第39話 峯岸家の朝にて
俺の朝は、かなり早くから始まる。その時間、実に朝五時だ。
いや、早いというか、寝てないのだから、早いも何もないのだがな。
あ、別に学校で寝ているから、寝不足ということはないぞ。
流石に今から寝るわけにはいかないんで、さっきまで使っていたPCの電源を落とし、日の光に当たるためにカーテンを開ける。
窓から差し込む光は、暖かく、心地よかった。
俺は軽く背伸びをして、深呼吸をした。
「今日もいい天気だなー。よく眠れそうだ」
俺は窓の外の輝く太陽を見ながら、制服に着替え始める。
もう完全に慣れ親しんだ制服は、もう愛着の沸くレベルまで来ていた。
制服は着崩すよりもきっちりと着たほうがカッコいいと思うタチなので、校則通りに第一ボタンが隠れきるまでネクタイを締める。
ネクタイって、最初は少し苦しいけど、丸一日つけていると気が付けば気にしなくなるよな。
制服に着替え終わった俺は、学校用の革製学生カバンに教科書……ではなく、ゲーム機と、最近買った中古のノートPCを詰め込む。
俺はそのカバンを持ち、自室の扉を開ける。
そして、扉を出てすぐのところにある階段を下ってリビングへと向かう。
「さて、いっちょやりますか」
俺は先月新調したばかりのエプロンをきて、腰の後ろでエプロンのひもをキュッと結んだ。
そう、俺はこう見えて、姉ちゃんと美也、そして自分の朝ご飯を作ってあげているのだ。
え、俺偉くね?
本日の朝ご飯は、昨日は和食だったので、洋食にしようと思い、冷蔵庫からベーコンと卵を取り出す。
別に、和食は味噌汁作ったり魚焼いたりで面倒だからって洋食にしたわけじゃないぞ。
俺は、フライパンにさっと油をひく。そして、油が温まったところで卵を割り入れる。
俺は家事出来る系男子なので、これぐらい朝飯前だ。
そうして、六時になるころには三人前のベーコンエッグとトーストが完成した。
俺はささっと洗い物を済ませると、朝食をテーブルに並べ、席に座った。
俺は、塩派には申し訳ないが、目玉焼きには醤油派なので、さっと一回し目玉焼きにかける。
「いただきます」
俺は礼儀正しいので、しっかりと食べる前に手を合わせて「いただきますを言う」。
俺ちょー偉い。
俺が朝食を食べ始めたころ、二階の階段から寝癖が付いてぼーっとした表情をしながら美也が下りてきた。
美也の制服は、寝ぼけていてまともに着られなかったのか、リボンはだらっと垂れ下がり、ワイシャツのボタンは掛け違えていた。
「おはよう……おにいちゃ────」
「おはよう……って美也、起きろーねるなよ」
美也は、そのまま立ちながら寝てしまった。
立ちながら寝れるってすごいよな。俺なんて、立ちながら寝ようものなら、地べたに座り込み始めるじぞ。
ちなみに、遊園地帰りの電車の中で昔あったんだよな。立ちながら寝ちゃって、目が覚めたら地べたに座り込んでて、目の前にいた女の人が「大丈夫ですか⁉︎意識がない……誰か、駅員に連絡を!」なんて叫ばれて恥ずかしかったな。
いや、電車で地べた座りながら寝た俺が悪いんだけどな。
「──っは!危ない危ない、うっかり寝ちゃうところだった!」
美也は、自分の両頬を手でパシッと叩いて、目を覚まさせた。
「え!何この制服⁉︎」
美也は、自分で寝ぼけながら着たであろう制服を見て、驚いた。
いやいや、驚いたも何も、自分で着たんじゃねぇか。
「ま、まさか私──お兄ちゃんと間違いを……!」
美也は、自分の体を隠すようにして、俺から少し距離を取った。
俺は、飲んでいた熱々の紅茶を、目の前にある朝刊めがけて吹き出した。
「ゲホッ、ゲホッ……お前!何考えてるんだよ。」
「流石に違うか、お兄ちゃんにそんな度胸ないしね」
美也は、そういって、掛け違えたボタンを直し始めた。
だが、なんだか美也の上半身になんだか違和感がある。
「おい!お前、下着付けて無いじゃねえか!」
「え?あ、本当だ」
美也は下着を着けておらず、角度を変えれば、外れているボタンの個所から美也の胸が見えかねない状況であった。
「早くつけてこい。それで、なんでお前はそんなに冷静なんだよ」
俺は、吹き出してしまった紅茶を、横にあった台拭きで拭きながら美也にそう言う。
よかった、ギリギリ制服にはかかっていないようだ。
それにしてもいつ、年頃の女の子が年頃の男に見られているのに、なんでそんなに冷静なのだろうかこいつは。
美也は、俺に指摘されても「あれま」だなんて言いうばかりであった。
「別にお兄ちゃんに見られてもなんとも思わないしね、お兄ちゃんもそうでしょ?」
確かに、さっきのはびっくりしただけであって、動揺したわけではない。
だとしてもだ、流石に年頃の女の子がこれなのはダメであろう。
「わかんないぞ。俺はお前と一つしか年齢が変わらない。正直、俺は一個下なら恋愛対象だ」
俺は、あごに手を当て、美也のことをまじまじと眺めながらそう言う。
正直、とてつもなく自分が気持ち悪いと思っている。
「おねえちゃーん!助けて!お兄ちゃんに襲われる!」
「おいバカ!何やってんだよ!」
美也が、階段に向かってそう叫ぶと、まるで鉄製のダンベルでもおっこどしたのかと思うような轟音とともに、乱暴に扉を開けるような音が聞こえた。
やばい!姉ちゃんが来る!と思った俺は、とっさに椅子を盾にしながら隠れた。
次の瞬間、ドスドスという階段を下りる音と共に、パジャマ姿でまだ乱れた髪も梳かしていない姉ちゃんが、怒りの形相で現れた。
「伊吹!お前はとうとうやってしまったか!妹との恋愛は、ほぼゼロの確率でアニメ内でしか成立しないとあれほど言ったはずだ!」
姉ちゃんは、シクシクとウソ泣きをする美也の頭をなで、自室へと送り返した。
そして、姉ちゃんは右手の拳をギュッと力を込めて握りしめた。
「待て姉ちゃん!いや、ほんとに誤解なんだよ!」
「黙れ。妹に萌える気持ちは分かるが、流石に襲うのは容認できないぞ。今の時代、こんなことをしたら炎上案件だぞ」
「もえる」だけにってか⁉︎はは、笑えるな!
次の瞬間、姉ちゃんの右手から放たれたストレートは、俺のみぞおちへと直撃した。
俺は軽く二メートルほどぶっ飛び、地面に倒れこんだ。
「次はないぞ」
姉ちゃんは、鋭い眼光で倒れこんでいる俺をにらんだ。
そして、ちょうどよく着替え終わった美也が、姉ちゃんと入れ違いになるように戻ってきた。
「次やったらお父さんに言っちゃうからね」
美也は、そういいながら、席へと座って朝食を食べ始めた。
本当、朝からツイてないな。
俺は、まだじわじわと痛むみぞおちを抑えながら、静かに涙を流した。




