第25話 数字が残したもの
春の風は、もう冷たくなかった。
城壁の上から見下ろす景色は、数年前とはまるで違う。
整えられた道。
修繕された家屋。
畑には、人の手が行き届いている。
「……増えましたね」
隣で、若い役人が言った。
「何がだ?」
「人です」
アレクは、ゆっくりと頷いた。
帳簿を開く。
【人口:増加】
【冬季死亡率:0 継続】
【治安事件:軽微】
【税収:安定】
派手な数字はない。
だが、どれも崩れていない。
(……回っている)
それが、何よりの成果だった。
かつて、すべてを一人で抱えていた執務室。
今は違う。
配給担当。
治安担当。
財務担当。
それぞれが、制度の中で仕事をしている。
「領主様、こちらの判断でよろしいでしょうか」
「構わない。
基準通りなら、迷う必要はない」
即答できる。
それは、考えなくなったからではない。
考える必要がなくなったからだ。
昼。
市場を歩く。
声をかけられることは減った。
だが、それが心地いい。
不安があれば、制度に訴える。
問題があれば、担当が動く。
領主は、最後に確認するだけ。
それが、理想だった。
訓練場では、警備隊が交代制で動いている。
隊長は、もうカイルではない。
若い男だ。
「問題ありません」
簡潔な報告。
カイルは、少し離れた場所で腕を組んで見ていた。
「……俺、いらなくなりましたね」
「それでいい」
アレクは、微笑んだ。
「お前がいないと回らない国は、失敗だ」
夕方。
執務室で、一人になる。
帳簿を閉じる。
数字は、すべてそこにある。
誰が見ても分かる形で。
誰がいなくても、続く形で。
(……やっと、だ)
剣も魔法も使えなかった。
だが、国はできた。
それは奇跡でも、英雄譚でもない。
ただ、壊れなかっただけだ。
そして――
壊れなかったものは、続いていく。
アレクは、椅子に深く腰を下ろし、
静かに目を閉じた。
外では、人の声がする。
今日も、国は動いている。
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