第16話 代償
訓練場は、想像以上に騒がしかった。
剣がぶつかる音。
荒い息。
雪を踏みしめる足音。
アレクは少し離れた場所から、それを見ていた。
(……集まりすぎた)
志願者は二十名を超えている。
だが、常設警備隊として維持できるのは、せいぜい十名。
残りは、必ず弾かなければならない。
カイルが訓練を仕切っていた。
「構えが甘い!」
「足を止めるな!」
容赦はない。
だが、無理もさせない。
――それでも。
「うっ……!」
若い農民が足をもつれさせ、雪に倒れた。
「止まれ!」
カイルが即座に声を上げる。
男は足を押さえ、顔を歪めている。
「……捻ったな」
重傷ではない。
だが、しばらくは畑にも戻れない。
周囲がざわついた。
「大丈夫か……?」
「無理しすぎたんじゃ……」
アレクは、胸の奥が重くなるのを感じた。
(……これが、代償か)
訓練が終わった後、志願者たちが集められた。
皆、疲れ切っている。
中には、不満を隠さない顔もあった。
アレクは、正面に立った。
「今日の訓練で分かったことがある」
静かに言う。
「警備隊は、名誉職じゃない」
ざわめき。
「危険がある。
怪我もする。
命を落とす可能性もある」
はっきりと言葉にする。
「それでも、守る仕事だ」
沈黙。
「だから、全員は採らない」
予想通り、不満の声が上がった。
「なんだよそれ!」
「最初から選別かよ!」
アレクは目を逸らさなかった。
「選別だ」
認める。
「だが、切り捨てではない」
彼は続けた。
「訓練に参加した者には、
怪我の補償を出す」
どよめき。
「畑に戻れない期間も、
最低限の配給は保証する」
空気が変わった。
「……そこまで?」
誰かが呟く。
「そこまでだ」
アレクは言い切った。
「制度に組み込む以上、
責任も制度で取る」
その夜。
城の執務室で、アレクは帳簿を睨んでいた。
【警備隊人件費:増】
【訓練脱落者:7】
【補償費:新規】
数字は、重かった。
「……正直、きついな」
思わず漏れる。
カイルが静かに言った。
「ですが、これをやらないと、
次は“無理を強いられる組織”になります」
「分かっている」
アレクは目を閉じた。
「だから、やる」
翌日。
訓練に戻らなかった者がいた。
「……辞めます」
若者は、頭を下げた。
「怖くなった」
それは、恥ではない。
「分かった」
アレクは引き止めなかった。
「畑に戻れ。
仕事は用意する」
若者は驚いた顔をして、
深く頭を下げた。
警備隊は、最終的に八名になった。
少ない。
だが、覚悟は揃っている。
カイルが整列した隊を見て、呟く。
「……これで、やっと“部隊”です」
アレクは、その背中を見つめながら思った。
(国を守るってのは、
こういうことなんだな)
誰かを守るために、
誰かを危険に晒す。
その責任は、
数字よりも、ずっと重い。
だが――
それでも前に進まなければ、
国は守れない。
フェルディナンド辺境領は、
静かに、だが確実に
「覚悟の段階」に入っていた。
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