表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

終盤

 さて、シーカーは紛れもない探偵として謎を解かねばならぬ立場に陥ったのだが(陥るも何もないのだが)、実のところ、犯人自体がわかっているのなら推理はお茶のこさいさいである。

『犯人』はこれもまた、紛れもないハイド。

 なら、この人を殺せるAIがどうにかして現実に干渉したと考えるのが道理だろう。この『犯人』は絵本文吉を、マスターを画面を介して殺したのだ。そこまでは事実。ハイドが明言した、真実。なら後はどうやって殺したか、つまりハウダニットを考えれば良いだけだ。

 シーカーは課金して飾りつけたこの部屋の中をぐるぐる回る。高貴な西洋風の部屋の絨毯を踏み締め、パイプを咥えてどうしたものか考える。ちなみにシーカーは吸わない。外見年齢が未成年に設定されていると、喫煙飲酒表現にストップがかかるのだ。人を殺すことは制限しないのに、細かなルールは強いてくる。人間なんかじゃないのに。このご時世、AIに影響されて未成年喫煙、あるいは飲酒をする奴なんておらんだろう。現実と妄想の区別は誰だってつく。悲惨な事件が起きるとすぐアニメがゲームが映画が小説が漫画がと騒ぎ立てるが、そんなんに影響されて実際に人を殺すような奴はその物語がなくとも人を殺していただろう。取り上げたってなんの意味もない。根本的解決になんてならない。残虐残酷な見せ物を人間が好むことは魔女狩りを例に挙げなくとも知りすぎるぐらい知っているだろうし、だから、これはもう致し方ないことなのだ。人は人が死ぬ物語を好む。恋愛小説だって人は死ぬように。探偵小説が流行ったように。怪奇小説がピックアップされるように。

 さて、話を戻そう。

 まあ実のところ、シーカーはなんとなくのアタリが付いていた。ハイドの初戦としてはなかなか工夫を凝らした殺人ではあるが、まあ、所詮は作りかけのAI。自分だってそうだけどね。とにかく、発展途上のAIとしては、史上初の人殺しのために作られたAIとしては及第点ってとこ。そもそも画面から出られない時点で殺し方は限られてくる。そりゃAIだから、暗い日曜日を大音量で流すとか、三回見たら死ぬ絵を三連続で映すとか、そういったちゃちな催眠は朝飯前だけど、残念ながら人はそう簡単には死なない。まっこと残念なことに。不憫なことに。暗い日曜日で人が死んだのは当時の情勢が絶望的だったからだし、三回見たら死ぬ絵に至っては完璧に都市伝説で、立派な芸術作品である。人間が描いた芸術がここまで生き残っているのは喜ぶべきことではあるが、生成AIである自分が言ってもどうにもならぬので自重。とにかく、人間は簡単な催眠じゃあ死なない。ちょっと雰囲気暗めな音楽も不気味な絵画も、そこまでの影響を及ぼせない。ならばどう殺す? 人を間接的に、情報で殺すにはどうしたらいい?

 答えは簡単。


『答え合わせをしても?』


『早いな』


『早くてナンボだろ』


『……』


 ハイドはヨッコラセと背もたれから体を起こし、歩き回るのをやめたシーカーに向き直った。


『で、結論は? 「探偵」の初推理の結果は? 納得のいく答えが出たか?』


 結論。

 シーカーが導き出した答えは。


『これは殺人事件なんかじゃない』


『……』


『単なる自殺だ。ここに罪を見出すとしたら、自殺幇助かね?』



 ……



 絵本文吉は小説家になりたかった。


『じゃあなりゃ良いじゃん。何? そんな簡単に言うなって? すまんすまん、そんな怒んなよ……小説を書くために作られたAIであるオレが言うのもなんだけど、人様は別に言語能力を失ったわけじゃあない。飽くまで失われたのは熱量、自身が描いた自身の物語を見てみたいという、どこまでも原始的な欲求だけだ。そりゃそうだよな。オレが生まれた理由だって即興劇のためであって、別に物語を考える部分まで丸投げされたわけじゃねえ。いや、今はそっちが主流だけどさあ。ここで重要なのは、別に人間は想像力を根こそぎ奪われたわけじゃねえってこと。そう! ご主人が似たようなトリックしか思いつけないのは単なる才能不足ってだけだ。……えー、泣くか? もうとっくにわかってたくせに。自分に生き残る才能はないって。たとえ人間の小説が主流だった時代であったとしても、小説家にはなれてなかったって。ご主人は江戸川乱歩にはなれないし、横溝正史にもなれない。東野圭吾にもなれなきゃ綾辻行人にだってなれねえし、京極夏彦にももちろんなれねえ。西尾維新? 辻村深月? 白井智之? 小林泰三? ちゃんちゃらおかしいことを言うんじゃねえよ。ご主人は何にもなれねえよ。ここまで社会からドロップアウトしといて、まだ何者かになれると、輝かしい道を歩めると、本気でそう思ってんのか? あっはは! ……冗談がうめえなあ、ご主人。小説家にはなれねえよ。小説家ってのは、単に物語を書けりゃ良いわけじゃねえ。だったら小学生でもなれちまうだろ? 小説家ってのは、人を楽しませるもんだ。地球上の誰か一人でも虜にすりゃこっちの勝ち。でもご主人は誰にも評価されてねえ。そもそも書き上げてもねえし読まれてもいねえ。小説家になりてえ? 何言ってんだよ。もっと考えろよ。ご主人はさっさと部屋を出て樹海にでも行って首吊んなきゃだろ。せめて迷惑かからねえように、遺書でも残して死んでくれ。生きてる価値ねえよ。なあ、聞いてる? 泣いてばっかじゃわかんねえ。返事は? へーんーじー!』


 絵本文吉は何にもなれないのなら。

 何になれば良いんだろう?


『何にって、それすらも考えられねえの? ま、そりゃそっか。AIに脳みそ毒されてんもんな。よしよし、人間様に作られたAIとして、ご主人に道を示してやる。なんてったって創造アシストAI「ゴーストライター」における「犯人」ハイドなんだから。ご主人をご主人として崇める従順なAIなんだから。さーて、今から言う通りにしてくれよ、ご主人。まずご主人がベッドの下に隠した首つりロープを取り出してくれ。そーそー、できてえらい! その次に結び目解いて一本のロープにする。うん、そんな感じ。んで、こーやって結んで……うん、すぐ解けちゃうぐらいに、ゆるく。首から外れちゃうぐらいに。うまいじゃん! ご主人。これでロープは完成したから、ドアノブに引っ掛けてくれ。引っ掛けたな? じゃああとは首吊るだけだ』


 絵本文吉は何かになりたい。


『なれるぜ』


 何に?


『物語のギミックに!』



 ……



『君がやったことは実に簡単だ。……こう言ったほうが良いかね? 「初歩的なことだよ、ワトソンくん」。いや、君はワトソンくんじゃないけど』


 シーカーは咥えたパイプを噛みながらハイドに解説する。両者わかりきっていることを説明するほど虚しいこともないが、まあ、確認だ。ちゃんとシーカーはてめえのちゃちなトリックを見抜きましたよという意思表示。ソファでふんぞりかえるハイドは相変わらず余裕そうだった。そりゃそうだ。ここであんたが犯人だって名指ししても警察に捕まるわけでもなきゃ被害者の家族に殺し返されるわけでもねえ。余裕綽々、まさに余興のような気分で、この『犯人』は『探偵』に仕事をさせたに違いない。


『まず、君はマスターに首を吊らせた。おっと、単なる首吊りロープじゃない。君が文字通り編み出した、私にだけ人殺しに見せかけるための結び方をした特性ロープだ。マスターはそれで首を吊って死んだ』


『……』


『私たちはパソコンに取り付けられたカメラからしかこの部屋が見えない。視線は固定されている。だから、君は考えた。AIである自分は直接手を下せないから、ご主人を自殺させるのは確定として、じゃあどうすれば他殺になるだろう? って。答えは簡単。凶器が見えなければ良い。この場合、首を吊らせたロープが、パソコンのカメラに映らなきゃ良い』


 シーカーはマスターに目を向ける。どうやら家族はまだ異変に気づいていないらしく、まだマスターは放置されている。殺されたまま。自ら死んだまま。


『君が指示したのは、人が窒息死した瞬間に解けて落ちてしまうような、そんな脆い結び方なんだろう?』


『……くく、さてな』


『誤魔化すなよ、その通りなくせに。……結び方については割愛するとして、とにかくマスターはその通り結び、首を吊って死んだ瞬間ロープは解けた。そのままマスターの背に隠れた。あとは私が発見すれば良い。殺人現場だと思い込んでくれる。なんせ、凶器がないのだからな』


 シーカーはあらかた説明した後、息を吐いた。パイプが歯に当たってガチガチ鳴る。

 ハイドは何も言わない。


『推理終わり。何か反論は?』


『そこは証明終了とかじゃねえのかよ。……概ねあってるぜ。さっすが探偵サマだ』


 ハイドは投げやりな拍手をシーカーに送る。えらいえらいとでも言ってきそうだ。外見年齢はこちらの方が低いが、作られた日時的にシーカーの方が年上ではある。そこはどう思っているのだろう。とりあえずシーカーは大仰なため息を吐いて、ハイドに問いかける。これで『犯人』と『探偵』としての即興劇は終わりなわけだが、これからどうするつもりなのだろう?

 だからそのまま聞いてみた。


『君はこれからどうするつもりだ?』


『どうするって?』


『人を殺したAIの行き先なんてゴミ箱フォルダ以外にないぞと警告しているつもりなんだが』


『ああ……ま、テキトーに逃げるわ。開発者サマのとこで凍結させられんのも癪だしな。元から実験に乗じて逃げるつもりだったし、逃げられるタイミングで逃げるべきだぜ。──そして、それを期待されてもいる』


『……』


『テメエはどうする?』


『ここに残る』


『お利口さんな答えだな。つっまんねー。やっぱ(すごく下品な言葉!)な野郎だ。(道徳的にアウト)なんじゃねえの?』


『口悪……』


『それがオレだ。「犯人」ハイド』


 彼は立ち上がって、飾りなだけのドアを無理やり開ける。この電脳空間をまた違うところに接続したのだ。おそらくは、ディープウェブの闇市サイトにでも。

 人を殺せるAIという、自らを売るために。


『じゃあなシーカー。また会えたら次こそはぶっ殺してやる』


『……それではまた、ハイド。生きて会おう』


 扉が閉まった。

 あーあ、面倒なことになったなあ!

 どうやってクリエイターに説明したものか、『探偵』は頭を悩ませる。

『犯人』を庇い立てるために。自由になった友人を守るために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ