三話『月英学園七不思議【上】』
夜陽国の都市の一つ、深都の玉兎地区。
煌都が華々しく騒々しいのとは反対に、深都は慎ましく静かな都市だ。大図書館や学校、研究所などがあり、学術地区とも呼ばれる場所。
そんな場所にアマネと茶色の髪の男と紫色の髪の男がいた。
「深都に来るの久しぶりかもー。ねえまずは甘いもの食べない?見てトウマ、リンネ!これ先月オープンしたお団子屋さん!美味しそうじゃない?」
「おー、いいじゃん。色んな味あるみたいだし、美味かったら土産に買って帰ろうぜ」
茶髪の男、トウマにアマネは魔法水鏡通信板、通称マガミツの画面を見せる。わいわいとはしゃぐ二人に紫色の髪の男、リンネは大きく息を吐きだす。
「アマネ、トウマ。遊んでいる暇はありませんよ。僕はちゃんといいましたよね?」
「えぇ、でもまだ夜じゃないし……」
「通常の状態を見てからの方が判断しやすいでしょう。ほら、今日は運良く休校日なのですから早く行きますよ。……団子屋なら終わってからゆっくり食べましょう」
「お、だよなぁ!さっすがリンネ!」
「じゃあさっさと終わらせてこよー!」
背を向けて歩き出すリンネの腕をアマネとトウマは取り、目的の場所である月英学園へと向かっていった。
なぜ彼女らが月英学園へ向かったのかというと――。
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「アマネ、トウマ。ちょっといいかい、話があるんだ」
そう言って呼び出され、詠の私室兼仕事部屋へと向かった二人。
扉を開けて入れば、詠とリンネが向かい合って座っていた。
「あれ、リンネだ。一ヶ月くらい深都で仕事だって言ってなかった?」
「ええ。その仕事絡みで来ているんですよ」
どういうことだろうと顔を見合わせるアマネとトウマに、詠は座るように促す。
「実はね、リンネの仕事場で怪奇現象が起きているようなんだ。場所は月英学園」
「うわ、月英学園ってなんかすげー伝統あるお金持ち学園じゃん!え、リンネってそこで働いてんの?!」
「私が斡旋……というか、頼まれたんだよ学園長に。彼は私の活動も知っていてね、だから学園の空気が良くないことに気付いて助け舟を出してきたんだ。私はそれに応えてリンネを送り出した」
なんでもないように経緯を説明する詠。
月英学園の長は高い地位の者であり、おいそれと知り合う事もできない存在だ。相変わらず、この人の人脈はどうなっているのだろう、と彼女らは思った。
「えーと、つまり学園長に頼まれてリンネを送って、怪奇現象が起きたからここに来て、ってことは私たち……神片案件ってこと?」
「いえ、現状ではわかりません。ただ、一気に怪奇現象といいますか……七不思議が学園に広まっていて」
「七不思議って、トイレの~とか、音楽室の~とかってやつか?」
「ええ。その七不思議がこの一週間で急激に広がったんです。何人もの生徒がそれを見た、何を聞いたと口々に言ってまして。いままで聞かなかったのに急に顕在化するなんていかにもでしょう」
確かに、とアマネとトウマは頷く。
神片は強い力を持つ。怪異や怪奇現象の核となればその影響力が増し、多くの人の目に付き、危害を加えるようになる。
「そこで、だ。この件をアマネとトウマ、そしてリンネに任せたい」
「はあ……仕方ないですね。僕ではどうやっても解決出来そうにありませんし」
「任せて詠さん!」
「俺達がぱぱっと片付けてくるから!」
「頼んだよ」
詠の言葉の大部分はリンネに向けられており、彼は強く頷いた。
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これが二日前の出来事だ。それから学園長と詠のやりとりを経て、休校日となった今日にアマネたちは月英学園の門前に立っていた。
「ええっと、確か特別に入れるようにしてあるんだっけ?」
「そうですよ。許可のない人間は結界に阻まれて入れませんから、この入館証を身に着けてください。これは特別に用意したものなので、絶対に、失くさないでください」
「うわめっちゃ念押される……俺、あんま落としものとかしねぇよ?」
「とりあえず首からかけとこ……」
リンネから渡された入館証をアマネたちは首にかけ、さて、と巨大な鉄柵の門を見上げる。
「でー、これどうすんの?飛び越えるにしても相当な高さだぞ?」
「ああ、これは虚像なのでそのまま通れます。ほら」
リンネの伸ばした手は鉄柵をすり抜け、そのまま門の内側へと歩いていく。アマネとトウマもそれに続き、鉄柵をすり抜けて内側へと入った。
「これ警備とか大丈夫なの?」
「はあ、結界が張ってあると言ったでしょう。本来なら鉄柵の門など必要ないでしょうが、あると厳重だと思うでしょう?」
「たしかに」
リンネの言葉に頷き、アマネは鉄柵から校舎へと意識を移した。伝統のある学園だが、手入れと補修を欠かしていないのだろう。思っているよりも綺麗な校舎におー、と声が漏れる。
「もう一度、説明しておきますが、今から七不思議の確認に行きます。アマネとトウマには怪異やその他の気配を探ってもらいます」
「分かってる分かってる」
「私たちは前衛の朱所属だけど、そのくらいは出来るよ~」
ニコニコとしているアマネとトウマとは反対に心配そうな顔をするリンネ。彼は軽く頭を振ってその心配を振り払い、正面玄関へと案内した。
魔法水鏡通信板はいわゆるスマホです。この世界にスマホはないですがそれに準ずるものが開発されています。じつはネットも存在します。