序盤
技術の進化は目まぐるしい。
そりゃもうステキに忙しい。人類は何を焦っているのか、全ての事象を機械に肩代わりさせようと四苦八苦、まさしく涙ぐましい努力を重ねて日々日常を変えようとしているわけであるが、それは別にいいことばかりってわけじゃない。配膳してくれる猫型ロボットも、悩みを聞いてくれるチャット型AIも、そりゃあ便利だけどさあ……。変化とは言い換えれば異常であり、日常はまっこと大事なものであると誰も彼も思い込んでいるからこそ起こる認識である。非日常。なんと唾棄すべき事象か! しかしながら頭の良い方たちは待ってはくれぬ。便利を押し付けてくる。こちらとしても対応しないわけにはいかず、便利に手を伸ばす。取り残されたら時代遅れ。つまりはアナクロ野郎の老害と化してしまうから。生成AIの著作権侵害なんぞ知ったことか! 人類のお考えを零と一に変換して学習素材にしてしまおう。ほら、綺麗な文章とイラストだぜ……。流暢に喋る音声付きだ。これがパソコン一台で。ああ、なんと素晴らしき技術。
だからこそ、人間は追いやられていく。
西暦2045年。芸術家なる職業は死語と成り果てた。
だって、AIがやってくれるから。これこれこういう漫画が見たい小説が読みたい声が聞きたい映画をアニメを音楽をエンタメを! カタカタキーボード打ち鳴らして生成された、制作時間わずか一秒足らずの物語は、なんとも手軽で美味である。自分好みの物語は、誰かに書いてもらうのでもなく自身で書くのでもなく、作ってもらう時代。まさしく娯楽飽和時代。飽食時代。漫画家小説家声優映画監督脚本家俳優芸人イラストレーターアニメーター作曲家作詞家歌手なんて仕事はどこへやら。人類はAIの作ったエンタメを消費して生きていくことに決めた。楽だし便利だし手間がかからないし。本屋に足を運ぶとか、映画館まで行ってチケットを買うとか、劇場に入るために苦労して席を確保するとか、そういう面倒なことは、もうしたくない。
しかし面倒を好む困ったさんがいる。
それはまるで山奥で自給自足生活をする仙人が如き絶滅危惧種であるのだが、いてしまうものはしょうがなかった。いた。それが事実。そして技術家はそういう人材を求めてもいた。AIが作り出す物語には必ず大元……つまり著作権侵害をしてまで手に入れた、数々の芸術作品が、学習素材が必要で、それが足りなくなってきている。AIが作った物語を学習することも考えたが、それは人間が排泄物を食って飢えを凌ぐようなもので、まあ、現実的ではないわけだ。ここ二十年で喰らい尽くした、人間の作った過去の遺物はもう空っぽ。意外性と驚きを求める顧客に提供できない。新しいアイデアが欲しい。人間の作った、荒削りで、しかし驚愕する芸術を。ここで問題発生。AIによって新しく芸術を創造しなくなった人類に、一から革新的な芸術を作ることはできなくなっていた。まあ使わない機能はなるだけ削ぎ落とされちゃうのがこの世界なので、当たり前と言えば当たり前ではあるが、問題である。見通しが甘かったと言えざるを得ない。過去に芸術家と呼ばれていたみなさんはAIのための芸術なぞ作ってはくれないだろう。だって散々権利侵害されているし、よりにもよって侵害した側だし。どうしよう。どうする。新しい餌を人工知能に与えたい。紡ぎ出されるあれやこれやを見せて、よりアップデートしたい。しなければならない。
そこで、苦肉の策ではあるが、AIアシストの物語を今いる芸術家に生み出そうとしてもらった。
そしてそのプロジェクト──創造アシストAI『ゴーストライター』試行試験に選ばれたのが自分、絵本文吉である。
……
絵本は本来、小説家なる職業に恋焦がれた頭のおかしいやつである。
絵本が生まれることから生成AIが普及しブームになり、小学校を卒業する時にはAIの物語が主流になっていた。思春期の大半をAIに囲まれて育つこの世代。当然小説家、あるいはまた違う芸術家になりたいと思うやつは絵本のほかに全くおらず、それ故浮いていた。風船ぐらい。わざわざ古本屋で人間の書いた小説を買う変人。エンタメとは無料でなければならないのに、金を払ってまで不完全な物語にのめり込むよくわからんやつ。それこそが絵本文吉という男の評価。世間様に適応できない欠陥人間ってわけだ。奇人変人な自分はもちろん大学まではなんとか這い上がったけど、そこから先はゴロンゴロンと転落していき、あっという間に穀潰しが完成した。絵本は現在ニートである。
そんな絵本は小説家になりたい。
昔々に書かれたあの物語を、自分でも作ってみたい。あわよくば楽しんでもらいたい。そんな時代遅れな承認欲求が、絵本にはある。めちゃくちゃある。そりゃもう溺れ死にそうなぐらいある。しかし、ひたすら残念なことに時代にはそぐわない。小説を書いて暮せていたのは数十年前まで。芸術家が名を馳せる時代は終わりを告げた。お亡くなりになった。きっと夏目漱石や太宰治は草葉の陰で泣いている。あるいは森鴎外。夢野久作。芥川龍之介でも良い。文豪たちは天国で咽び泣いている。
小説家にはなれない。
絵本が書いた不完全な物語は金になるどころか、世間に評価されることもない。人間が作った物語なんて万人ウケしない欠陥製品。万人のうち百人が好きだと言ってくれる小説は、もうこの世界には必要ない。文化も価値観も乗り越えて全員が感動する物語を、この世界は欲している。
絵本文吉は小説家になれない。
「だからと言って」
絵本はパソコンとデスクトップやらが置かれた自身のデスクに身を預けながら。
「ンな怪しげで、AIに食われることがわかってる企画に参加するおれって……」
引きこもって早十年ちょっと。立派な三十一歳である絵本文吉。職業なし。たまにパソコンのメモ帳にアイデアを書き殴る以外は、学生時代に溜め込んだ古代の小説を読み漁る日々。コソ泥のように拝借してきた麦茶を飲みつつ、デスクトップに表示された此度参加した試験概要を斜め読みする。顎を撫でたら髭がジャリジャリした。
『創造アシストAI「ゴーストライター」は開発途中にある生成AIです。人間の想像力を補い、より良い物語を作り出し、今現在流通している生成AIをさらに発達させることを目的として開発されています。絵本文吉様にはその類稀なる文才を活かし──』
読むのをやめた。見え透いたお世辞ばかり並べられた堅苦しい文は読みたくない。全力で画面をスクロールし、最後の最後に貼られたURLを眺める。青色に光るソレは『ゴーストライター』なる生成AIが保存されたディープウェブ、つまりここからしかいけないサイトに繋がっているわけだ。マウスを軽く叩いてキーボードをなぞる。あまり使われていないからか、指に埃がついた。
小説を書いてみたい。
それは何度も、何度も夢想して、結局スタートラインにも立てていない、よくわからない己の願い。世間から爪弾きにされた、みっともない自分の祈り。時代遅れだってのは絵本が一番よくわかっているし、理解しているし、こんな研究に参加するならタウンワークでも見てさっさと就活でもした方がいいし、だから、この時間は全くの無駄ってわけだ。こうやって無意味にゲーミングチェアの上で膝を抱えて自己嫌悪に囚われていたって、この現実が変わるはずがない。小説に恋焦がれた自分の脳みそがマトモになるわけでもなきゃ、世間が手のひら返してまた人間の芸術が持て囃されるようになるわけでもない。とりあえず絵本には二つの選択肢がある。URLを押すか、部屋を出て母親に土下座し平々凡々なサラリーマンになるかだ。喉の奥から曲がった息が漏れる。意味もなく視界が歪んで、ぼたぼたと垂れて汚れ切ったズボンが濡れた。絵本の異常は絵本がこれ以上ないぐらい知っている。世間が自分のような男をどう見てくるかだって知っている。今回声をかけてきたこのAIを開発している奴らは、現代に適応できない異端者を嘲笑いながら、ああ、やっぱり人間の書く物語は無様だね! なんて思うために声をかけてきたのだ。社会のお荷物。心臓がぎゅうぎゅうと痛い。呼吸をするごとに親に迷惑をかけていることを実感する。焼けたページを捲るたびに世間様の囁き声が聞こえる。死んじまえ。知ってる。これは死ななきゃ治らない病気だ。死ななきゃなのに、早く消えなきゃなのに、自分の夢さえ追っかけられない自分は親の送迎付きで精神科に通っている。診断は鬱だって。うける! なんの苦労もしてないのに、何を悩んでいるのだろう! 自分が嫌になる。絵本は縮こまる。こうしている間にも時間は刻一刻と経っていて、つまり、無駄になっていて、さらに価値がなくなっていく。この研究を手伝いますよと言ったのは絵本なのに。モニターの募集を見かけて速攻で申し込んだのは自分なのに。送られてきたURLさえ押せない! いじいじうだうだ考え考え、ただひたすら迷っているだけ。なんて価値のない生き物なんだろう。世間に紛れ込めない異邦人。同じ病状を抱えている人は多分どこかにいるのだろうけど、絵本のようにここまで落ちぶれてはいないはず。そのはず。つまり絵本文吉という男はどこまでも救えない、蜘蛛の糸すら垂れてこないようなクソ野郎ってこった。
「うう」
椅子が軋む。嫌になる。ああ、薬飲んだっけ? わからない。知らない。知ったこっちゃない。ベッドの下に隠していた首吊り用のロープが欲しいのに、動く気さえ起きない。なんで。死にたいのに?
「しにた……」
『なら死ねば? ご主人』
スピーカーから。
あまりにも人間らしい機械音声が聞こえた。
『てかURLも押せねえ人間に生きる価値なんてねえけどな。あーあ! さっさと(自主規制)して(削除済み)してから死んだ方がいいぜ。なんなら手伝ってやる』
絵本は流石に機敏な動きで画面を見る。いつの間にか違うサイトに移動していた。ありゃ、どういうこと? 一切合切操作してねえのに。
いつの間にか真っ白い電脳空間に移動している。
デザイナーがストライキでもしたのかと疑いたくなるほど無味乾燥な部屋。その中心。そこにはギラギラしたシルバーのアクセサリーをふんだんにつけた、スーツ姿の少年がいた。三白眼を細めてゲラゲラ笑う。あぐらをかいて浮かび上がる。
『ま、とりあえずご挨拶。あの憎ったらしい探偵野郎もいないんだ。しばらくのんびり秘密トークでもしてえじゃん』
「は、はあ?」
『オレは創造アシストAI「ゴーストライター」の一部。いや、「ゴーストライター」自体がありとあらゆるキャラクターの総合体ではあるんだが……説明はめんどいからかっ飛ばすぜ。オレはオレだ。オレ以外の何者でもない』
絵本は画面を見つめてみる。それしかできない。ペラペラと、電脳世界でくっちゃべるこいつから目を離せない。
『オレはハイド』
「……」
『役職は「犯人」。探偵小説における準主役。あるいはギミック。それらの集合体。概念。まあ、仲良くやろうや。なあ? ご主人』




