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特別な人


「今すぐ、ネネリアから離れてくれる?」


 ルディエル様の冷たい声が、頭上から突き刺さる。

 そして記者が離れるより先に、私をルディエル様へと引き寄せた。

 日頃から付きまとう新聞記者への嫌悪感もあるのだろう。私を彼から引き離そうとしてくれている。けれど……


(違う! 違うんです、私)


 私は新聞記者と同じことをしていた。ルディエル様のことを知りたくて、こっそりあとをつけていた。責められこそすれ、守られる筋合いは無いのだ。


「おや……このかたは、精霊守様にとって特別な女性なのですか? やけに親しいようですが」

「そうだよ。だから君なんかに近づいてもらっては困るんだ」

「詳しいお話を伺えますか? 出会いはいつ? お二人に今後のご予定は――」

「予定があっても、そんなこと君に言う必要ないと思うけど」 

「そうですか! 予定がおありですか! これはいいことを聞きました! 良い記事になりそうだ」


 新聞記者の青年は、ルディエル様から拒絶されているにもかかわらず嬉しそうに笑う。


「このことは記事にさせていただきますが」 

「どうぞご勝手に。さあネネリア、行こう」

「え……ルディエル様!?」


 新聞記者は嬉々としてメモになにかを走り書きすると、足取りも軽やかに去っていった。

 ルディエル様は私を引き寄せたまま、まだ記者の背中を睨みつけている。


「よろしいのですか! あんなことを言って……ありもしない事を記事にされてしまいます」

「いいんだよ、ネネリアが特別な女性であることは本当だし」

「でも……!」


 特別といえど、私はただの幼なじみだ。しかしあの新聞記者は、きっと面白おかしく都合の良い記事を書くだろう。新聞の売上が伸びるような、誇張をふんだんに使って。

 もし、その記事をみんなが信じてしまったら――

 

「すみません……私、ルディエル様のあとをつけていたのです。そこにあの新聞記者がいて。私がそんなことをしなければ……」

「気づいてたよ」

「……えっ?」

「ずっと、ネネリアがあとをつけていたのは知っていたよ」


 愕然とした。まさか、ルディエル様がこちらに気付いていたなんて。恥ずかしくて情けなくて、身体から血の気が引いていく。


「え……い、いつからですか」

「最初からだよ。いつもなら声をかけてくれるのに、今日はどうしたんだろうって思ってた」

「最初から!?」

「いつまで尾行が続くのか、俺は楽しかったよ。ずっとついてきて欲しかったくらい……あの新聞記者のおかげで台無しになってしまったけどね」


 なんてこと。穴があったら入りたい。ルディエル様は怒ってなさそうだけれど、私はもう消えてしまいたくて仕方がなかった。


「ル……ルディエル様が、どこへ行くのか知りたくて……出来心でした。本当に申し訳なく……」

「はは、そうだったんだ。なら教えてあげるよ、ついておいで」


 ルディエル様は私の手を取ると、そのまま丘へ向かって歩き始めた。

 手を繋いで歩くだなんて久しぶりだ。思わず緊張してしまうけれど、ルディエル様は涼しい顔をして丘をどんどん登っていく。むしろ、なんとなく楽しそうに見えるのは気のせいだろう。


「手を繋ぐなんて久しぶりだ」

「あ……そうですね。私も今、そう思っていたところです」


 これ以前、最後にこうして歩いたのは……間違いなく子供の時だった。あの頃はまだ私もルディエル様も小さくて、手の大きさだってそれほど変わらなかった。

 けれど今はどうだ。このあいだ手を握られた時にも思ったけれど、彼の美しい手は見た目以上に大きくて、私の手がすっぽりと包まれてしまうほどだ。

 

「ネネリアは……手が小さいね」

「ルディエル様が大きくなられたのですよ」

「そうだね」 


 ルディエル様は手の大きさを確かめるように、私の手を握り直した。とても機嫌が良さそうだ。


「嫌じゃない?」

「は、はい」

「良かった。もう少しこのまま歩こう」


(もう少し……?! もう少しっていつまで? 目的地はどこなの?)


 嫌じゃない……嫌じゃないけど、早く手を離したい。どうしても意識してしまって手汗がすごい。ルディエル様はきっとそんなこと思いもしないだろうけれど……

 手汗に気付かれないことを祈りながら、私はもうひたすら歩き続けた。高鳴る胸の音は、聞こえないふりをして。



「ついたよ」


 ルディエル様に連れてこられたのは、丘の裏手にある小さな池だった。

 辺りには草が生い茂り、木の枝も散らばっていて……人の手が入らないまま、時が止まったような池だ。なにか用でもなければ誰も来ないだろうと思うほど寂しい場所だった。


「ルディエル様は……ここに用事が?」

「ああ。精霊達から教えてもらったことを確認しておきたくて。きっとネネリアも気にいると思うよ」


 そう言って、ルディエル様は池の中を覗き込む。私も真似をして、一緒に池を覗き込んだ。

 わずかに緑がかって見えた池は、近くで見てみると意外にも透明感があった。池の底まで良く見える。小さな魚がすいすいと泳いで、とても涼やかな池だ。


「綺麗な池ですね……魚が良く見えます」

「ネネリア、よく見て」

「え?」


 ルディエル様に言われて、私は池の中に目を凝らした。小さな魚達は一見どれも同じように見えたけれど、ヒゲの長いものや色が黒いもの、色々な種類の魚が混ざりあって泳いでいる。

 その中に、光り輝く魚が数匹見える。私は息を呑んだ。魚のようで……少し違う。


「あれは……魚じゃ無い?」

「見えた? あれは、水の精霊達だよ」


 魚と一緒に泳ぐ水の精霊達は、精霊守であるルディエル様に気付くと、水面まで上がってきてくれた。

 光の加減で虹色にも見える水の精霊はつやつやとしていて、まるで小さな人魚のようだった。


「わあ……! こんなに綺麗なのですね」 

「森の精霊達が、この池にも水の精霊が移り住んでいるのを見つけたんだ。この街には水の精霊なんていなかったはずなのに」

「水がこんなにも透き通っているのは、精霊のおかげですか?」

「そうかもしれないね。このまま維持出来れば、水の精霊ももっと増えてくれるだろう」

「素敵ですね……」


 私は、気持ちよさそうに泳ぐ水の精霊を眺めた。今日ここへ来なければ、水の精霊達に気づくことはなかっただろう。ルディエル様といると新しい発見がたくさんあって、気持ちが一気に晴れていく。


「ルディエル様、連れてきて下さってありがとうございます。またご一緒してもいいですか?」

「どういたしまして。ネネリアが望むなら、何度でも」


 私達は池を眺めながら微笑み合う。

 水の精霊との出会いは、私にとって大切な思い出のひとつになった。

 

 

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