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枕元へのプレゼント

 あんな記事を読んだ翌朝。

 まだ薄暗い屋根裏部屋で、ふと甘い香りが鼻をかすめた。

 不思議に思い、まどろみから目を覚ますと――私の枕元には、なぜか小さな花束が置かれている。


「これは……?」


 見覚えのある花束を手に取り、私は思わず目を瞬かせた。

 蔦で優しくひとまとめにされた花束。この白い可憐な花は、ブレアウッドの森に咲くノエリアという花だ。精霊達がこの花びらを好み、ひらひらと遊んでいる姿を見かけたこともあるけれど…… 

 眠りにつく前は、たしかに花束などなかった。

 なら、いつの間に?


「ねえ、シュシュ……起きてる?」


 私はシュシュに声をかけた。ベッドがもぞもぞと動き、中からシュシュがヨロヨロと飛んでくる。まだ、少し眠いみたいだ。

 彼女は昨夜ここを離れず、一緒に眠ってくれていた。たまにこうしてシュシュが来てくれるおかげで、狭く暗い屋根裏部屋でも寂しい思いをせずにすんでいる。

 

「朝起きたら、花束が置いてあったの。これは森に咲くノエリアでしょう? もしかしてシュシュが摘んできてくれたの?」


 私の問いかけに、シュシュは寝ぼけまなこで首をふった。違う、ということだろうか。


「シュシュじゃないの?」


 シュシュはうんうんと頷き、再びベッドへ沈みこんだ。ポフッと柔らかな毛布に、気持ち良さげな顔をしている。


(なら、これは一体誰が――?)


 


 戸惑う私を置いてけぼりにして、枕元への不思議なプレゼントは続いた。

 二日目は上質なハンカチが。

 三日目は素敵な手鏡が。

 四日目は可愛らしい髪飾りが。

 そして五日目には、なんとサファイアが埋め込まれた指輪までもが届いた。

 そのどれもが素晴らしく、質の良さは一目でわかるほど。私なんかではとても手が届くはずもない高価なものだ。

 

 身に余るプレゼントに、私は困惑してしまった。理由もなしに、このように高価なものを受け取ることはできない。


(ど、どうして? 誰が、何の目的で……?)


 贈り主について、義母や義妹の可能性も考えたけれど……同じ屋敷で暮らしていても、あの人達が私に贈り物をするなんて考えにくい。しかもこんなに高価なもの、ソルシェ家にいて買えるはずがないのだ。彼女達が贈り主であるという可能性は、一瞬で消え失せた。


 となると、我が家以外の誰かということになる。

 夜中にこっそり私の部屋へ忍びこめて、こんなに高価なプレゼントを用意できる存在といったら――人間ではない気がする。


「シュシュじゃないのなら、もしかしてあの子達……森の精霊達かしら……でも、どうしてこんな高価なものを用意出来るの?」

 

 贈り主について、もしかしたらと見当はついたけれど――

 私は贈り主を明らかにするため、ブレアウッドの森へと向かった。 

 



「ネネリア。おはよう」


 アレンフォード家へ訪れると、今日もルディエル様が快く出迎えてくださった。

 いつもと変わらぬ笑顔に、優しい眼差し。毎日のように届けられるプレゼントの事は、おそらく何も知らないのだろう。

 

「こんにちは、ルディエル様」

「よく来てくれたね。ネネリア見て、玄関はずいぶん片付いてきただろう?」

「わ……本当ですね!」


 ずっと調度品で飾られていた玄関ホールはすっきりと片付き、ルディエル様らしい落ち着いた雰囲気となっている。

 かわりに飾られているのは、花瓶にいけられた愛らしい花々。絨毯や壁掛けも一新され、優しい色合いのものに変わっていた。


(すごい……ルディエル様も精霊達も、本気なのだわ……)

 

 様変わりした玄関を見ただけでも分かる。ルディエル様も精霊達も、番――伴侶となる女性のことを心から待ち望んでいるのだ。

 その女性を迎えるために、屋敷全体の姿を変えようとしている。私の目にはそのように映った。


「……羨ましいですね。みんなから、こんなに歓迎されるなんて」

「え?」

「アレンフォード家に迎えられる方は、きっと喜ばれると思います」


 私の口からは、思わず本音が漏れてしまった。

 だってこんなに歓迎されるなんて、ルディエル様のお相手は幸せ者だ。ご結婚されてからも、大切にされるに違いない。

 私の居場所なんて、あの屋根裏部屋だけなのに。


「……本当に? ネネリアはそう思う?」

「はい。とても居心地が良くて、すぐにこのお屋敷が気にいると思います」

「そ、そうか。ネネリアがそう言ってくれるなら、少し自信が持てたよ。うん、このまま進めることにしよう」


 ルディエル様は頬を赤らめ、はにかんだように笑った。

 未来を見つめるその笑顔が私には眩し過ぎて、思わず本題を忘れてしまいそうになる。持参した鞄のふくらみを思い出し、私はやっと我に返った。


 

「これは……」

 

 通された先にあるリビングで、ルディエル様に例のプレゼントを広げて見せた。

 ハンカチ、手鏡、銀の髪飾り。そして最後にサファイアの指輪をコトリと置くと、ルディエル様は首を傾げた。


「わたしの枕元に届いた贈り物です。最初は森に咲く花束だったのですが、どんどんエスカレートしまして……今朝はこの指輪が枕元に置かれてありました。きっと、とても高価なものでしょう。私は、森の精霊達のしわざかと思ったのですが」

「精霊達が?」

「夜中に私の寝室へ入るなんて、普通の人間では考えられないでしょう?」

「ネネリアの寝室に……」


 ルディエル様は、背後に飛び交う精霊達をジトリと見つめた。

 精霊達は「バレたか」とでも言うように、身を寄せ合い縮こまっている。しかし、悪びれる訳でもなく楽しそうだ。まるでイタズラが成功した子供みたいに、ルディエル様を指さして笑っている。


「はぁ……余計なことはしないでくれと言ったのに……」

「やっぱり、精霊達の仕業なのですか?」

「どうやらそのようだ。精霊とはいえ、女性の寝室に忍び込むなど……本当にすまなかった。けれど、どうか精霊達を責めないでほしい。彼らに(よこしま)な気持ちは無くて――ただネネリアにプレゼントを渡したかっただけなんだ」


 精霊達にかわり、ルディエル様から頭を下げられてしまった。

 

「あ、頭を上げてください! 精霊達を責めるだなんて……むしろこんなに高価なものをいただくなんて恐れ多くて、ご相談に来たのですから」

「……これは好みに合わないだろうか?」

「え?」

「どれも、ネネリアらしいと思うのだけど」


 顔を僅かに上げたルディエル様は、そう言ってまた寂しそうに瞳をそらす。


「好みに合わない、だなんて……」

  

 私は、テーブルに並べられた贈り物を見下ろした。

 白いレースのハンカチは周りが淡いピンクで縁取られた可愛らしいものだった。木彫りの手鏡は、背面に繊細な花模様が施されている。髪飾りも、私の地味な茶色の髪でも映えるよう、細やかな銀細工が散りばめられていて――


「……そんなはずありません。どれも本当に素晴らしくて、私にはもったいなくて」


 それ以上は言葉にならず、私は最後に指輪を見つめた。埋め込まれたサファイアは、ルディエル様の瞳を思わせるような――透き通る青。ずっと見ていたいほど胸を打つ輝きを放っている。


 触れることも躊躇う私に、ルディエル様は小箱を握らせた。私の手のひらには、指輪が鎮座した小箱が乗せられる。


「嫌じゃないなら貰って欲しい。すべて、君のためのものだから」

「ルディエル様……」

「ネネリアが喜んでくれたら、それだけでいいんだよ」


 指輪が私の手にあることで、ルディエル様の顔にもようやく笑顔が戻ってくる。


「そ、そうでしょうか」

「ああ。ネネリアが良ければだけど」

「いえ、ありがとうございます! ……大切にしますね」


 私は、精霊からのプレゼントをありがたくいただくことにした。なぜ彼らが私に贈り物をするのか、その動機は分からずじまいだったけれど……

 

(それにしても、なぜ精霊達はこんなに高価なものを用意することができたのかしら)


 不思議の多い精霊達。

 素敵なプレゼントをいただいて、謎は増えていくばかりだった。 

 

読んでくださりありがとうございます。

次回ルディエル視点になります。

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