二話『廃神社の怪奇現象【顛末を聞きに来る者】』
夜陽国にある都市の一つ、煌都の金烏地区。
常にきらびやかで華々しく騒々しい中心街から離れた、とある一角。少し古めかしい印象を持つレンガ造りの建物から、一斉に目覚ましの音が鳴り響いた。
その建物の一室に住んでいる彼女は、唸りながら目覚ましを止める。
「――ん、うー……んむ……」
目覚ましを止めるために出した手を布団の中へ引っ込め、布団ごと丸まって再び寝ようとする彼女の耳に扉を叩く音が聞こえた。
「おーい、アマネー?起きてるー?」
呼びかけられる声と扉を叩く音にもぞもぞと彼女――アマネは布団から顔を出す。眠気で半分閉じた目を時計へと向け、ふわ、とあくびを漏らす。
「もー、入るよアマネ――って、まだベッドいんの?ほおら、早く起きて!ゼツの見送り行くんでしょ?」
「んー……ゼツのみおくり……ゼツの見送り!!そうだった!」
「まだ時間あるからちゃんと支度して玄関来なね~」
部屋に入ってきた金髪の彼の言葉にはっとして目を覚ますアマネ。慌ててベッドを降り、クローゼットを開けて今日の服を選び出す。
金髪の彼はそんなアマネの様子を見て肩をすくめつつ、そう言って部屋を後にした。
一方、アマネは顔を洗ったり寝癖を直したりと慌ただしく準備をし、選んだブラウスとスカートに着替える。鏡の前で寝癖を確認し、時計を見るともう約束の時間だ。
アマネは慌てて部屋を出て、建物の中央にある階段を降りて玄関へと向かう。
「ゼ、ゼツエイー!お見送りにきたよー!」
「はは、そんなに慌てなくても勝手に出発したりしませんよ」
玄関には青髪の男――ゼツエイがおり、その周りをアマネの仲間たちが囲っていた。
アマネが来たことを確認した顔の半分をヴェールで隠した長身の女は一つ頷く。
「では、アマネ。みんな祝福を終えたから、お前で最後だよ」
「えっ!じゃあえっと、ゼツエイの旅路が平穏でありますように!」
アマネがそういい終えた瞬間に光る六本の糸がその場に現れ、よりあった糸は紐となりゼツエイの腕へと巻き付いた。
「それがあれば何があっても安全だろうさ。禊ゼツエイ、レフォリアでの活動と藤護とヨルヒトを頼むよ」
「まあ、なんとかします。向こうが落ち着いたらまた来ますね」
軽く頭を下げてゼツエイは行ってしまった。
しばらくその場を離れがたく、沈黙したまま玄関に立っていたアマネたちだが、あ、という声が聞こえて一斉にそちらを向く。
「いま、あっ、て言ったけど詠さん」
「なに忘れてたんですか詠さん」
「……明らかに今思い出したって声だったな」
「まーた何かやらかしました?」
「詠さん?」
アマネ含む五人の疑いの視線と言葉を受け、ヴェールで顔の半分を隠した女――詠はなんでもないように口を開いた。
「いや、実は朝早くから神秘・怪異課の識名が来ていてね。ゼツエイの見送りもしたかったから待っててもらったんだ。本当に朝早く来ていて、もう二時間は待たせているのを思い出した」
「ええーー?!」
驚きの声とともに詠を引き連れ、識名が待っているであろう部屋へとアマネたちは突撃した。
***
アンティーク調の家具が多く置かれている小さな部屋。その中央に向かい合うように置かれたソファに詠は座り、対面には識名と天尾が座っていた。
「すまないねえ、我が子みたいなものだからどうしても送り出してやりたくて」
「ま、今回は俺達も早く来すぎたしな。美味い茶と菓子が出てきたんだから構わんさ」
識名と天尾の前には待たせたお詫びに、といくつもの焼き菓子が並べられていた。それを遠慮なく食べる識名に天尾は戸惑ったように視線を彷徨わせている。
「天尾ー、ここで出る菓子だいたい美味いから食っといた方が得だぞ。――んで、だ。あんたら、静荘区の廃神社にいただろ」
「ああ、廃神社の件なら私より……アマネ、ゼロ、クオ、お前たちが話したほうがいい」
あからさまに面倒です、という顔をするアマネと水色の髪の男と金髪の男。それぞれ、水色の髪の男がゼロ、金髪の男がクオだ。
詠はそんな三人の面倒だという感情に見て見ぬふりをし、ソファに無理やり座らせた。
「ほら、好きなだけ聞いていい。答えられることなら答えるよ」
「事情がわかれば誰でもいいが……じゃあ、廃神社で起こった怪奇現象の発端はなんだったんだ?」
識名の言葉にアマネたちは肘でお前が説明しろという応酬を続け、それに負けたゼロが口を開いた。
「……元は、どこにでもある噂の一つだ。何の害もない、廃れた神社が怖い、不気味、そういったただの噂話に過ぎなかった。声が聞こえたとかいうのも、そういった精神状態での幻聴だった」
「でもねー、人間って怖いものほど見たいっていうかね?小さかった噂から、どんどん肝試しに来る人が増えちゃって、そこに行った人たちがまた怖い、不気味って感情を広げちゃってさー」
「それが原因で、人に害をなし始めたと?」
「……まあ、発端はそうだろう」
ゼロと割り込んできたクオの説明を書き起こしていく天尾に視線をやりつつ、識名は質問を続ける。
「昨日、あそこで一般人を保護したんだが……なんかしたか?」
「いやいやいや誤解です!危害は加えてませんって!ただこっちで対処中に大声上げられて、仕事に支障が出るから眠ってもらっただけです!」
「赤い影が襲ってきたって話だったんだが」
「いやまあ追いかけはしましたけど……!怪我はさせてません!」
「確かに目立った外傷はなかったから、あいつらの勘違いってことだな。まああんたらが一般人に危害をくわえるなんてよほどだろうしな」
「おや、私たちは一度たりとも徒人を傷つけたことはないとも」
にこりとソファの後ろから笑みを向ける詠に、識名は身震いをし気持ちを落ち着けるように茶を口にした。
「……最後に、もうあの場所では怪奇現象は起きないんだろう?」
「もちろん、綺麗さっぱり片付けましたから」
にこーっと笑うアマネに頷いているクオとゼロ。その様子に識名ははあ、と息を吐き出して立ち上がった。
「そんならまあ、これ以上いうことはねえかな。ただ、あんたらの存在はこっちでは認めてない事になってんだから、あんま派手なことはするなよ?」
「ふふ、肝に銘じておくとしよう。イヅルの坊やにもよろしく」
「課長にあったら伝えとく」
戻るぞー、と識名に声をかけられ、大人しく話を聞いていた天尾は慌てて立ち上がる。軽く頭を下げて、先に行ってしまった上司を追いかけた。
二人が建物から、敷地外から出たのを感じ取り、詠以外は思い切り息を吐き出した。
「つっかれた~……今日のは詠さんが二時間も待たせてるから余計に」
「ねー?まあ識名さんは慣れてるからそんな態度変わんないけど」
「だな……」
「なんだい、三人して私を悪者にして……そんな子に育てた覚えはないよ、ああ私は悲しいよ……よよよ……」
ヴェールで隠れた顔を手で覆い、泣き真似をする詠にアマネはやれやれと肩をすくめつつ、懐から透明な箱に入った欠片を取り出した。
「はい詠さん。これが廃神社の怪奇現象の根本。けっこう大きくなってて大変だったよー」
「それでもおまえたち三人なら危ないこともなかったろう?
……うん、予見通り闇の神片だ。いつもどおり私が処理しておくから、三人は朝食を食べに行っておいで。今日は久しぶりにイリスが作ってくれるだろう?」
「そうだった!パンケーキー!」
キラキラした顔ではしゃいで部屋を出ていくアマネ。それを追いかけるクオとゼロを微笑ましく思いつつ、詠は受け取った神片をいつも身に着けている水晶のペンダントへと近づける。
こつり、と透明な箱がペンダントに当たると、中にあった神片が吸い込まれていく。
紫色のもやのようなものがペンダントに浮かび消えていったのを見届け、詠も朝食を食べるために部屋を出た。