表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

地割れと光と、そして黒髪の少女 ③

 途中、駆けつけた消防隊員に保護され、御剣さんと所長が待つ場所まで案内してもらった俺達三人。予想通り、御剣さんは阿修羅の如く怒っていた。さすがの所長も、こうなった御剣さんを止めることができないようで、俺は特殊管理課全員と、消防隊の皆さんの前で、怒涛の攻めを受けることになった。それはもう、良い子の皆さんには聞かせることのできない、酷い内容だった。メンタルの弱い人間であれば、この攻めが原因で引きこもりになってもおかしくはない。しかし、真っ赤に腫上がった目で俺を叱り付ける御剣さんを見てしまっては、引きこもるという考えが出てくるより先に、本当に心から申し訳ないと何度も謝ることしかできなかった。



 次の日。

 昼過ぎに携帯が鳴って目が覚める。寝ぼけながら電話に出ると、不快な声が聞こえてきた。

「おっはよう! カミィ!」

「ああ……小林さんですか……おはようございます」

「ああ……とはご挨拶だなカミィ。せっかくかわいい部下を心配して電話してるってのに」

「それはご親切に……で、何ですか?」

「冷たいねえ。まあいいや。――これから来れるかい?」

「……わかりました」


 昨日、御剣さんのお説教が終わった後、俺達は機材を車に詰め込んで、一旦研究所へと戻った。俺は研究所に戻ってからも、支部長からこっ酷く怒られ、課長から小言を言われ、すっかり落ち込みモードに突入。最悪の一日だった。

 その日はとりあえず解散となり、所長と小林を残して各々帰途に就いた。そして、事後処理のため、本日特殊管理課はお休みだ。ただ、俺については呼び出すかもしれない、と支部長から言われていた。

 それなりに覚悟は決めたつもりだ。その意思がなかったにしろ、俺は山一つ、丸焼きにしようとしてしまったのだ。どんな処分が下っても、しっかり受け止めようと決めていた。

 いつものサイクリングロードを自転車で走る。今日も青空が広がっていて、気温は少し暖かい。サイクリングロードの途中で見える地割れの淡白い光を見ながら、沙良のことを思い出す。

 俺にとってミディアムの彼女は命の恩人となっている。炎に取り囲まれ、何も出来ず臆していた俺を助けてくれた恩人。それは彼女にとって、自分が助かるためにやっただけのことかもしれない。それでも結果、俺は救われた。あの炎から救い出してくれたのだ。彼女にもちゃんと挨拶をしないといけない。

『日本リゾマータ管理研究所北海道支部』と書かれた看板。その横にある駐輪所に自転車を停め、研究所に入る。「支部長室に来てねえ」と小林から言われていたので、そのまま支部長室へと向かう。支部長室へと続く分厚い扉の前で、今度はしっかりとした気持ちで、ノックを二回。

「どうぞ」

「失礼します」

 扉を開くと、中には所長と支部長、小林が俺を待ち構えていた。

「おお! おはよう上射羽君! 昨日は良く眠れたかな?」

 所長が快活に話す。正直全然眠れなかったが「ええ、まあ……」となんとなく答える。

 ――その後の状況について聞かされた。まず山火事は、沙良が起こしてくれた雨のおかげで、ほとんど沈静化されていたそうだ。実際、消防隊もやることがなかったらしい。被害も俺と沙良がいた噴出口付近こそ全焼していたものの、そこ以外は雑草が焼けたぐらいだそうだ。そして、人や家屋に被害がなかったことと、焼けた範囲が狭かったことで、今回は調査中に起きた事故として処理されるようだ。恐らく所長が庇ってくれたのだろう。警察が俺に事情聴取を行わなかったのも、そのためだと思う。

「それで、上射羽君。君はどうする?」

 所長はしっかりと俺を見据えながらも、やさしい口調で問いかけてきた。

「……とんでもないことをしてしまったという自覚はあります。なので、どんなことであろうと、自分にできる精一杯の責任を取りたいと思います」

 正直な気持ちだった。例え契約を切られても、科学の世界からの追放と言われても、俺に取れる責任があるのならば、それは逆に喜ぶべきことなのだと思っていた。自分が迷惑を掛けた人達に、それで少しでもお返しができるのであれば。

「そうか。では君の処分を伝えよう」

 一気に張り詰めた空気になる。小林が俯いていたのが一瞬気になったが、雑念を振り払い所長の言葉に集中する。

「日本リゾマータ管理研究所北海道支部、特殊管理課所属、上射羽優。君は今回の責任を取り、明日より三日間の自宅謹慎処分、ならびに職務復帰後より一週間、研究所内のトイレ及び特殊管理課が使用する部屋の掃除を命ずる」

「……」

「……」

「……そ……それだけですか?」

「不服かね? ならば付け足そう。食堂と廊下の掃除。あと支部長室も――」

「喜んでやらせていただきます!」

 所長の顔があまりにも真剣だったので、本当に掃除場所を追加されかねないと思い、遮るようにして声を張り上げた。すると、俯いていた小林が盛大に吹き出し、笑い始めた。小林がずっと俯いていたのは、笑いを堪えていたからのようだ。

「いや、カミィ最っ高だよお前! 緊張しすぎだから!」

「そ……そんなに笑わなくてもいいでしょ!」

 腹が立ち小林を睨みつけたが、気にせず笑い続けている。そして、その時小林の横で笑いを堪えている支部長の姿を、俺は見逃さなかった。失礼極まりない二人だ。

「こらこら、小林君もそれぐらいにしておきなさい。まあ、処分は以上の通りだ。上射羽君。実際、謹慎処分とは言っているが、今日から四日間、沙良君がノルウェーに帰っていてね。特殊管理課としては活動できる状態にないんだよ。なので普通のお休みと考えてくれてかまわないよ」

「え!? 帰ってるんですか?」

「ああ。彼女が所属する機関に報告もあるようでね。――とにかく、特殊管理課はまだ動き始めたばかりで、君はこのチームにとって必要な存在だ。もちろん小林君、御剣君、沙良君も同様だがね。今後とも君の働きに期待しているよ」



 思っていた以上に軽かった。安心したのか、支部長室を出た瞬間に体から力が抜け、疲労感で満たされたのがわかる。

「カミィ。もう所長に足を向けて寝れないね」

 玄関に向かっている途中で、隣を歩いていた小林が不意に話しかけてきた。

「やっぱり、所長が色々やってくれたんですか?」

「そうだよ。まあ、色々不明瞭な部分もあるけどね」

「……どういうことですか?」

「ん? 計り知れない人ってことだよ」 

 なんだか意味深な言葉を残して、「じゃあ俺トイレ行くからここでお別れね」と小林は去っていった。良くわからない人だ。

 ――でも良かった。本当に。

 ただ、色んな人に迷惑をかけた。たくさん心配をかけた。たくさん動いてもらった。この事実は変わらない。俺はその人達のために、出来ることをしよう。特にミディアム、沙良・アムンセン。彼女にだ。もしかしたら俺に出来ることなんてないのかもしれない。それでも、俺は彼女に何かしてあげたい。力になりたい。彼女が俺を救ってくれたように。そう思った。今頃、彼女はノルウェーだろう。とりあえず、帰ってきたら飯でもおごってやろうかな。

 そう考えながらいつものサイクリングロードを自転車で走る。もう日は陰り、辺りはあの炎のような赤に染まっている。


 今日も空は晴れ渡り、紅葉は風に揺れ、山の地割れは淡白く光っている。


「そろそろタイムセールの時間か……」

 そうして俺は、近所のスーパーに向けて、全力で自転車を漕ぎ始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ