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第一話 邂逅のとき

この話はタイトルのとおり『邂逅』がメインとなります。まだ捜査パートには入りませんが、このキャラクターはこういう性格だと紹介する話ですので、読んでいただけると幸いです。

 光が上から降ってくる。下からの光が僕の肌を射した。大勢の前で照らし出された僕に逃げ場は無い。逃げる気もない。この瞬間から、僕は『アイドル』を演じる。ファンの前では、完璧で輝き続ける存在でいなければならない。

 僕がマイクを握れば、空気が音を立てて静まり返る。僕の喉から大衆への愛の歌が奏でられ、この場の全員の耳に強く届く。視覚的にも愛を表現するため、この数ヶ月で体に叩き込んだステップと振りを魅せる。

 音が止まる。しかし、晴天を突き破ってしまいそうなほどの黄色い歓声が上がった。僕はその大きく多い称賛に、ただただ身を委ねた。この瞬間に、僕がアイドルをする理由が詰まっている。

 会場が割れんばかりの歓声と拍手を聴きながら、アイドル貝塚(かいづか)璃王(りお)のライブは幕を下ろした。


「お疲れ様です」


 ステージ裏に戻ると、僕のマネージャーの寺島(てらしま)実琉(みのる)がペットボトルの水を差し出した。それを受け取り、水を流し込む。渇いた喉に潤いが戻った。


「ありがとうございます。実琉さんたちもお疲れ様です」


「今を煌めく大人気アイドル貝塚璃王のライブですもんね。会場は大きめにしたはずですが、まさか立ち見客まで出てくるとは……」


 実琉は苦々しい顔で観客席を見た。観客たちは興奮冷めやらぬ様子で係員の指示に従い、会場を去って行く。この中には、チケットを取れた者、抽選に落ち立ち見となった者がいる。


「実琉さん。立ち見客の許可、ありがとうございます。僕のたくさんのファンに来てもらいたいというわがままを叶えていただいて」


「俺も璃王さんのファンに喜んでいただきたいので。立ち見席を解放して正解でしたね。でも、次からのライブ会場はもう少し大きめにします」


「よろしくお願いします」


 こうして僕を支えてくれている実琉たちスタッフ、僕を応援してくれているファンのみんなのためにも、僕はアイドルとして正しいことをしていたい。

 スタッフたちに挨拶をしながら戻った控え室で、ライブの終了と感謝の言葉、そして衣装の自撮り写真を投稿する。ここは、僕が数百万という人たちと繋がる場所。投稿ボタンを押してから一分も経っていないというのに、閲覧数は万単位となりいいね数も表示が追い付かなくなっている。


『璃王くん、お疲れ様!! ライブ良かったよ』


『ライブ行けなかったから衣装の供給ありがたい』


『いつ見ても顔面国宝すぎる!!』


『璃王くんこれからも応援するね~』


 僕を応援してくれているファンたちからの暖かいコメントの数々。その中にあの人からの言葉を探すが、ある訳がないと、すぐにファンの言葉に向き直る。僕は追い付く限り、そのコメントに全て目を通しいいねボタンを押す。

 今日は良い日だ。今日までの三日間のライブで蓄積された疲れが癒されていく。僕は溢れるコメントを流し見する。その一つ一つから力をもらえるが、今はただ休むことを考えていたい。


『たくさんのコメントありがとうございます!

今はただ皆さんに感謝し、この恩を返すためにこれからの仕事との向き合い方を考えています。次の仕事は、来週の音楽番組です。皆さん、是非ご覧ください』


 文章を推敲し、音楽番組の放送日時を入れてから投稿ボタンを押す。そして用が無くなったスマホをローテーブルに置き、私服に着替える。イメージカラーの白や青をふんだんに使った豪華絢爛、眩しい衣装から黒のティーシャツとスラックスに着替えると、アイドルから普通の人間に戻れたような気がした。

 外に出て実琉が呼んでくれていたタクシーに乗り、自宅に向かってもらうよう頼む。運転手がエンジンを入れると座席が揺れ、外の景色が後ろに流れ始めた。

 僕はスマホのメッセージアプリを開き、暫く文面を考えてから彼へのメールを打ち込む。


(れい)さん。今日が僕のライブの最終日だったんだ。三日もあったのに一日も来ないなんて、人生損してるよ。今度はもっと大きな会場でやるから、来て欲しいな。チケット送るから住所教えて』


 送信ボタンを押してから数秒は画面を見つめた。送信済みの表示が既読に変わる瞬間を待つ。今この瞬間に、玲がメールを開いてくれるような淡い期待が胸で踊る。しかし、六年前から音信不通になった玲がすぐに既読をつけてくれるわけがないと、メッセージアプリを閉じた。

 今までの六年間、何度もメールをした。しかし玲がそのメールを読むことはなかった。何度も電話をかけた。玲の声を聴きたかっただけなのに、返ってくるのは電子音だけだった。


「玲さん……」


 六年前、僕のファンが起こした傷害事件。僕を庇ったせいで怪我を負った玲は、間もなく忽然と姿を消した。小さい頃、近所に住んでいた玲とよく一緒に遊んだ。十五個も年が離れていたが、それでも仲良くしてくれて、本当の兄のように慕っていた。

 だからこそ、分かっている。玲が僕の前から姿を消したのは、優しさからだと。きっと、自分が側にいると僕が自責の念で潰れてしまうと思ったのだろう。さすがと言うべきか、確かに僕は玲に謝りたいと願っている。

 でもそれ以上に、もう一度玲の笑顔を見たかった。だから、彼にメールを送るときは必ずからかうような口調で文章を書く。もう気にしていない、昔みたいに軽口を言い合える関係に戻りたい、そんな思いを込めて届くことのない文字列を電波に乗せていた。


「愛しているが膨らみ、心を支配する」


 無意識に、自分の曲のフレーズを口ずさんでいた。僕のデビュー曲で、玲のことを想って歌った曲。この曲を出したときは、まだ玲は僕の側にいた。なのに、歌詞はいつの間にか当時よりも僕の心を表していた。


「届かない腕を精一杯伸ばすから、この手を取って」


 あのとき、医者として人を救い続ける玲をどこか遠くに感じていた。でも、玲は僕が会いたいと言えば、どんなに忙しくても会ってくれた。

 その習慣がまだ僕から抜けてくれない。遠くに感じているだけで、僕が腕を伸ばせばまたあの温もりを取り戻せるような気がしている。

 僕の声の筈なのに、遠い誰かの歌に聞こえた。

 玲さん、愛してる。また会いたい。


ーーーーー


 アンティーク調の小さなカフェで、僕はウインナーコーヒーの香りを楽しむ。ここ『緑の里』は、実琉の兄の真都(まこと)がオーナーを勤める隠れ家のようなカフェで、僕はオフの日はたいていここで一日を過ごす。今日もまた、例外ではない。

 僕はSNSを開き、昨日のライブの感想を探す。少し検索をすれば、僕を称賛するコメントが画面に溢れた。その一つ一つに、僕の公式アカウントがいいねをつけている。このアカウントは僕と実琉が共同で運営しているので、おそらく実琉があの後死に物狂いでつけてくれたのだろう。

 実琉とファンに感謝しつつ、コーヒーを流し込む。甘さの奥から苦味が駆け寄り、苦味だけが僕の口内を満たした。味の変化に舌鼓を打ち、カウンターで豆を挽く真都にもう一杯注文する。

 実琉は感情が顔に出やすいというのに、その兄である真都は必要以上に顔を変えない、いつもの愛想笑いで応じた。真都の滑らかな手付きと淹れたてのコーヒーの香りを楽しみながら待っていると、視界の端で白いハンカチが舞った。

 慌てて席を立ち、ひらりと床に落ちたハンカチを拾う。持ち主を探して入り口を見れば、こちらを不思議そうに眺める若い女性と目が合った。彼女の手は、僕が持つ白いハンカチに伸びている。


「これ、あなたのハンカチですか? 落としましたよ」


「ありがとう」


 彼女はハンカチを受け取り、ハンカチに刺繍されたチューリップを、存在を確かめるように撫でた。それを不思議に思って口を開きかけた瞬間、後ろから騒がしい声が響いた。


「社長、遅いですよ」


「十分の遅刻です」


 高校生だろうか。短髪の少年と眼鏡をかけた少年が、奥のボックス席から彼女に手を振っていた。彼女はゆっくりとした足取りで向かい、二人と向かい合うようにソファに腰をおろす。

 僕は何故だか三人のことが気になり、真都が淹れたばかりのコーヒーを持って、ボックス席の近くのカウンター席に移動する。

 コーヒーの香りと味を楽しむふりをしながら、三人の話に聞き耳をたてた。


「社長、何してたんですか? 新しい依頼が来たとかですか?」


「アラキ、やめてくれ。俺たち来週からテストなんだぞ。しかも、進学に関わる一番大事なやつだ」


「安心して、アスト。新しい依頼じゃなくて、この前終わらせた依頼の報告だったから」


 声からして、短髪の少年がアラキ、眼鏡をかけた少年がアストらしいと分かる。それにしても、女社長と高校生二人なんて、どういう組み合わせなのだろう。


「さすが社長です。あの難しい依頼をたった二週間で解決するなんて」


「俺も生徒会の仕事が無ければ、捜査に参加したかったです」


「いい? 二人とも。今回の依頼は刑事事件関係だったの。まだ若い二人は巻き込めない」


 どこかの会社の社長だと思っていたので、会話に登場する言葉に眉をひそめる。捜査に事件。見た感じ、刑事という雰囲気ではないので、考えられるのは探偵だろうか。

 三人の素性を見定めようと観察していると、ふいにアラキが顔を上げた。僕が視線を逸らせるよりも速く、二人の視線がかち合った。アラキは驚いたように目を丸くする。


「あなた、もしかして」


 アラキの溢した声に、アストと女性の視線も僕を捉えた。その目が確実に僕を不審者だと言っている。僕は弁明しようとしたが、三人を観察していたことは事実なので、大人しく怒られようとボックス席の前で襟を正した。しかし、次の瞬間アラキが発した言葉は予想外のものだった。


「貝塚璃王さん! アイドルの。僕ファンなんですよ。握手してください! なんならサインください!」


 勢いよく捲し立てるアラキに驚き、思わず体を反らせそうになる。しかしなんとか踏ん張り、お得意のアイドルスマイルを作った。


「そうだよ。いつも応援ありがとうございます」


「うわぁ。本物の璃王さんだ……」


 感激で指先すらも動かせない様子のアラキの右手を取り、しっかりと握手をする。するとアラキの顔が熟れたリンゴのように真っ赤になった。

 僕のファンの面白い反応に微笑みながら、頭の片隅で考える。何故、僕だとバレたのだろうか。しかし、その答えはすぐに見つかった。いつも身バレ防止のために付けていた黒いマスクが、僕のズボンのポケットに入っている。一般人の前で顔を曝していたのだ。


「ありがとうございます。これからも頑張ってください。あ、それと、昨日のライブすごかったです!」


 言いたいことを言いきったのか、アラキは一礼して席に戻った。そのとき何か肌を刺すような感覚がし席を見ると、アストが親の仇でも見るかのようにこちらを睨みつけていた。


「アラキ。誰? この胡散臭いイケメン」


「アスト、言ったでしょ? 僕の推しで、今一番勢いに乗ってる大人気アイドル貝塚璃王だよ」


「へぇ。知らなかったな」


 僕を値踏みするかのように一瞥した後、アストは興味を失ったようで視線をアラキに戻した。どうやら、僕は彼の琴線には触れなかったらしい。僕もアイドルとしてまだまだである。


「ねぇ、あなた」


 それまで黙っていた女性が口を開いたかと思えば、席を立ち僕に名刺を差し出してきた。


「私、朝川探偵社で社長兼探偵をしている朝川(あさかわ)愛意(あい)と言います。大人気アイドルであるあなたの力を貸していただけないでしょうか?」


「璃王さん。僕たちのも受け取ってください。僕たち二人とも、愛意さんの手伝いをしているんです」


 アラキとアストも名刺を差し出す。


「学校の授業で作ったんですよ」


 差し出された小さな紙には、『明林堂高校』と印字されていた。二人が通う高校らしい。そして、アラキの名前は夜野海(やのうみ)新希、アストの名前は昼凪(ひるなぎ)明日斗だと分かる。


「どうぞ。ここ座ってください」


 愛意が席を立ち、新希の隣に座る。僕は示されたとおりにするが、三人と向き合う形になり気恥ずかしさを覚えた。


「私たちは探偵としての依頼をこなしつつ、とある事件を追っています」


 愛意が鞄から色褪せた新聞紙を取り出した。そこには大きく『女児失踪』の文字が書かれている。僕は話の重大性を理解し、息を詰めた。


「この失踪事件、いいえ、誘拐事件は五年前の六月十五日に起きた。私の妹の寧音(ねね)が小学校からの下校途中、消息を絶ったの」


 新希と明日斗が気まずそうに目を伏せた。


「当時の警察は一生懸命に捜索してくれた。それこそ寝る間も惜しんでね。でも、寧音は見つからなかった」


 愛意のたおやかな顔が苦痛に歪む。


「五年も経ったから、もう新しい情報が得られる可能性は小さい。でも、私は姉として寧音を諦められない」


 拳が震えた。それは、愛意のものだろうか。それとも僕のものだろうか。


「だから、人気アイドルだと言うのなら、力を貸して。あなたのSNSで寧音の事件を発信すれば、きっと多くの人の目に留まる。きっと新しい情報も得られる。もしかしたら、寧音にもう一度……」


 寧音の瞳から涙が一筋流れた。新希は悔しそうに唇を噛み、明日斗は表情こそ変わらないが眉が寄っている。この人たちは本気だと、本能で感じた。

 僕は、玲という人間の正しさに憧れた。玲は医者として、人を救うことに躊躇がなかった。昔、関東圏を大地震が襲ったことがあった。そのときの玲は、危険を省みずに崩落寸前の建物に入り、怪我人を救出した。


『誰かを助けることを躊躇する理由なんて無いだろ?』


 身体中に切り傷を作って、頭から血を流して、それでも玲は笑って言った。その笑顔がずっと忘れられない。僕も玲みたいになりたい。玲のその背に追い付きたい。それが、僕が正しく生きたいと願う理由だ。


「分かりました。愛意さん、僕も協力します。ただし、アイドルではなく一人の人間として、協力させてください」


「それはどういうことですか? SNSへの発信はイメージのために出来ないと?」


 明日斗は明らかに不快感と不信感を露にした。だが、明日斗が思うような僕ではない。僕だって、アイドルとしての自分のイメージは大切にしたい。しかし、それよりも大切にすべきものがあるなら話は別だ。


「いいえ。発信は必ずします。ただ、愛意さんはアイドルとしての僕を利用しようとしている、そんな気がしたので。僕個人としても、寧音ちゃんを見つける手伝いがしたいんです」


 明日斗は目を見開かせ、助けを求めるように愛意を見た。明日斗を追った僕の視界に入った光景に、今度は僕がぎょっとした。先程まで泣いていると思っていた愛意が、したり顔で僕を見ている。


「ありがとう。それなら、出来れば今日中に投稿お願い。あと、私の名前も投稿文に入れといて。また連絡するから、それまでSNSでの情報収集お願いね」


 演技だったのだろうか。愛意の目元に涙の跡は無い。でも、演技だろうが僕の決意は変わらない。ヒールの音を響かせ振り返ることもせず去って行く愛意の背中に、僕は誓った。

 あなたの力になって、必ずあなたの妹を救う。その自分の気持ちに嘘を吐かないと。


ーーーーー


 芸能事務所『STARSプロダクション』は、五年ほど前に設立したばかりの新進気鋭な芸能事務所で僕の所属先である。その会議室で、僕は実琉の電話が終わるのを待っていた。


「分かりました。失礼します。はい。貝塚にはよく言って聞かせます。ありがとうございます、社長」


 社長との通話を終えた実琉が、くたびれた様子でソファに座り込んだ。


「社長、許可してくれましたか?」


 僕は愛意たちと別れた後、すぐに実琉に投稿の件を相談した。もし僕が事件関係の投稿をしたせいで炎上騒動ともなれば、事務所全体に迷惑がかかる。僕は実琉に愛意との会話、僕の覚悟を全て包み隠さず話した。そうしたら実琉は、自分では判断出来かねるので社長に指示を仰ぐと、社長に確認の電話を入れた。それが今、終わったのだ。


「ええ。今度の特番のための打ち合わせで会った探偵の人から聞いた話、という設定にしてくれれば許可するとのことです」


「分かりました。確かに、その設定なら違和感ありませんね。すぐに愛意さんに確認を取ります」


 今度の特番というのは、世界の摩訶不思議な事件を紹介するという数年前に終了した番組の一夜復活もののことだ。僕はゲストとして出演予定で、そのことも既に公式アカウントで告知してある。

 カフェで貰った愛意の名刺に書かれたメールアドレスに、確認のメールを入れる。すると、送信済みの表示がすぐに既読に変わった。僕が驚いて固まっている間に、愛意から了承の旨が記された返信がくる。

 もしかしたら、メールというものは通常、こういうものなのだろうか。僕がメールを送る相手は玲だけで、仕事の連絡は電話や直接会ってしているため、標準が分からない。もし愛意のこれが普通だと言うのなら、玲はとんでもなく怠け者だと、心の中で笑う。


「愛意さんから了承いただきました。今から下書きをするので、チェックお願いします」


 今まで僕の投稿を実琉に確認してもらったことなどないが、今回はさすがに一度誰かに見てもらう必要があるだろう。僕が少しでも言葉を間違えれば、途端に世間は騒ぎ始める。善くも悪くもだ。


「これでどうでしょうか? 社長と実琉さんの要望、そして愛意さんの気持ち。ちゃんと書けていますよね?」


 僕は下書きを終えた文面を実琉に差し出した。実琉は小さな誤りも見逃さない強い視線で、文章を二回三回と読み進める。


「ええ。これで大丈夫だと思います」


 実琉がそう言ったのは、数分経ったときだった。僕は感謝の言葉を言い、投稿ボタンを押す。いつも通りすぐに閲覧数が追い付かなくなり、いいね数が増える。しかしこの数字が持つ意味は、いつもとは大きく違う。

 僕はこの胸のざわめきに、高揚感と名付けることにした。


ーーーーー


 まずい、まずい、まずすぎる。こんなことになるなんて。

 私は信じたくない一心で、何度もスマホ画面を見返した。なのに、そこに表示されている言葉は一文字たりとも変わらず、むしろ読み返す度に私の心に重くのし掛かってくる。


「どうして、こんなことに……」


 私は知っている。無邪気な善意ほど、人の幸せを容易く壊せてしまうことを。そこに悪意なんて無いことも。だって、五年前に経験しているのだから。

 私はもう一度、画面に映る人気アイドルの投稿を読み返す。そして、こんなことをしても仕方ないと分かってはいるが、アイコンの眩しい笑顔を睨み付けた。


『今日は先日お知らせした特番の打ち合わせでした! 打ち合わせの相手は、私立探偵の朝川愛意さん! 五年前に起きた妹の寧音ちゃん失踪事件をきっかけに、探偵業を始めたそうです。今回の打ち合わせで愛意さんにはすごくお世話になりました。早く寧音ちゃんが見つかることを祈っています。もし何か知っている人がいるならば、情報をお願いします』


 心優しい一般市民たちが、心優しいアイドルにコメントを残す。早く見つかるといいだの、寧音は我が子の同級生だっただの、情報を持っているだの、そんな言葉が底なしに増えていく。

 もう、世間が落ち着くことはない。世間はきっと、このアイドルのために寧音に起きたことを探るだろう。

 天王寺(てんのうじ)友加(ゆうか)は一人、暗い部屋の中、これから訪れるであろう地獄に恐怖した。

最後までご覧いただきありがとうございます。第二話からは事件に踏み込む予定です。

よろしくお願いします。

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