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地割れと光と、そして黒髪の少女 ①

 理科が嫌いだった。論理的に説明するだとか、科学的に証明するだとか、小難しくて面倒くさい。いちいち説明しなくても、そうなってしまうんだから、わざわざ遠回りしなくてもいいのに、と思っていた。

 あと、これはあくまで俺個人の感覚だが――格好良くない。理科の知識を使う科学者や研究者は、頑固で根暗でちょっと変な性格をした解説役、といった印象があり、実際にテレビや漫画でそんな描写をたくさん見てきた。髪はボサボサでヒゲを生やし、着古した服の上から薄汚れた白衣を羽織る。その身なりのまま、散らかりすぎて足の踏み場もなくなっている研究室で、一人黙々と実験や研究に勤しむ。どこをとっても格好良い所は何一つ見つからない。そんなイメージしかなかった。


 でも研究者になった。

 研究所に入ってから、もう半年。

 今日も自転車で通勤路である川沿いのサイクリングロードを走る。山は紅葉で赤茶色に染まり、吐く息も白くなってきた。雪虫が飛んでいたから、雪が降り始めるのもすぐだろう。自転車通勤もそろそろ終わりだ。


 今日も空は晴れ渡り、枯葉は風に揺れ、山の地割れは淡白く光っていた。



「はぁ……限界だ……」

サイクリングロードを抜けると現れる坂道。通勤路の中で一番の難所だ。傾斜は緩やかなのにやたらと長く、今日も中腹で力尽き、諦めて自転車を降りた。いつかこの坂道を立ち漕ぎ無しで登りきってやろうと思っているが、ほぼ毎日この坂と対決しているにも関わらず、一向に体力が付かない俺の体。果たして何年かかるのやら……。

 自転車を押しながらやっとのことで坂を登りきると、研究所が見える。白を基調とした近代的なデザインの建物が、周囲を山の緑で囲まれていながらも激しく自己主張しているため、嫌でも目に入ってくる。入所したばかりの頃は、この景色が大好きで、自然と嬉しくなっていたが、今では――今日も一日地割れの前で測定器とにらめっこか――と憂鬱な気分になり、坂で疲れた体がさらに重くなる。技術が発達しているのだから、測定器を設置型にして、結果を電波でやり取りした方がずっと効率的に仕事が進むのに。人件費と時間の無駄な気がしてならない。文句を言っても仕方がないのはわかっているのだが、研修が終了してから、毎日退屈極まりない仕事の繰り返しをさせられていては、愚痴の一つでも言いたくなるものだ。


 出勤してくる職員が次々と吸い込まれていく入り口で、彼らを一番に出迎える『日本リゾマータ管理研究所北海道支部』と書かれた大きな看板がいつもと変わらずに輝いている。この看板の横が駐輪所になっているため、毎日顔を合わせているのだが、なんでこの建物の看板がこのデザインなのか、今だに疑問だ。建物とは対照的な古めかしい木の板に、書道家が書いたとみられる大胆な字で研究所の名前が書かれている。恐らく所長の趣味が反映されているのだろうが、これじゃあまるで道場だ。いきなり「頼もう!」と大柄な男が登場して、研究員をちぎっては投げちぎっては投げ、という場面が目に浮かぶ。――それはそれでおもしろいな。

 建物に入っていく他の職員に混ざって進みながら、変な妄想をしていると、自動扉を抜けた所で立ち止まっている人とぶつかった。皆避けて通っているのに、頭の中で道場破りならぬ研究所破りの大男が暴れていた俺は、全く気づかずに激突してしまった。

「すいません!」

 謝りながらぶつかった人を確認すると、縦にも横にもでかい大柄な男性だった。こんな大男に気づかないくらいボーっとしていたのかと思うと恥ずかしい限りだが、その恥ずかしさよりも、今まさに想像していた様な大男が目の前に立ち塞がっている――という現状の方が勝っていた。この仕組まれたかの様なタイミングに驚いて、手に持っていた財布とIDカードを落としたのも忘れ、その場に立ち尽くしてしまった。

 大男もぶつかった俺に気づいた様で、ゆっくりと振り返る。元々体が大きい上に、強烈なオーラを放っているため、さらに大きく見合える。ものすごい迫力だ。

 大男は俺を見ると何か言いかけたが、すぐに視線を下に落とし、その場にかがみ込んだ。

 ――まずい! 下半身を持っていかれる! この研究所の被害者第一号は俺か!

 とっさに防御体勢をとった――が、大男は俺が落とした財布とIDカードを拾ってくれていた。

良い研究所破りだ。

「じょうい……ばね?」

 IDカードに表記されている俺の名前を見つめながら、大男がつぶやく。よく見ると、五十代ぐらいの素敵な雰囲気を漂わせるおじ様だった。

「珍しい苗字だね。失礼だが、なんと読むのかな?」

「えっ……。カミイバ、ですけど……」

「おぉ、では君が、上射羽優くんかい?」

何故か俺のことを知っている。交友関係にこんな素敵なおじ様がいるほど、俺の人脈は広くないはずだが。

「はぁ……そうですけど……」

「そうか。君が――ああ、すまない。色々話したい所だが今は時間がなくてね。支部長室はどこかな?」

 訳もわからぬまま、とりあえず支部長室の場所を教えると、大男は俺に財布とIDカードを渡し、奥の廊下へと足早に消えていった。

 謎の大男の出現にしばらく呆気に取られていたが、ふっと我に返り時計に目をやると、遅刻しそうになっていた。慌てて拾ってもらったIDカードをカードリーダーに通す。ギリギリセーフだ。

「よう! 優!」

 後ろから呼びかけられ振り向くと、同僚の皆川が走ってきていた。こいつも自転車通勤組の一人。いつも遅刻ギリギリに出勤する奴で、今日も同じ時間に現れた。かなり急いできた様で、息が上がっている。

「おはよう皆川。お前またギリギリだな」

「あはは。まぁ、いつものことだ。優がこんな時間にここにいるのは珍しいな」

「あぁ……ちょっとな」

 まさか妄想から飛び出したような大男とぶつかって、勘違いから防御体勢を取ったが、逆に親切にしてもらった――なんて言えるはずもなく、歩きながら曖昧な返事をする。

「それより優! 遂に今日だぞ! 今日!」

「は? 何が?」

 皆川は鼓動が早くなっている自分の心臓を、さらに追い込むように興奮しながら話し出す。

「何ってお前覚えてないのか!? 今日本部から所長が来るんだぞ? 社内メールきてただろ!」

 そういえば一週間ぐらい前にそんなメールを見たような気もする。実際のところ新人の自分達には関係のないことだと思い、気にも留めていなかった。

「所長が来たところで、どうせ俺らは測定に出るんだから関係ないだろ」

「まぁそうなんだけど、所長自ら足を伸ばして来るんだぞ? 絶対うちで何かあったんだよ!」

「何を期待してんだよ、お前」

 目を輝かせながら生き生きと喋る皆川。まるでワイドショー好きのおばさんだ。

「しかも噂によると、所長はミディアムを連れてくるんじゃないかって!」

「ミディアム――ってあの超能力者のことか?」

「そうそう! それ!」

 確かに世界にはそんな不思議な力を持った奴らがいると聞いたことはある。大学の授業でも少し触れていた気がするが、そんな人間に会ったことはないし、周りにも遭遇した友人や知人はいなかった。その存在を信じろと言うほうが無理な話だ。

「そんな奴ら本当にいるのかよ?」

「いるんだろ? 皆がいるって言ってんだから。まぁ所長が連れてくるってのは、あくまで噂だけどな」

 後な――と続ける皆川を軽く無視しながら自分のデスクがある管理課の扉を開く。入り口付近に固められている新人密集地帯。そこの一角である自分のデスクに座ると、なんだか隣が涼しく感じられた。何かと思えば隣のデスクの荷物が綺麗さっぱりなくなっている。

「――柏木が研究課へ異動になったんだよ!」

 喋り続けていた皆川の言葉で隣のデスクで起きている事態が理解できた。

「昨日お前が測定に出た後、課長が柏木を呼び出してさ。今日から研究課に配属だってよ! まだ半年しか経ってないのに研究課に異動だなんて、すごいよな!」

 俺の目の前にある自分のデスクに座りながら、皆川が自分のことのように喜んでいる。管理課から研究課への異動はよくあることで、研究課を目指して仕事をしている人間も少なくない。ただどんなに早くても三年はかかるはずだ。

「へえ。でもなんでだ? あまりにも突然すぎるだろ」

「うーん…………なんでだろうな? 妹尾! 何か知らないか?」

「……研究課の人員に穴があいたんだって」

 皆川の隣でパソコンをいじりながら話を聞いていた妹尾が、あっさりと答える。こいつも俺と同期の研究員で、一部では皆川・妹尾・上射羽で『管理課の三バカ』、とセットで呼ばれているらしい。こいつらと一緒にされるなんて心外だ。

「今うちで進めてる一番重要なプロジェクトのメンバーが抜けたらしくって、すぐに補充をしなきゃいけなかったみたいでさ、そこで研究所始まって以来の優秀者、柏木に白羽の矢が立ったって訳。もともと柏木は研究課志望で入ってきたからな。仕事も真面目にやってたし、当然と言えば当然なんじゃね? どっかの誰かは百年経っても無理だと思うけど」

 妹尾がパソコンから俺へと視線を移す。どっかの誰かとは俺のことを言いたいようだ。朝から皆川の噂話に付き合わされうんざりしているのに、ここにも俺をうんざりさせる奴が存在していた。こんな時、いつも助け舟を出してくれていたのは柏木だが、その柏木は研究課に行ってしまい、もういない。

「なんにせよ唯一の女子が抜けて、優と皆川しかいないむさ苦しいデスクじゃ、全くやる気が起きないよ」

「まぁまぁ! 男同士仲良くやろうぜ! なぁ優!」

 ――柏木、帰ってこないかな……。

「上射羽!」

 三人で喋っていると課長から呼び出された。お喋りがすぎたのか、それとも今日の仕事の話か。どちらにしても良い話ではない。肩を落として課長のもとへ向かう俺を、二人は合掌で送り出してくれた。最低だ。

「上射羽。リゾマータとは何だ?」

「…………え?」

「リゾマータとは何か、言ってみろ」

 始まった。課長の遠まわしで非常に面倒くさいお説教だ。

「……リゾマータとは、世界震災後に発見された不可視物質で、火・水・風・雷・砂の五種類が存在し、条件を満たすとそれぞれの名前の通りの現象を発生させる物質です」

「そうだ。では、そのリゾマータが噴出する地割れを調査し、リゾマータを測定するということはどんな意味を持つ?」

「……リゾマータは近年多発する自然災害の原因と考えられているため、その量を測定することで、災害の発生を事前に予測することを目的としています」

「その通りだ。それがわかっているのに、なんだ昨日の報告書は! まるでやる気が感じられない! この仕事を何だと思っているんだ! そもそもこのリゾマータがここまで解明されてきたのは、たくさんの研究者の血の滲むような努力があってだな――」



 ――もう十五分くらい経ったかな。リゾマータの歴史から功績を残してきた研究者のプロフィールまで、延々と話し続ける課長。いつもの事ながら長い。課長は「こいつは出来が悪いから、体に叩き込まないとダメだ」とでも思っているようで、説教の度に何度も何度も、毎回毎回、同じ事を繰り返し言うのだ。しかも俺にだけ。今では一字一句間違わずに、同じ事を言える自信がある。悪い人ではないが、この情熱故に暴走してしまう部分もあり、振り回されることも少なくない。少し抑えてもらえると仕事もやりやすいのだが……。

 いつもの調子で課長の話を聞き流していると、課長も言いたいことは全て言い終えたようで、満足気に話を戻す。

「とにかく、もう少し気合を入れろ。いいな? あと、今日予定していた観測はキャンセルだ」

「え! キャンセルですか?」

「あぁ。その代わりと言っては何だが、十時になったら支部長室に行け。それまでに昨日の報告書を仕上げて提出!」

「えっ!?」

 喜び一転。全く予想していなかった言葉に、思わず動揺して声が裏返ってしまった。

 支部長に呼び出されるような事したか? まぁ、測定は嫌いで態度も悪かったかもしれないが、最低限の仕事はしているはず。何か大きな問題を起こした記憶もない。全く身に覚えのない呼び出しだ。

「理由は俺が知りたいくらいだよ。ただ、上射羽優を支部長室に呼ぶように言われただけだからな。戻ったら是非詳しく聞かせてくれ。とりあえず報告書な」

 課長はいやらしい笑顔を浮かべながらそう言うと、報告書の催促をして話を締めくくった。

 疑問と不安を抱いた状態で自分のデスクに戻ると、皆川と妹尾はいなくなっていた。恐らく今日の測定場所に向かったのだろう。なんだか急に心細くなってきた。しかし十時まで時間がない。とにかく気持ちを落ち着けようと深呼吸をし、催促された報告書に向かった。


 残り時間が少ない事はわかっていたが、やはり報告書に身が入らない。今までやってきたことを順番に思い返してみたり、仕事に対する自分の態度を再評価してみたり、様々な考えが頭を行き交うばかり。結局、報告書はあがらず。またお説教を食らう破目になった。しかし、謎の呼び出しによって頭が不安でいっぱいになっていた俺は、いつも以上に課長の話を聞き流していた。

 十時。約束の時間。支部長室への足取りは重く、ため息だけが廊下に響く。大した距離ではない管理課から支部長室への道のりも、えらく時間が掛かる気がする。この廊下こんなに長かったっけ……?

 どんな事態が待ち受けているのか、次から次へと最悪の状況が頭に浮かぶ。そんな妄想をしている間に、支部長室への入り口はどんどん近づいてくる。不安は最高潮に達し、吐き気がしてきた。このまま通り過ぎて、奥のトイレに一旦逃げ込もうかと思ったが、時間が迫っていたので諦めることにした。支部長室へと続く分厚い扉の前で勇気を振り絞り、ノックを二回。

「どうぞ」

 支部長の声が聞こえ、少し間をあけてから「失礼します」と地獄の門を開く。

「あっ」

 中には支部長しかいないと思っていたが、他にも二人、来客用のソファーに腰掛けている。その内の一人は、入り口でぶつかった男性だった。あのダンディーな大男。そう言えばぶつかった時に支部長室の場所を尋ねられたから、ここにいてもおかしくはない。気になるのはもう一人だ。

 女の子。それも、黒髪のロングヘアーで、端正な顔つきで、不思議で魅力的な雰囲気を醸し出す――要は、かわいい女の子が大男の隣に座っているのだ。まるでお人形さんのような綺麗な顔立ちは、思わず見惚れてしまうほどだった。

「おぉ! 待ってたよ。忙しい所悪いね。実は上射羽君に話があって……」

 支部長が話し出すと同時に我に返り、自分が原因不明の何かで呼び出されていた事を思い出す。

 どうする? 何か言わなければ! でも何を? とりあえず謝るべきか!?

「すいません! 日々の仕事に対する態度及び自覚の欠落については大変申し訳ないと思っております! 今後は心を入れ替えいっそう精進いたす所存でありますので、えっと……その……減給処分だけは勘弁してください! 今月本当にヤバイんです!

「……」

「…………」

 自分でも何を言っているのか訳がわからなかった。支部長はもっとわからなかっただろう。そんな錯乱した俺を見て、支部長と大男は声をあげて笑い出した。

「いやいや、君の勤務態度については課長から聞いているが、今回呼び出したのはそのことじゃないよ」

笑いすぎて涙が出てきたのか、支部長は目元を拭った。

「今回、北海道支部に新しい部署を作る事になったんだけど、そのメンバーに君が選ばれてね。そのことを伝えるのに、所長がどうしても自分で伝えたいから、ってことで君に来てもらっただけなんだけど……」

 本日二回目の勝手な妄想による勘違い。恥ずかしいことこの上ない。穴があったら、入ってそのまま三日は閉じこもりたい気分だ。

 だがそれよりも支部長の言葉の中に気になるフレーズがあった。俺の耳と頭が悪くなければ、支部長は所長と行ったはず。いや、頭は悪いから懸念すべきは耳のほうか。それでもはっきりと所長と聞こえた。どこに所長が?

 するとようやく笑い終えた大男が俺の前に歩み寄り、手を差し出してきた。

「さっきはすまなかったね。改めて初めまして、上射羽君。私が所長の塚原だ」


 日本リゾマータ管理研究所所長、塚原剛山。

 歩くダンディズム。五十六歳。


 入り口でぶつかった大男。ダンディーで親切な研究所破り。そんな記憶しかなかったその男は、紛れもなく所長であった。気づかれないように、支部長室に飾ってある写真と見比べたので間違いない。写真で確認しないと所属している研究所の所長がわからない自分も情けないが、本部は本州にあるから会う事はないし、研究所のパンフレットに所長の写真が載っていた気がするが、そんなの覚えている訳もない。どれに所長は、研究所の説明会や入所式にも姿を見せた事がないのだ。新人は知らない奴の方が多いだろう。

「先ほど支部長から話が出たが、ここ北海道支部に新たな部署、特殊管理課を設ける事となった。近年、この北海道でリゾマータが増えてきているのは君も知っている事と思うが、これは世界的に見ても異常なペースでね。まだ被害報告は少ないものの、このままリゾマータが増え続けると、今以上に自然災害が起きる可能性がある。そして何より、リゾマータ増加の原因がわかっていない。リゾマータという物質自体、完全に解明されていない現状において、これは非常に危険なことだ。よって原因解明のため、急遽この部署の創設が承認された。そのメンバーの一員として北海道支部の中から君を選出させてもらったのだよ」

 言葉としては理解できたが、内容はさっぱりだった。北海道のリゾマータ量が増えているのは知っている。何せそのリゾマータを測定して報告している人間の一人なのだから。だが、その特殊管理課って何だ? 具体的に何をする部署なのか、なぜ所長自らが動いているのか、何よりも何故俺なのか。そんな疑問で頭がいっぱいな俺を置き去りにして、所長はさらに続けた。

「君以外にもこの北海道支部から二人。そして彼女を加えた四人で実際に動いてもらう事になる。他の二人は今日測定に向かってもらっているのでね。先に彼女から紹介しよう」

 ソファーに腰掛けていた女の子も特殊管理課のメンバーだった。彼女はゆっくりと立ち上がると、こちらに向き直る。正面から見て改めて思うが、本当に西洋人形のような綺麗な顔立ちだ。

「こんにちは。ミディアムの沙良・アムンセンです」


 ミディアム、沙良・アムンセン。

 黒髪ロングの美人。二十三歳。


 まるでこちらには興味が無いようで、淡々と、あっさsりと自己紹介を終えると、彼女は元のようにソファーへ腰掛けてしまった。心なしか少し不機嫌そうに見える。

 呆気に取られた俺は、生返事で「……どうも」と答える事しかできなかった。全く理解できない状態のまま、話だけはドンドン前へと進み、さらには自分をミディアムだと名乗る少女まで現れたのだ。もうこの場で理解しようとすることさえ無駄に思え、流されるままになっていた。

 その後、名前しか言わない彼女に代わり、所長から説明があった。その説明によると――

 ノルウェーと日本のハーフである彼女、沙良・アムンセンはミディアムである事に間違いないらしい。今回、特殊管理課発足にあたって、所長自らとある機関に協力を依頼したところ、ミディアムである彼女を派遣してもらうことになったのだという。彼女自身のミディアムとしての能力はカテゴリー4と呼ばれるレベルで、リゾマータを感知でき、操作・具象化を可能とする。さらには複数のリゾマータを一度に操作できる程のレベルであるらしい。


 ミディアム。

 リゾマータを操作・具象化できる能力を持つ人々。

 つまり、何も無いところでもリゾマータを具象化し、火・水・風・雷・砂を発生させる事ができる超能力者。


 しかし、どうみても普通の女の子にしか見えない。いくら所長に本物のミディアムだと言われても、そんな人間がいることすら疑っていた俺にとって、彼女はただ可愛くて、物静かで、少し不機嫌そうな女の子にしか見えないのだ。

「このままここで話だけしていても、わからない事だらけだろう。今日はあの二人だけで済ませようと思っていたが、君たちにも現場に行ってもらって、実際に仕事を始めてもらおう」

 所長はそう言うと、車の手配を支部長に頼み、なにやら携帯で連絡を取り始めた。

 こうして俺は、特に辞令を受ける訳でもなく、十分な説明を受ける訳でもなく、唐突に特殊管理課としての初仕事へ向かう事になった。

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