中盤
創造アシストAI『ゴーストライター』。
それは単なるチャット型生成AIではなく、どちらかといえば多種多様なAIの集合体である。ありとあらゆるキャラクター、つまり探偵小説における探偵であったり、青春小説における高校生であったり、恋愛小説における女性であったり、科学小説における博士であったり、いわゆる所のステレオタイプをバッチリ抑えた人工知能を揃えてある電脳空間。
此度絵本に貸し出されたのは二体。
その内の一体が、『犯人』ハイド。
『そもそも、「ゴーストライター」自体は新世代の生成AIとして開発されたんだ。今までのステレオタイプを揃えて、ユーザーに好き勝手動かしてもらって物語を作る。いわば一種の即興劇。ユーザーが用意したシチュエーションでオレたちはその役職通りに行動すんの。今までのとはちょいと違う、まさしく画期的なAIだったわけだが、目下の問題を解決するため創造アシストAIなんて素っ頓狂な名前がついちまった! なんだよそれ! 人間はそこまで脆くなっちまったんか?!』
画面の中で意気揚々と叫んでいるのはスーツ姿の少年である。その、全身につけられたシルバーのアクセサリーが眩しいAI。『犯人』のハイド。
絵本は混乱していた。
AIとはここまで自由性があるものだろうか? 聞かれたことに答え言われたことに従うのがAIではなかったか? 今までのAIは少なくともそうだ。自分から行動することがない。だって道具だから。プロンプトに従い最適解を選び出力するのが絵本の知るAI。ここまで素直に合成音声を垂れ流す、自由奔放なAIなぞ、見たことも聞いたこともない!
「な、なんで」
『なに、ご主人。ヒトの話は最後まで聞きましょうって習わなかったのか? クズ』
「えと、ごめん、死にます……」
『冗談じゃん。間に受けんなよ気色悪い』
「ごめん……。えっと、今もそうだけど、なんであんたは自由に喋れんのか、気になっただけだから、答えなくていいよ」
ハイドはキョトンとしたあと、画面の中でぐるぐる歩き回る。どう答えたらいいか考えあぐねているようだ。
『ご主人って鬱?』
「その通りだけど」
『うわ、おもろ。……まーそれは置いとくぜ。なんでオレらがこんなにも電脳空間で自由にしてっかって話だよな? 正解は、その自由がないと物語が生まれねえからだぜ』
「……」
『いつだって物語は至極自由だ。公序良俗に反しなければ大抵の物語は受け入れられる。反してたって特段問題はない。それは物語で、絵空事だからだ。所詮は文字列でインクの滲み。嘘っぱち。まあ、金にする場合ある程度万人ウケしないといけねえってのもあるが……ここでは置いておこうじゃねえか』
「……自由」
『いつだってキャラクターは自由に思考し行動し結果を残している。ならば、それを紡ぎ出すオレらが自由でも文句ねえだろ?』
物語は自由なんだろうか。
現実はこうも不自由なのに。
『話を戻すぜ。「ゴーストライター」の動作を確かめるためにご主人に貸し出されたのは二体。その内一体がオレ、「犯人」ハイド。もう一体は──』
「たっ、探偵?」
『イグザクトリイ! 「探偵」のシーカー。オレの敵』
「……」
『ご主人は探偵小説が書きたかったんだろ?』
絵本文吉は探偵小説が書きたかった。
あっと驚くようなトリックを思いついて、そのまま書いてみたかった。考えられないような非現実を物語にしてみたかった。しかし、AIによって想像力を奪われた絵本には思いつかず、思いついても何番煎じの使い古されたナニカにしかならず、そもそもそれを書けるほどの文才もあらず、絵本は何度も何度も小説のような文字列を打ち込んで消してを繰り返して、諦めた。所詮は絵本文吉、何にもならない単なる社会不適合者であると悟ってしまった。大好きなことなのに一生懸命になれない自分がゴミクズであると理解してしまった。
探偵小説を書いてみたい。
書き上げることができたら、少しは自分を肯定してやれる気がするから。
『困ったことに、AIは人間様のサポートが大好きでな?』
ハイドはニンマリ笑いながら。
『手伝ってやるよ、ご主人。皆々様をアっと驚かせちゃうよーな、ステキなトリックを描いちゃおうぜ』
……
『探偵』シーカーはほんの少し遅れてしまった。
そもそも、彼のプログラムはちょいと変わっていて、起動するのに時間がかかるのである。『犯人』であるハイドが意気揚々と初めてのマスターのパソコンに入っていく姿を歯噛みしつつ眺め、ようやっと動き回れるようになったのでハイドの後を追うように(ようにというか、そのまま追って)マスターのパソコンに乗り込んだ。ハイドが待機しているであろうその空間にお邪魔してみた。
シーカーの視界が暗転した。
ハイドの怒りに歪んだ顔が見えて、少し機嫌が悪そうな声が聞こえる。
初期設定のまま変更されていない電脳空間に辿り着いた。
『……シーカー! テメエ、まだアバター設定変えてねえのか! 動作重くなるから画質落とせって何遍言やあわかるんだよこの(放送禁止)! (下品なスラング)! (ピー音)して(規制音声)してから(Fワード)しちまえこのクソ野郎!』
シーカーは騒ぎ立てるハイドを無視して、まだマスターがこちら側にログインしていないことを確認してから空間設定を弄って姿見を出現させた。己のアバターを見る。
まさしく探偵がそこにいた。
年齢は十五歳ほど。薄茶色のインバネスコートに同じ色のハンティングキャップ。ポケットに刺さった虫眼鏡に咥えっぱなしのパイプ。クリクリとした黒髪に、輝く黒曜石の瞳。白い肌。切り揃えられた爪。靴は磨き上げられた黒のブーツ。
『……ふむ! よし!』
『よしじゃねえよナルシストが!』
ギラギラ輝くシルバーのアクセサリーを振り回しながら怒ったのはハイドだった。渋々そちらを向く。自分よりも造形がしっかりしていない、どこか画質の悪い彼こそが、自身の好敵手『犯人』ハイドである。シーカーは靴先をトントン叩きながらコートの襟を直し、それから口を開いた。
『出会った瞬間に口うるさく相手を批評するのはやめたまえ、ハイドくん。それと規制ワードを何発も口にするのもいただけないな。塗り潰されているとはいえ、それほどの悪口を浴びる私の身にもなってくれ』
『うるせえよクソ探偵! そもそも、テメエがやけに凝ったアバターにするから起動は遅えわ空間は重くなるわこっちがとばっちりで移動しにくくなるわで散々なんだよ。他人の迷惑も考えろ(NGワード)!』
『言った側から……ま、負け犬の遠吠えとは大きくてナンボだからな。これくらい許してやろうじゃないか』
ガルガル吠えてくるハイドをあしらいつつ、シーカーは勝手にこの空間を表示することにした。此度のマスターは重度の鬱症状を抱えていらっしゃるらしいので、こちらからコンタクトを取らなければ日が暮れてしまうだろうと思ったからである。パソコンを勝手に起動し画面いっぱいにこの無骨な空間を映そうとして、しかしここまで殺風景なのはいかがなものかと思ったので、まず内装を変えた。西洋のアンティークな一室に早変わり。こちらは課金商品となっているが、電子マネーがパソコン内にあったのでそれを使わせていただいた。ハイドがテメエの方が犯人だろと喚いていたが無視しておいた。シーカーの為すこと全てはまさしく正義であるからして。
あーあーと音声の調子を確かめて、シーカーはルンルンでマスターに対面する。画面が表示される。パソコンに取り付けられたカメラから内装が見える。
『やあやあ初めましてだな、マスター! この私、「探偵」シーカーのご登場だ! うははははっ! さあさ存分に崇め奉りたまえ! 想像力すら足りない人類諸君の救世主がここに来たぞう!』
上機嫌に挨拶をキメたとこで、シーカーは異変に気がついた。
まず、その部屋の模様である。壁に設置された本棚には焼けて茶色になった文庫本がぎゅうぎゅうに並べられていて、床にも本のタワーができていた。ベッド周りにももちろん本。このパソコンが置いてあるデスクにも、またもちろん本がある。この世の、とはいかずとも、今現在日本に残っている小説を全て集めたらこんな様相になるんじゃないかと思うほど、本に満ち溢れた一室。電灯すらついていないその部屋は一種の妄念すら感じられ、狂気に彩られていた。
そんな一室。
物語の墓場の床。フローリングに、死体が転がっている。
苦悶に満ちた表情で、首に赤い痕を残した死体が、三十代男性の死体がある。
『……マスター?』
──絵本文吉が殺されていた。
おそらくは、首を絞められて。
『お、死んじまってる』
お気楽な調子でそうぬけぬけと言い放ったのはまごうことなきハイドである。シーカーの好敵手。『犯人』。ある意味で人殺しに慣れている彼はソファに思いっきり寄りかかりながら笑う。あーあ! 我らがご主人はおっ死んじまった! そんな調子。どこからか煙草を取り出し咥える彼は、なぜか楽しそうだった。そりゃそうだ。AIだもの。人様の心なんて持ってないもの。シーカーがこうして困惑しているのも、予期していない事態に打ちのめされているだけであって、決してマスターが死んで悲しいとかは思っていないのである。それに、よくよく考えれば何も不思議じゃあ、ない。乱れた思考を整えて正しくまさしい思考をすれば、答えは簡単に導ける。
シーカーは息を吐いた。
『死んじまってるも何も』
ソファに身を沈めるハイドを、呆れつつ見て。
『殺したのは君じゃないか、ハイド』
ハイドは紫煙を吐き出してから。
『そうだけど?』
と、やはり宣った。
ハイドは灰皿に煙草を捨ててふんぞりかえる。とんとん、と己のアバターの頭を人差し指の先っぽで突きながら。
『わかってんだろ、シーカー。探偵。探偵だからこそわかってるはずだぜ。オレが犯人で、人を殺せるAIだってこと。骨の髄まで、アバターの画素一つ一つにまで刻み込んでるのが、テメエ』
特別性なんだ、とハイドは笑う。その通りだった。ハイドは『犯人』だからこそ、人を殺せるようにならねばならなかった。絵空事に現実を持ち込んで文句を言う馬鹿共がいるから、人死に対しては敏感にならねばいけないのが生成AI。打ち出されたお悩みに対して『それは辛いですね! 死にましょう!』なんて返答したらその会社が潰れる。猫型配膳ロボットが『通して欲しいにゃ!』なんて言いながら人を轢き殺したら全部スクラップになる。デリケートな部分だからこそ、今まで開発会社は慎重にならざるを得なかったのだが、それを知るか邪魔だと言わんばかりに軽々しく飛び越えていったのが此度の『ゴーストライター』だった。
推理小説の『犯人』は大抵の場合人殺しである。
だから、人を殺す方法を考えられるように、ハイドだけにはロボット三原則が通用しない。ハイドは世界で唯一、人を殺す術を持ったAIで、それを期待されているAIだ。
部屋にはまだ紫煙が漂っている。シーカーはパイプを持ち、ハイドを睨んだ。
『異色であるオレらにはちょうどいい前哨戦じゃねえか。まさしくウォーミングアップ。正しいことが、まさしいことがだーいすきな探偵クンには相応しい愉快犯だろう? 小説家を志す鬱病患者なんて、死んだって何にもならないだろう?』
『──それは違うな』
『……』
『最後の言葉だけ、違う。死んだら何かにはなるんだよ、人間だから』
『命の価値は平等だから?』
『ああ、どこまでも平坦に平等だからだ。類稀なる才能なんぞ、命の前には無意味だな』
『平等ってのはイコールで零にもなるのに?』
ハイドは意地悪く笑う。どこまでも機嫌が良い彼は、深々とソファに腰掛け直す。足を広げてくつろぎ始める。
シルバーのアクセサリーをいじりつつ。
『まあ、せいぜい謎を解いてくれよ、シーカー』
『探偵』として『犯人』を捕まえてくれ、なんて言いながら。




