第1話 名ばかり領主の着任
本作は「戦闘無双」ではなく、
数字・制度・人材配置による国家運営を中心に描く物語です。
派手さよりも積み重ねを楽しめる方に向けて書いています。
それでは、お楽しみください。
馬車が止まった瞬間、アレクは嫌な予感しかしなかった。
――剣も魔法も、平均以下。
それが、十七歳の彼に与えられた現実だ。
にもかかわらず、与えられたのは「辺境領主」という肩書き。
しかも、誰の目にも分かる“失敗領地”。
窓の外に広がっていたのは、城と呼ぶにはあまりにみすぼらしい石造りの建物と、荒れた土の広場だった。
舗装されていない地面には轍が深く刻まれ、並ぶ家屋の壁は崩れ、屋根の一部が抜け落ちている。
——辺境とは聞いていた。
だが、ここまでとは思っていなかった。
「こちらがフェルディナンド辺境領でございます」
御者の淡々とした声が、妙に現実感を伴って耳に入る。
アレク・フェルディナンド。
十七歳。
本日付でこの地の領主に任命された——名ばかりの。
馬車を降りた瞬間、周囲から刺さるような視線を感じた。
村人たちだ。好奇心ではない。期待でもない。
明確な「警戒」と「諦め」が混じった目。
「……歓迎されてないな」
小さく呟いた声は、風に消えた。
父は戦死した。
それだけなら、まだよかったのかもしれない。
だが王都は、この領地を「切り捨てる」と判断した。
だからこそ、十七歳の少年に爵位と領地を押し付けたのだ。
(なるほど……これは“失敗したら自然消滅”させるつもりだな)
そう考えた瞬間、頭の奥がズキリと痛んだ。
——数字。
——予算。
——赤字。
不意に、別の人生の記憶が浮かび上がる。
パソコンの画面。
エクセルの表。
収支計画。
人件費削減案。
……ああ、そうだ。
(俺、前は日本で……)
思考が完全につながる前に、声をかけられた。
「領主様。こちらへ」
白髪交じりの男が、形だけの恭しさで頭を下げる。
この地の役人の一人だろう。
城——いや、砦の中に入った瞬間、アレクは言葉を失った。
埃。
空の棚。
崩れかけた壁。
「……倉庫は?」
「こちらです」
案内された倉庫には、何もなかった。
正確には、何も“残っていなかった”。
干からびた袋、底の割れた樽。
食料と呼べるものは皆無。
「兵は?」
「常備兵はおりません。傭兵も……資金不足で」
「人口は?」
「およそ八百。減少傾向です」
質問するたびに、胸の奥が冷えていく。
そして最後に差し出されたのが、帳簿だった。
アレクはそれを受け取り、目を通した瞬間、はっきりと理解した。
(……これ、国家運営以前の問題だ)
収入より支出が多い。
いや、多いどころではない。
本国への上納金。
不明瞭な支出。
説明のつかない空白。
粉飾。
横領。
放置。
頭の中で、かつての知識が一気につながった。
(破産してる……完全に)
アレクはゆっくりと帳簿を閉じた。
そして、静かに宣言する。
「……全員、集めてくれ」
役人が怪訝な顔をする。
「何を、でございますか?」
「この領地の現状説明会だ。隠し事は一切なしでな」
一瞬の沈黙。
だがアレクの表情は揺るがなかった。
——ここで誤魔化したら、終わりだ。
(まずは、生き残る)
そのために必要なのは、剣でも魔法でもない。
数字と、現実と、覚悟だけだ。
アレクは、まだ何も持っていない領主の椅子に腰を下ろし、心の中で呟いた。
「……さて。
どこから立て直すか」
こうして、最悪の国家運営が始まった。
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