最終話 国家は人が作る
帳簿を閉じる音は、静かだった。
だが、その重みは、確かに手に残った。
アレクは、執務室の椅子に深く腰を下ろし、しばらく動かなかった。
窓の外では、いつもの一日が流れている。
商人の声。
子供の笑い声。
警備隊の交代を告げる合図。
――どれも、当たり前の光景だ。
(……ここまで来たんだな)
かつては、すべてが不安だった。
食料が足りない。
金が足りない。
人が足りない。
剣も、魔法もなかった。
あったのは、数字と、制度と、
そして――人の選択だけだ。
扉がノックされる。
「失礼します」
若い役人が顔を出した。
「新しい配給基準案です。
ご確認を」
「机に置いておいてくれ」
「はい」
役人は一礼し、去っていく。
確認は、後でいい。
基準は、すでに共有されている。
アレクは立ち上がり、城壁へ向かった。
高い場所から、領地を見下ろす。
畑がある。
道がある。
人がいる。
そこに、彼が指示を出さなくても、
すべては動いている。
カイルが、隣に立った。
「……静かですね」
「いいことだ」
アレクは答えた。
「静かな国は、
ちゃんと回っている証拠だ」
カイルは、少し考えてから言った。
「領主様は、
もう必要ないんじゃないですか」
アレクは、笑った。
「それが理想だ」
しばらく、二人で景色を眺める。
やがて、アレクは口を開いた。
「剣があれば、
一度は守れる」
「魔法があれば、
派手に勝てる」
一拍置く。
「でもな」
視線を、遠くへ向ける。
「国を作るのは、
いつだって人だ」
ルールを守る人。
責任を取る人。
次を考える人。
それが積み重なって、
国家になる。
アレクは、深く息を吸った。
「俺は、ただ数字を読んだだけだ」
カイルは、首を横に振った。
「それを信じさせたのは、
あんたですよ」
夕日が、領地を染める。
アレクは、最後にもう一度だけ、
領地を見渡した。
剣も魔法もない少年が、
数字と制度で作った場所。
だが、そこにあるのは――
確かに「国」だった。
そしてその国は、
今日も、静かに生きている。
――完。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
本作はこれにて完結となります。
この物語は、
「剣や魔法がなくても、国は作れるのか?」
という素朴な疑問から書き始めました。
派手な無双も、大規模な戦争もありません。
代わりに描いたのは、
配給、治安、税、制度、人の選択――
とても地味で、でも現実では一番大切な部分です。
主人公アレクは、特別な力を持っていません。
彼がやったことは、
数字を見て、仕組みを作り、
人に任せ、責任を取っただけです。
それでも国は回り、
彼がいなくても続く形になりました。
それが、この物語で一番書きたかったことでした。
「英雄がいなくても成り立つ国」
「誰か一人に依存しない仕組み」
それは地味ですが、
きっと一番“壊れにくい国家”だと思っています。
ここまで読んでくださった皆さまに、
少しでも「なるほど」「面白かった」と思っていただけたなら、
作者としてこれ以上の喜びはありません。
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とても励みになります。
最後まで、本当にありがとうございました。
他にも物語を書いています。
どこかでお会いできたら、嬉しいです。




