第18話 主導権
反撃と言っても、剣を振るうことじゃない。
アレクは、そのことを誰よりも分かっていた。
執務室の机に、地図が広げられている。
街道。森。水場。
赤い印と、青い印。
「……動線は、ここに集中する」
独り言のように呟く。
カイルと、警備隊の副官役が向かいに立っていた。
「盗賊は人数を増やしました。
ですが、補給線は弱い」
「略奪が前提だからな」
アレクは頷く。
「長居はできない。
だから、“恐怖を与えて短期決着”を狙っている」
副官が眉をひそめる。
「なら、どうします?」
アレクは、地図の一点を指した。
「奪えない状況を作る」
沈黙。
「倉庫は空に見せる。
家畜は森の奥へ退避。
夜は灯りを落とす」
「……村を捨てるように見えますが」
「“奪う価値がない”と見せる」
カイルが、ゆっくりと息を吐いた。
「同時に、情報を流す」
「情報?」
「街道を使う商人に噂を流す。
この村は――」
一拍置いて、言った。
「面倒だ、と」
準備は静かに進んだ。
村人たちは、不安を抱えながらも従った。
すでに一度、守られたという事実がある。
信頼が、行動を可能にしていた。
夜。
村は、まるで死んだように暗かった。
盗賊たちは、警戒しながら近づく。
「……静かすぎる」
「罠か?」
「いや……人の気配がねぇ」
倉庫を覗く。
空。
家畜小屋。
空。
「……逃げたのか?」
その瞬間。
遠くで、松明が揺れた。
別方向だ。
「ちっ……!」
盗賊たちは、判断を迫られる。
奪えない村。
居座れない地形。
しかも、動きを見られている。
頭目が歯噛みする。
「……割に合わねぇ」
撤退の合図。
戦いは、起きなかった。
夜明け。
斥候が戻る。
「……撤退しました。
森を抜けて、街道方面へ」
村に、安堵が広がる。
だが、アレクは浮かれなかった。
「これは勝利じゃない」
広場で、はっきりと言う。
「主導権を奪っただけだ」
村人たちは、静かに聞いている。
「今後も狙われる可能性はある。
だが、昨日までのように
“好きにされる”ことはない」
誰かが、ぽつりと呟いた。
「……俺たち、国みたいだな」
その言葉に、ざわめきが走る。
アレクは、否定しなかった。
「そうだ」
短く言う。
「守る仕組みがあって、
従うルールがあって、
責任を取る者がいる」
一呼吸。
「それが、国家だ」
帳簿に、新しい行が刻まれる。
【外敵撤退:成功】
【民心:回復】
【治安主導権:確保】
アレクは、その数字を見つめながら思う。
(……次は、必ず噂が動く)
この出来事は、
森で終わらない。
商人が見る。
周辺領主が聞く。
そして――王都にも届く。
フェルディナンド辺境領は、
もはや「辺境の失敗領」ではなかった。
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