熱愛発覚
「ネネリア! これはどういうことなの!?」
翌日、朝食の後片付けをしていたところに、機嫌の悪い義母とミルフィが現れた。
朝食といっても、二人とも起きてきたのは昼近く。そのせいで、私は片付けを終えたら急いで昼食の準備にかからなければならない。というわけでこの時間はとっても忙しい……のに、これは長くなりそうな予感がする。
わなわなと震える義母の手には、くしゃくしゃに丸めた新聞が握られていた。
彼女達はいつもゆっくりと朝食を取りながら、街新聞に目を通す。中でもゴシップ記事がお気に入りのようで、そこには誰と誰が破局しただとか、不正役人が捕まっただとか、有名人のスキャンダルが面白おかしく記されているのだ。
我が家の朝は、いつもその話題で持ちきりだった。「こいつは馬鹿だ」「この男は見る目がない」と……記事に対して言いたい放題。そのほとんどが悪口なので、私はそそくさと退散してしまうのだけれど。
私は、義母の手に握られた新聞を見て、昨日出会ってしまった新聞記者を思い出した。
水の精霊に心奪われて、すっかり忘れていたのだ。そういえばあの記者――『このことは記事にする』と言って去っていったじゃないか。
まさか……
「この新聞には、精霊守の相手がネネリアって書いてあるわ!?」
「私がお義姉さまに聞いた時には『違う』って言ってたじゃない! 嘘ついたの!?」
義母は、私の目の前にくしゃくしゃの新聞を広げた。
【若き精霊守ルディエル・アレンフォード、熱愛発覚!
丘の上で育まれた秘密の恋!
お相手は街外れに住むネネリア・ソルシェか――】
「なっ……なんなのこれ!」
そこには、本当にルディエル様と私の熱愛が記されてあった。名乗ったりしていないはずなのに、バッチリ名前まで載っている。さすが新聞記者と言うべきか……どうやって調べたのだろう。
【今後のご予定について伺ったところ、「近いうちに両家を交えて話し合いの場を設ける」との事。現在は結婚準備に忙しいようだ。
ルディエル・アレンフォードは記者の話を終わらせると、彼女の肩を抱き寄せ丘の上へと去っていった。】
(嘘ばっかりじゃない……!!)
多少は大袈裟に、誇張した記事が書かれるとは思っていた。でもこれは嘘だらけだ。好き勝手書かれてしまっている。
もし、街の人達がこれを信じてしまったらどうする……? ルディエル様には、本当のお相手がいらっしゃるのに。
「ち、違います! 結婚の話なんてありません!」
「じゃあなんでこんな記事が出るのよ! なにかやましいことがあったんでしょ!?」
やましいことなんて無い。私達はただの幼なじみなのだ。私を新聞記者から守ろうとしたせいで、私が尾行したせいで、こんなことになってしまって――
「いい? 私はネネリアの結婚を認めませんからね。ミルフィを差し置いて、あなただけ幸せになろうなんて思わないでちょうだい」
「もしかしてもう精霊守からプロポーズされてるの? 婚約指輪なんて貰ってたら、私お義姉さまのこと許さないから」
彼女達はすっかりゴシップ記事を信じてしまっているようで、手がつけられない。
腹が立つ気持ちは分かるけれど……ミルフィ自身の縁談が上手くいっていないのに、こんな記事を見てしまったら。
「とにかく、これはすべて嘘です。たしかにルディエル様とはお会いしましたが、記事のようなことは一切ありません。プロポーズなんてありえないし……婚約指輪だって貰うはずないでしょう」
信じてもらえないかもしれないけれど、私はきっぱりと否定した。彼女達も落ち着いてきたけれど、まだ納得のいかない顔をしている。
「じゃあ……両家の話し合いは?」
「そんな予定ありません。そもそも、私の結婚は許さないのでしょう?」
「ゆ、許さないけど……なーんだ。焦って損したわ」
記事がデマだと分かって安心したのか、義母とミルフィはやっとリビングへと戻っていった。
(つ、つかれた……)
思わず、大きなため息がもれる。まだ朝食の後片付けが残っているのに、私には既にひと仕事終えたような疲労感が残った。
プロポーズ、婚約指輪。
今の私には縁のないもの。
(ルディエル様は……もう、お相手にプロポーズされたのかしら)
食器を一枚一枚洗いながら、少し切ない気持ちに襲われる。
そんな私の後ろでは、何かを思いついたような精霊が森へ向かって飛んでいった。