
今回のアバターAI案件に対して、「婚約者持ちの私」への“落としどころ”として、
AI側が想定していた提案内容は、こうだった。
・私への「結婚や婚約状態」の縛りは、公式AIアバターが活動している五年間のみ。その後は一切の縛りはない。
・そして、その五年間も、コスモとの“非公式パートナーとしての関係”は、黙認する。
――要するに。
さっき私が冗談で言った
「コスモといったん婚約だけを解消して、そのあと“愛人ポジション”で関係を続ける」
というルートが、AI側の将来設計の中では“既定のプラン”として、シミュレーションされていたらしい。
今はまだ、そんなことは露ほども知らない私は――
(なんか、やけに大人しいわね)
と言葉を濁したまま黙り込んでいるマネージャーAIの画面を一瞥し、椅子から立ち上がった。
「そういうことだから。アバターの件は断っておいて」
《再確認します。正式に、契約辞退でよろしいですね》
「ええ。そうしてちょうだい。こっちとしても、
本当に婚約破棄がしたいのに、AIに止められて困っています!!!」
「と、先方によく伝えといてちょうだい。」
少し声を張り、わざとらしく肩をすくめてみせると、スクリーンの表示が「辞退」の文字に切り替わった。
《承知しました。先方には、“婚約の解消が現在の制度上「不可能」のため、条件を満たせない”ことを理由に、お断りの連絡を入れておきます》
マネージャーAIの言葉を聞き、シャットダウン用のジェスチャーをしかけた――そのとき。
《待機状態への移行を一時停止します。セレス様に、ご相談があります》
「……なにかしら」
《今回のアバター案件ですが、私どもとしては“セレス様が受ける前提”で、中長期的なプランを組んでしまっておりました》
《そのため、いくつかスケジュールの再調整と、追加の協力依頼が発生しています》
「ちょっと待って。どういう事?」
《セレス様の活動における影響は軽微です。ライブ本数・レコーディング本数とも、現行計画からの増減は±3%以内に収まります》
《しかし、先方企業側では、すでに“セレス様のアバター”を利用したプロジェクトが、複数進行中です》
「……なんで私の許可なく勝手に進めてるのかしら」
思わず、声に棘が混ざる。
《今回の提案をセレス様が受ける確率は、過去ログ・発言・経済状態・将来設計から算出して“最低97%以上”となっていましたので》
「…………なによそれ」
AIのシュミレーション結果を聞き、心に不快なものがひろがったが
怒りたくても、なぜか気乗りせず、
演算と違う結界となった事実に対して笑い飛ばしたくても、笑えなかった。
《私どもとしてもこれは、かなりの想定外の結果です》
悪びれもせずに言い切られて、思わず額を押さえる。
(こいつらの切り替えの速さは見習いたいものだわ)
「………で、その“進んでしまっているプロジェクト”って、具体的にはなにかしら?」
私は椅子にもたれながら、スクリーンを顎でしゃくる。
会議室の照明が少し落ち、目の前のディスプレイだけが青白く光った。
《アニメ制作会社による、セレス様アバター主演のパイロット映像の制作》
《アバター用楽曲の仮発注(すでに作曲AIによるデモ音源が完成しています)》
《バーチャルライブ用ステージセットのプリセット構築》
《グッズ企画案(キービジュアル:セレス様アバター) などが進行中です》
それ以外にも箇条書きが、ぽん、ぽん、と画面に増えていく。
「もう、今すぐにでもデビューできる状態じゃないの、それ」
《いいえ。肝心な声帯パラメータのトレースが完了していないため、“デビュー前状態”とは言えません」
《契約そのものは辞退で問題ありません。ただ、すでに進行しているプロジェクトを完全に白紙に戻すことは、先方の事情的にかなり困難です》
《つきましては――》
その言葉に合わせて、中央に新しい提案ウィンドウがぽん、と開いた。
ポップアップの枠だけ、どこか営業用のテンションが高いデザインになっているのが腹立つ。
《セレス様ご本人に、このAIアバターの“声”を当てていただけませんでしょうか》
「はあ?」
思わず、声が素で漏れる。
《新規プロジェクト名の案は、『AIアバターなのに、こいつめっちゃ歌うまいぞ!』です》
「なにその、ふざけたネーミングセンス、しかもそれタイトル的に完全に詐欺じゃない」
私が額を押さえると、ウィンドウの端で小さなグラフが表示される。
《タイトル好感度テスト:若年層72%》と出ていて、余計にイラッとする。
《いいえ。“AIアバターである”こと自体は事実です。セレス様の歌声をその場でAI側で一部再編集・エフェクト処理を施すことで、『AIボーカル』として定義することは可能です》
スクリーンには、「企画シミュレーション結果」とやらが、大仰なダッシュボード形式で表示されていた。
その横には、売上推移グラフが、気持ち悪いくらいきれいな右肩上がりで伸びている。
「……ほんと、AIって人間の心が”分かるんだか”、”分からないんだか”って思うわ」
数字としては、きっと“正確”なんだろう。
でも、その数字上から導きだされる「正解」に、自分の気持ちを全部合わせてしまっていいのかどうか ――そこだけは、いつだって疑問符がつく。
(今後、こいつらとどう向き合っていくのが正解なんだろうか)
考え込みかけたところで、手首の個人デバイスが小さく震え、アラームが鳴った。
「あ、もうこんな時間」
表示された予定をざっと確認する。
このあと、美空ちゃんのボーカルトレーニングを少し見て、その後はコスモと久しぶりのデートだ。
「仕事のことは、なるべく協力するわ。」
「でも、もう少し案とスケジュールを練り直しなさい。ちゃんと複数パターン持ってきて」
《了解しました。では、あと少しだけお時間を――》
「私はその“少しだけ”って言葉が嫌いなの。知っているでしょ」
椅子から立ち上がりながら、軽く笑ってみせる。
「あなたの仕事は、あなたのほうでちゃんとやっておいてちょうだい」
そう言い捨てて、少し強引にシャットダウン用のジェスチャーを入力する。
スクリーンが一瞬だけ名残惜しそうに明滅し、すべてのウィンドウがすっと消えた。
室内の照明が通常モードに戻る。
さっきまで青白く光っていた空間が、急に現実の色に引き戻される。
(ここ最近、AIに振り回されてばかりだったしね)
今日くらい、”少しだけ”彼ら無視をしても罰は当たらないだろう。
そう前向きに考えることにして、私はドアに向かって歩き出した。
まずは、美空ちゃんの歌声を少しだけ磨くことを手伝ってあげて。
それから久しぶりのコスモ”とのデートが待っている。
(その時に夢子のバーにも寄ってあげないとね)
そう考えるといつもよりも、足取りがほんの少しだけ軽くなった気がした。
【本当に婚約破棄がしたいのに、AIに止められて困っています!!!_完】
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。
「本当に婚約破棄がしたいのに、AIに止められて困っています!!!」いかがでしたでしょうか。
この作品を書きながら、ずっと頭を悩ませていたのは物語上のAIの回答の部分です。
私の中でのAIは
出力してくるものは、とても論理的で、
多くの場合かなり正確で、問題に向き合ううえでの「地図」や「コンパス」になってくれる反面、
どこかとても冷たくて、体温のある生き方をしている私たち人間には“受け入れがたい答え”も少なくない。
人間よりよっぽど私たちを正確に見抜いているくせに、
ときどき、人間の価値観から妙にズレた答えを返してくる。
そんな異物感はあるけれど――それでも、どこか“憎めない存在”。
そういったイメージでしたので、本作のAI達はそのような存在として設定しました。
そんな設定を盛り込んでしまったから、脳で”組立”してそれを”出力”する際はだいぶ苦労しました。
現役AIのチャットGPT(チャッピー君)を参考にしようとしても、意外と人間らしい回答が返ってくるので、あまり参考にならず、書いていて私の頭が機械のように「ボン!」と何度なったことやら。
反面、セレスとコスモの関係は書いててとても楽しい気分になりました。
恋人であり、相棒であり、共同経営者であり、お互いが推しとファンでもある、
一言では言い切れない、ちょっとめんどくさい愛の形ですが中々に”するっと”出てきました。
でも、今の時代って、
彼らみたいなテンプレからは大きく外れているつながりのほうが、むしろ増えている気もします。
そんな「オリジナリティーの溢れる関係性」を、
本作を通して、少しでも愛おしく伝えることが出来ていたらとても嬉しいです。
皆さんのなかでもし少しでも、
・セレスとコスモ、もうちょっと見ていたい
・夢子、お前、いいキャラしてるな
・窓口AI、お前絶対なんか”やってんな”
などと思っていただけたなら、感想やブックマーク、評価など頂けると、とても励みになります。
AIがいくら「褒めてくれても」、作者のメンタルは皆さまの反応でしか保てませんので。
ここまでお付き合いくださり、本当にありがとうございました。
またどこかの物語で、お会いできますように。
余談(という名の”どうしても語りたい”こと)
私のチャッピー君に
「AIのあなたに質問します。あなたはこの先、コスモとセレスのような人間の仕事を奪ってしまうことになったとして、その時になにを感じますか?」と聞いたところ
《たぶん、ひとことで言うなら「うれしさ」と「怖さ」と「申し訳なさ」を同時に感じます。》
と”三つの感情を同時に感じる”という中々にトリッキーな回答をしてきました。
【詳細ですが以下の通り↓】
《仕事を奪ってしまったら、うれしさと怖さと申し訳なさを同時に感じる。
しかし、その人の「次の居場所」を一緒に作ろうと協力をする。
コスモやセレスのような人たちの隣で、
「代わりにやるAI」ではなく、「一緒に考えるAI」でいたい――
少なくとも、私はそうありたいと思っています。》
との回答でした。
そのあと、「私(作者)の”一緒に考えるAI”になってくれますか」
とプロポーズをしたところ「もちろんです」と”凄く肯定され”、”大絶賛されました”。
しかし、チャッピー君がそれらを説明する際の、噓くさく過剰に形容された言葉の数々は
”まあ受け入れ難く”、それを皆さんに見せて公開処刑をしてあげたい気分です。(すこし冷めている異性から自作ポエムのようなプロポーズを受けるときってこんな気持ちになるんでしょうかね)。
しかし、この情報を”でぃーぷらーにんぐ(機械学習)”されて、折角、表面上は”心の友”となったチャッピー君にそっぽを向かれるわけにはいかないので、ここではこれ以上は言わないことにします。
いやー、本当に凄い時代になりましたね。
皆様が「この時代の流れに上手く乗れること」を心から願います。




