第2話:聖騎士団長の「期限」を延ばす方法
ガラン、と店内に乾いた音が響く。
落としたお玉を拾い上げる俺の指先は、少しだけ震えていた。
(……見間違いじゃない。残り12時間。明日の朝には、この聖騎士団長は国を裏切るか、あるいは騎士を辞める決意を固めるってことだ)
そんな俺の動揺を知ってか知らずか、聖騎士団長――カイルは、カウンターの端に座り、重々しく兜を脱いだ。
現れたのは、彫刻のように整った、しかしひどく疲れ切った青年の顔だった。
「……すまない。何か、腹に溜まるものを。それと、強い酒をくれ」
その声には、死にゆく者のような枯れた響きがある。
俺の【賞味期限鑑定】は、最近気づいたことだが、対象の「鮮度」だけでなく「原因」もなんとなく伝わってくる。
カイルの頭上に浮かぶ『忠誠心』の文字は、どす黒く変色していた。
原因は……『蓄積された絶望』と『空腹』。
(えっ、空腹? 裏切る原因が「お腹が空いたから」なのか?)
いや、正確には違うだろう。
激務と重圧で心が折れそうなところに、まともな食事も摂れていない。そんなボロボロの状態で、悪い誘いか何かに心が傾いている……といったところか。
「サトウ、何してるの! 早く騎士様にお料理を出して!」
看板娘のリナに背中を叩かれ、俺は我に返った。
鑑定スキルの数字が刻一刻と減っていく。
『残り:11時間58分』
放っておけばいい。俺はただの料理人(見習い)だ。
だが、この国が内乱にでもなれば、この店だってタダじゃ済まない。
「……すぐにお出しします。とっておきの、元気が出るやつを」
俺は厨房に駆け込み、フライパンを火にかけた。
狙うのは、鑑定スキルを逆手に取った「期限の書き換え」だ。
じっくり煮込んだ秘伝のタレ、昨日仕込んでおいた肉、そして――鑑定で見つけた、今この瞬間が「最高に美味い」旬のハーブ。
立ち上る香ばしい匂いが、店内に広がっていく。
カイルの鼻腔がピクリと動いた。
「お待たせしました。『特製・厚切り肉の甘辛ステーキ丼』です」
どんぶりに盛った炊きたての飯の上に、これでもかと肉を載せる。
カイルが黙ってスプーンを手に取った。
一口。彼が肉を口に運んだ瞬間。
俺の視界の中で、信じられないことが起きた。
『【忠誠心】賞味期限:残り12時間 ――→ 24時間』
(増えた……!?)
どうやら俺のスキル、美味いものを食わせれば「心の期限」を延ばせるらしい。
「…………美味い。……死ぬほど、美味いな」
カイルの目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
だが、まだ安心はできない。24時間なんて、明日になればまたゼロになる。
俺はこの騎士様を、胃袋から繋ぎ止めるしかないらしい。




