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おかえり


「ここにいたのか」

 

 とうとう――あの男に見つかってしまった。

 手に握られたナイフは、きっと脅しなんかじゃない。彼の血走った目が、それがすぐにでも凶器になることを物語っている。


「ナメたマネしやがって」

「あっ……!」


 強引に髪を引っ張られ、私は抵抗もできずに草むらへと叩きつけられた。見上げた先の視界には、ナイフを逆手に持ち変えた凶悪な男の姿がある。

 殺される。そう思った。この逃亡劇の終わりを感じて、私は固く瞼を閉じた。


「…………?」


 しかし、いつまでたっても男のナイフが振り下ろされることは無い。不自然な沈黙だけが辺りを包む。

 

 恐る恐る……私は薄く目を開けた。すると視界にあの男の姿は無くて――


「ネネリア……無事か!?」


 代わりに映ったのは、焦がれてやまないルディエル様の姿だった。

 ナイフを持った男は、彼の足元でぐったりと意識を失っている。もしかして……あの男を、ルディエル様が……?


「ル……ルディエル様……?」


 これは幻かもしれない。実はもう殺されていて、死後に都合の良い夢を見ているのではないかとさえ思った。

 でなければ、こんなところにルディエル様が現れるなんてありえない。月明かりに照らされた銀髪が透けて、かすかに漂うマントの香りが私の心を震わせる。

 それがあまりにも現実感がなくて、私はルディエル様にしがみついた。


「これは現実ですか……」

「ああ、頑張ったな。もう大丈夫だ」

「私……生きていますか」

「もちろん」

「ルディエル様……お会いしたかったです」


 堰を切ったように、溜め込んでいた想いが溢れてくる。

 まだブレアウッドに着いたわけではないのに、ルディエル様に会えただけでホッとして――私の瞳からは涙が止まらなくなってしまった。


「っネネリア……」


 ルディエル様は、そんな私を涙ごと掻き抱く。

 その胸はあたたかくて、どんな場所よりも安心する。

 次第に遠のく意識の中、耳元で「おかえり」とルディエル様が囁いた。



◇◇◇



 ルディエル様はあの夜、風の精霊に案内され、私を探して下さっていたらしい。

 しかし街道を探してもそれらしい馬車は見当たらず、不思議に思っていたところに花の精霊達から情報が入ったようだった。「ネネリアがこっちにいる」と。


「行ってみたら、まさに君が襲われていたところだったから……生きた心地がしなかったよ。間に合って本当によかった」

「本当に……ありがとうございます、ルディエル様」


 ルディエル様によって倒された男は、無事に衛兵達へ引き渡されたようだ。もう私の前に現れることはないだろう。


「ネネリアはどう? 体調は大丈夫?」

「はい。おかげさまで、すっかり回復しました。こんなに手厚く看病して下さって、なんとお礼を言っていいのか……」


 私はあの後意識を失い、ルディエル様達によってブレアウッドまで運ばれた。

 ひとまずアレンフォード家に運び込まれた私は、丸二日ほど意識を失っていたようだ。目が覚めたら、ルディエル様が付きっきりで看病してくださっていたので驚いた。


 久しぶりに見るルディエル様は、少しばかりやつれた顔をしている。美しさはそのままに、少し痩せて、どこか余裕が無い。そのように思えた。


「あの……ルディエル様も、大丈夫ですか。少し見ない間に、痩せられたような……」

「大丈夫じゃ無いよ」

「えっ」


 ルディエル様が、私の手を固く握る。

 もう二度と離すつもりは無いとでも言うように。


「全然大丈夫じゃ無い。ネネリアがいなければ、この森も精霊も……俺も全然駄目なんだ。君が突然いなくなって、俺達は深く絶望した。もう未来に希望もなにも無くなって……雨と一緒に街ごと流れてしまえばいいとさえ思ったよ」

「そ、そんな」

「それだけ、ネネリアのことが大切だった。君がいなければこの屋敷だって意味が無い」


 ルディエル様の熱を宿した瞳が、逃げ場のないほどまっすぐに私を見つめていた。

 今なら分かる。彼が、どれだけ私を必要としてくれているのか。勘違いして街を去った私に、どれだけ傷つけられたのか。

 私は……なんてことをしてしまったのだろう。


「……俺は君を愛してる。ずっと昔から、出会った時から君だけしか見ていない。だから――どうかお願いだから、俺のそばにいて欲しい」 


 私が口を挟む隙も無いくらいに、ルディエル様の想いがぶつけられる。 


「俺は君を諦めることは出来ない。もしこんな俺のことが嫌だったとしても、屋敷にいてくれるだけでいい。ネネリアがこの屋敷にいるだけで幸せなんだ。今だって……またネネリアといられることが夢みたいで……」


 握られた手の温もりは、私をここに繋ぎ止めようとしているようだった。

 ルディエル様の指が、縋るように指輪を撫でる。慈しむように優しく、指輪ごと私の手を包む。

 そしてそのまま、指先にはやわらかなキスが落とされて――思わぬことに、私は身を小さく震わせた。


「……嫌?」

「い、嫌じゃありません、驚きましたけど……」

「そう、良かった。ネネリアに嫌われたら俺は生きていけない」

「私がルディエル様を嫌うことなんて、何があってもありえませんよ」

「本当に?」

  

 熱っぽく向けられるその瞳に、私はただコクコクと頷くしかなかった。赤い顔で戸惑う私に、ルディエル様もやっと穏やかな笑顔を浮かべてくれる。


 いつの間にか、精霊達も私の周りを飛んでいて――


――おかえり

――おかえり


 みんなが、私を迎えてくれた。

 アレンフォード家こそが私の居場所だと言うように。


本日、あと二話投稿して完結します。

ここまでお付き合い下さった皆様ありがとうございました。

ブクマやいいね等、とても励まされました!!

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