第9話 歪み
最初に異変に気づいたのは、市場だった。
「……数が合わない」
配給担当の役人が、帳簿を片手に顔を曇らせる。
「昨日より、干し肉が減っています。
配給量は変えていないはずですが……」
アレクは即座に確認に入った。
倉庫。
配給所。
保管棚。
数字は、はっきりと示していた。
(盗まれている)
だが、不思議なことに、騒ぎにはなっていない。
「暴動は?」
「今のところ、ありません」
「怪我人は?」
「……いません」
それが、逆に不気味だった。
村を歩く。
視線が合うと、逸らされる。
誰も騒がない。
誰も訴えない。
――静かすぎる。
「カイル」
「分かってる」
カイルは低い声で言った。
「やってるのは、組織じゃない。
個人だ。しかも、村の中」
夜。
自警団が静かに巡回する。
すると、倉庫裏で影が動いた。
「……止まれ」
声をかけると、影がびくりと震える。
捕まったのは、若い男だった。
農民。
家族持ち。
「違う……俺は……」
男は震えながら言った。
「畑が……うまくいかなくて……
子供が……」
言い訳ではなかった。
事実だった。
アレクは、何も言えなかった。
(俺の改革の、犠牲だ)
だが、放置すれば崩れる。
翌朝。
アレクは村人を集めた。
「盗難が起きた」
ざわめき。
「だが、犯人探しはしない」
さらにざわめきが広がる。
「代わりに、制度を変える」
彼は続けた。
「作業参加者への追加配給を、
“即日”に変更する」
農民たちの表情が変わる。
「そして、配給量の最低保証は維持する」
怒号は起きなかった。
だが、納得もされていない。
会合の後。
役人が不安げに言う。
「甘すぎでは……?」
「分かっている」
アレクは答えた。
「だが、締め付けすぎれば、
次は暴動になる」
帳簿に、新しい項目が増える。
【盗難:発生】
【制度歪み:確認】
【修正:即時報酬】
その夜、アレクは一人で椅子に沈んでいた。
(正解が、見えない)
やれば歪む。
直せば、別の歪みが出る。
国家運営とは、
こんなにも神経を削るものなのか。
カイルが静かに言った。
「……それでも、誰も死んでない」
アレクは顔を上げた。
「それが、一番だ」
失敗は、まだ続く。
だが、崩壊はしていない。
次に来るのは――
この歪みを、利用しようとする者だ。
アレクは、そう確信していた。
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