第48話 続・夕飯にて
「ただいまー。いやぁ疲れた疲れた」
そう言いながら家へと帰ってきたのは姉ちゃんであった。
やばい!美也が大好きな姉ちゃんにこんなとこ見られたら殺されかねないぞ……
お願いだ……来ないでくれ……
俺のそんな思いは虚しく、俺と美也のいるリビングへと、一歩、また一歩と進む足音が聞こえてきた。
俺は美也の頭をあげようとするが、それも間に合わず、姉ちゃんは俺達のいるリビングの扉を開けてしまった。
「……なんだ……この状況は……」
扉を開けて入ってきた姉ちゃんの声は冷え切っていて、右手は力を入れて握られていた。
……これやばい……多分殴られるやつだ……
俺は姉ちゃんからササっと距離をとり、反論に出た。
「いや、これは誤解で!」
「何が誤解だ。伊吹、歯を食いしばれ!」
姉ちゃんは俺にスタスタと静かに歩いてきて、目の前で止まった。
次の瞬間、力の込められた姉ちゃんの握り拳が、俺のみぞおちを直撃しようとした──その時だった。
「ストーップお姉ちゃん!これは、私が悪いの!」
頭を下げていた美也が、俺を殴ろうとしてる姉ちゃんのことを呼び止めた。
俺のみぞおちを姉ちゃんの拳が勢いよくぶつかりそうだったが、残り1cmぐらいでなんとか止まった。
俺は「ふぅ……」と声を漏らし、その場に崩れ落ちた。
今思ったが、実の兄に土下座をするとか、プライドというものがないのか?
まぁ、プライドをゴミ捨て場に捨ててきたってぐらいプライドもクソもない俺が言うのもなんだが。
「何があったんだ?美也?」
姉ちゃんは、俺に話しかける時とは対照的に、美也には優しく微笑みながらそういった。
うちの連中はどいつもこいつも酷いな……もう少し俺を労われよ、優しくしろよ……
「それが、あのね……」
美也はそう言って、先ほど起きたことを事細かく話し出した。
すると姉ちゃんも、流石に美也が悪いと思ったのか、いつものだらしない姉ちゃんではなく、先生のように話し始めた。
あいや、そういえば本業先生だったわ。だらしなすぎて忘れてた。
こんなことを口に出したら間違いなく俺に標的が向くので、俺は黙って姉ちゃんがどんなこと言うのかと観察する事にした
さあ、どんな先生らしい説教をするんだ?
「流石にそれは美也が悪いな。作る人には敬意をもちなさい。そして、ちゃんと伊吹に謝りなさい!」
姉ちゃんは、右手を腰に当て、左手で俺を指差すようにしながら美也にそう言った。
おぉぉ!姉ちゃんがなんか先生っぽい。
それにしても、昔から怒られてばっかの姉ちゃんが人を叱るって成長したな。
「ごめんねお兄ちゃん……」
「お、おう……」
妹が可愛いと、こういうとき実に大変だ。
怒りたいが怒れなくなってしまう……許せないが本能的に許せと俺の心が叫んでいる……
「別にいいんだ。早く飯くえ」
……負けてしまった……ここは兄としてビシッと叱るのが普通なんだろうが……許してしまったぁ……
俺は頭を抱えながらもう一度テーブルへと座り、夕飯を食べ始めた。
「ところで伊吹、私のご飯はどこだ?」
姉ちゃんは、ソファに寝っ転がってテレビを見ながら、俺にそう言ってきた。
「いや、姉ちゃん今日は帰るの遅いって聞いてたから作ってないぞ?」
俺が味噌汁を啜りながらそういうと、姉ちゃんは「え〜」と、生意気にもそう言ってきた。
いやいや、あんたがいらないって言ったんだろ?
「今から作ってくれ」
……さっきの「作る人には敬意を持て」とかいうのはなんだったんだ。
敬意を持てよ、毎食飯を作って家事をしてやってる俺に。敬意を持て敬意を。
俺は味噌汁をテーブルに置いて、姉ちゃんの方向きながら大きなため息を吐いた。
「俺はこの後風呂掃除するから。自分で作れ」
俺が姉ちゃんにそういうと、姉ちゃんはキョトンとし、何か言いたげな感じであった。
一体何を言い出すんだ?
俺はもう一度、ため息を吐いた。
「私が作れるとでも思ってるのか?無理に決まってるだろ」
……なんだろう。正直さっきの美也よりもうざい。
作り手への敬意というものはなくなっているのだろう。
俺は無言で立ち上がり、キッチンの方へと向かっていった。
そのとき、姉ちゃんは「作ってくれるのか?」と聞いたが、俺は無言でキッチンの上の戸棚を開けた。
そして、俺は入っていたカップヌードルシーフード味を取り出した。
「これでも食べな」
俺はキッチンから姉ちゃんに向かってカップラーメンをほいと投げると、姉ちゃんはかっこよく片手で受け取った。
クソ、無駄にかっこいいのなんなんだよ。
「えー?シーフードだと私醤油の方が好きなんだが」
姉ちゃんは受け取ったカップラーメンを見て、ため息を吐きながら目の前のテーブルの上にカップラーメンを置いた。
俺は舌打ちをしてからもう一度、戸棚の中を漁り始めた。
「……醤油は品切れだ」
戸棚の中を探すが、醤油味は一向に見つからない。
俺が姉ちゃんにないことを告げると姉ちゃんはゲームを起動しながら、俺の目を見ずに口を開いた。
「じゃあ買ってきてくれ」
……俺は無言で席へと座り直し、夕飯を食べ始めた。
いや、敬意は? 敬意は何処へ?
姉ちゃんが横でぶつくさと文句を言っているが俺はもう聞く耳を持たないことにした。
俺は静かに、黙って夕飯を食べた。
……俺はなんでこいつらのために家事をしてあげているんだろう……
反抗期の息子に対する母親の気持ちって、こんなんなんだなと、俺は思った。




