第2話 帳簿が語る真実
机の上に積まれた帳簿を前に、アレクは深く息を吐いた。
紙は黄ばみ、角は擦り切れ、ところどころに染みがある。
だが問題は見た目ではない。
(……数字が、嘘をついてる)
彼はゆっくりとページをめくった。
収入欄。
農業税、通行税、雑税。
一見すると、それなりの額が記されている。
だが次の瞬間、違和感がはっきりと形になった。
「……少なすぎる」
人口八百人。
農地面積。
平均的な収穫量。
頭の中で、自然と計算が走る。
(この条件なら、本来はこの一・五倍は取れているはずだ)
ページをめくる。
支出欄。
兵糧費。
修繕費。
管理費。
――増えている。
いや、正確には「増やされている」。
説明のない項目。
用途不明の支出。
同じ名目で複数回計上された金額。
アレクは、無意識に苦笑していた。
「……これはひどい」
粉飾。
横領。
数字の水増し。
どれも前世で嫌というほど見てきたものだ。
彼は帳簿を閉じ、傍らに立っていた役人に視線を向けた。
「これを書いていたのは誰だ?」
「は……前任の会計官でございます。すでに王都へ――」
「逃げた、か」
役人が言葉を詰まらせる。
アレクは責めるような目を向けなかった。
ただ、淡々と事実を口にする。
「この領地は、すでに破産している」
部屋の空気が凍りついた。
「……え?」
「正確には、三ヶ月前には終わっていた。
今は、延命措置すらされていない状態だ」
役人の顔色が変わる。
「そ、そんな……」
「安心しろ。隠すつもりはない」
アレクは立ち上がり、帳簿を抱えた。
「全員集めろ。役人も、村の代表もだ」
「は?」
「現状を共有する。
数字は、嘘をつかないからな」
しばらくして、城の広間に人が集められた。
役人たち。
農民の代表。
警戒心を隠さない村人。
アレクは高台に立ち、帳簿を掲げた。
「まず言っておく」
ざわつく空気の中、彼の声は不思議と通った。
「この領地は、今のままでは確実に滅びる」
どよめきが走る。
「だが、まだ手はある」
一瞬、沈黙。
「無駄な支出を止める。
不正を切る。
税を組み直す」
役人の一人が声を荒げた。
「そ、それでは本国への上納金が――」
「払えない」
即答だった。
「払えないものは、払えない。
数字が証明している」
空気が張りつめる。
アレクは一人ひとりの顔を見渡し、続けた。
「俺は、誤魔化さない。
だが、見捨てもしない」
その言葉に、誰かが息を呑む音がした。
「この領地を立て直す。
ただし、協力しない者は切る」
冷たい宣言だった。
だが、不思議と反発は起きなかった。
――初めて、現実が言葉になったからだ。
会合が終わり、人々が散っていく中、アレクは一人、帳簿を見つめていた。
(まずは……出血を止める)
戦争ではない。
だが、これは確実に“戦い”だった。
剣も魔法も使わない、数字だけの戦争。
そして彼は、ようやく理解していた。
この領地で最も危険なのは、敵国でも盗賊でもない。
――「見て見ぬふり」だ。
アレクは静かに息を吸い、次の決断に備えた。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




