第36話 実行委員会にて〈その三〉
「すみません、少々遅れてしまいました」
そういって教室へと入ってきたのは天音ちゃんであった。
「いや、構わん。事情は既に聞いている。なんなら、思っていたよりも早かったぐらいだ」
姉ちゃんは腕を組み、やさしく微笑みながら天音ちゃんに接する。
なんだよその対応。俺の時と真逆じゃねえかよ。
天音ちゃんそのまま、姉ちゃんに軽く一礼をし、最前列の席に腰掛ける。
「じゃあ話を戻すとしよう。とりあえず、実行委員長をやりたいやついるか?」
姉ちゃんがそう言って教室をぐるっと一周見回す。
もちろんの通り、俺はそんなことをやる様な人間ではないので姉ちゃんから少し目線を逸らす。
何やら陽キャグループの方から小声で、「お前がいけよ」「えーやだよ」なんて会話が聞こえる。
そんなことを言うくせに、こう言う奴らは結局立候補しないんだよな。
「いないのか?いないなら伊吹がやるが──」
「拒否権を行使します」
姉ちゃんが俺に押し付けようとした時、俺はすかさずそう言った。
いくらなんでも押し付けられすぎだろ。実行委員はまだしも、委員長は流石に厳しい。
「何故だ?」
姉ちゃんの声色が少し冷たくなった。まるで、俺を皮肉るときの天音ちゃんの様に。
「めんどい」
俺は姉ちゃんと逆の方を向きながら端的にそう述べた。
そんなやり取りをしていると、別のところから手が上がった。
「彼がやるぐらいなら私がやります」
俺を少し侮辱しながらそう言ったのは、教室最前列の席に座る天音ちゃんであった。
「本気で言っているのか?瀬戸、お前は学級委員長の仕事もあるだろ?」
姉ちゃんが俺を睨む視線を外し、天音ちゃんへと優しげな視線を向ける。
この感じ……どうやら天音ちゃんは姉ちゃんのお気に入りらしい。
「じゃあ、これ以上話を続けても出てくる人がいなかったら私が引き受けます」
天音ちゃんがそう言ってあげていた手を静かに手を下ろす。
天音ちゃんにそう言われ、姉ちゃんが教室を一周ぐるっと見回す。
すると、可哀想に思ったのか、教室広報の席から手が上がった。
「じゃ、じゃあ私……やろうかな」
そう言って手を上げたのは八坂であった。
八坂は弱々しい声で、手を半分ほどの高さまで上げた。
……八坂で大丈夫なのだろうか。俺は少し心配である。
「八坂の他にやりたい奴はいるか?」
姉ちゃんはもう一度教室中を見回す。
だが、一向に手の上がる気配はない。
おい誰か、ここで上げないと本当に八坂が委員長になっちまうぞ。
そんな俺の思いもむなしく、見事に八坂が委員長になってしまった。
「いやいや、そんな風に言うならお前がやれよ」と、思うかもしれないが流石に自分がやるくらいなら八坂にやらせたほうがまだましだ。
「えー八坂マジでやるの?めっちゃウケるんだけど!」
八坂が実行委員長に決定したとき、陽キャ集団の一人が大声でそういった。
いや、なにがウケるだよ。俺からしたら校則破ってまで化粧してるお前らのほうがウケるわ。
「じゃあ八坂、よろしく頼む」
姉ちゃんにそう言われ、八坂は元気よく返事を返した。
本当に八坂になってしまったか。まぁ、少し不安なところはあるが大丈夫だろう。
「じゃあ次は副委員長だが……やりたいやつはいるか?」
姉ちゃんがそう言ってまたもや教室中を見回すが、一向に立候補者は現れない。
だが、次の瞬間、ため息とともに一人が手を挙げた。
「やる人がいないのなら私がやります」
そういって手を挙げたのは天音ちゃんであった。
姉ちゃんも一度は止めてみたが、結局は他の立候補者が現れず、天音ちゃんが副実行長をすることとなった。
それにしても、学級委員長だけでなく副実行委員長とか、天音ちゃん大丈夫なのだろうか。
心配はしてやろう。変わる気はないが。
そもそもだが、天音ちゃんの言う通り、俺が副実行委員長やましてや実行委員長だなんてできるわけがない。
多分、運動会そのものを中止にしかねないしな。
「じゃあ八坂、瀬戸、挨拶を頼む」
姉ちゃんが二人にそう声をかけると、天音ちゃんと八坂は教室前面にある教卓へとたった。
「えーとっと。実行委員長になりました!普通科の八坂芽衣奈です。頑張って運動会を盛り上げましょう!」
八坂がそう言って一礼すると、クラス中にから拍手が起きた。
八坂はそのまま先ほどまで座っていた席へと戻っていった。
「じゃあ次、瀬戸」
教室の端のほうで自分の番が来るのを待っていた天音ちゃんが、姉ちゃんに呼ばれて教卓の方へときた。
「2年、特進クラスの瀬戸天音です。よろしくお願いします」
天音ちゃんはそう言って最前列の自席へと戻った。
さて、あとは書記だったかな。流石に書記は任されないだろう。
俺はそう思って油断していた。
「じゃあ後は書記だが……伊吹、お前でいいか?」
「──は?」
姉ちゃんが突然俺のほうを向いてそう言ってきた。
姉ちゃんの視線が向くと同時に、教室中の視線も俺のほうへと集中する。
「な、なんで俺?」
「だってお前、無駄に字だけは上手だろ」
確かに、俺は書道教室に通ったりもしていないのにも関わらす、何故か字だけはうまいのだ。
どれくらいかというと、小学校時代は書初めコンテストで毎回最優秀賞を取っていたぐらいだ。
「じゃあ伊吹、よろしくな」
「え、っちょ──」
「じゃあつぎだな」
俺に拒否権はないのだろうか……
姉ちゃんはそう言って、他の生徒たちの方を向き直った。




