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精霊の涙


「“精霊の涙”って知ってるか」


 グレンさんは私の目を真っ直ぐ見つめ、諭すように語りかける。

 

(“精霊の涙”……?)


 初耳だ。精霊達の涙と、その森に降る長雨と、どう関係があるというのだろう。

 そして今、雨の原因が私にあるかのように、グレンさんはこの話を切り出した。そんなはずは無いと思いたいのに、グレンさんの口調はあまりにも真剣で。いつもとはまるで違う彼の姿に、私の胸はざわついた。


「精霊は、悲しいと涙を流す。それは人と同じだな」

「え、ええ」

「しかしあいつらが泣くと、辺り一帯には雨が降るんだ。それも泣き止むまで」

「そんな……じゃあ……その雨は、本当に精霊が泣いているせいで……?」


 身体から血の気が引いていく。

 精霊は可愛らしくて、優しくて、ちょっとイタズラ好きで……私にとっては、ただただ癒しの存在だった。

 けれど彼らは可愛いだけの存在ではなかったということだ。私の想像を遥かに超え、街の運命を左右するほどの力を持っている。


「……精霊達は、なぜそんなに悲しんでいるのでしょうか」

「気になるだろ? 俺も精霊守のはしくれだからな、他所の街とはいえなんでこんなに精霊が泣き続けるのか心配になったんだ。その街になにか良からぬことが起きてんじゃないかって」 

「そうですね、こんなに……一ヶ月も泣き続けるなんて……」


 ちょうど、私が街を出た頃と同じだ。

 通り過ぎた街には、そんな異変はなかったけれど――


「そうしたら、風の精霊が教えてくれたよ。その森の精霊守が、(つがい)になる者を失ったと」

「番……伴侶のことですよね」

「精霊守のために精霊達が選んだ、たった一人の存在のことだ」

「精霊達が選んだ……?」 

「サラ、お前“ネネリア”だろ」


「えっ!?」


 突然のことで、息が止まりそうになった。

 一ヶ月ぶりに呼ばれた名前だ。この街では、サラとして生きているのにどうして――


「な、なんで、グレンさんが私のこと知ってるんですか!」

「やっぱり。どう考えても“ネネリア”だよなー。どれだけ捜索されても偽名使ってりゃ見つからねえよ。これ見てくれるか」

「搜索……?」


 グレンさんは私の目の前に一枚の紙を広げた。


「え……これって」

「ブレアウッドの街新聞だ、知ってるだろ?」

 

 この新聞には見覚えがある。嘘ばかりの捏造記事を載せる、デタラメな新聞だ。あの時はルディエル様との熱愛が報じられてしまって、ミルフィ達から詰め寄られた覚えがあるけれど……本当に散々な思いをした。ルディエル様にも申し訳なかった。


「はい……でもこの新聞、あまり信用出来ませんよ。嘘ばかりなので……なぜグレンさんがこれをお持ちなんですか?」

「今朝、風の精霊に貰ったんだ。まあ、嘘ばかりかもしれない……けどな、今回のは本当かもしれないぞ。読んでみろよ」

「え、ええ」


 私は改めて新聞に目を落とす。

 そこには――目を疑うような文字が書き連ねられていた。

   

【精霊守ルディエル・アレンフォードの婚約者、ネネリア・ソルシェの失踪――

 ネネリアの妹は語る「悪魔のせい」

 捜索は難航し、雨の止む見通しはたたず――】


「な、なんですって!!」


 まず目に飛び込んでくるのは、でかでかと書かれた私の“失踪”。

 ミルフィの証言はともかく、続く『ルディエルの婚約者』『捜索は難航』『雨の止む見通しは立たず』の文字に、私の頭は真っ白になる。


【見つけた者には街から懸賞金三百ルク

 特徴は肩下まで伸びた茶色い髪、

 緑の瞳でやや小柄――】

 

「うそ……懸賞金までかけられてるわ……! 雨が止まない森ってブレアウッドのことだったのですか!?」 

「そうだ。お前が居なくなってから一ヶ月、ブレアウッドの精霊はずっと泣き続けている。精霊守の番が居なくなって絶望している」

「でも、私はルディエル様の婚約者なんかではありませんよ!? 彼にはきっと別の婚約者が――」

「お前がどう思っていようと、精霊守も精霊も、“ネネリア”のことを番だと思ってんじゃねえのか」 


 グレンさんはまるですべてをお見通しであるかのように、きっぱりと言い切った。

 

「サラが街に来た時期と、ブレアウッドの雨……時期が重なる。しかもこれだけ精霊に好かれる人間は稀なんだ。偶然にしてはでき過ぎてるだろ」

「私はずっと、幼なじみだと……そう思っていて」

「なあサラ、思い出してみろ。どうやってあの精霊守と幼なじみになった? 精霊に選ばれた覚えはないか? あいつらに、精霊守のところまで連れていかれたことはないか?」

「そんなこと……」

 

 混乱する頭で、私はブレアウッドで過ごした日々を遡る。

 いつも精霊は森で出迎えてくれていた。シュシュのように遊びに来てくれることはあっても、ルディエル様のところまで連れていくなんてことは……


「あ、ある……連れていかれたこと、一度だけあります!」

「やっぱりな。その時、精霊達はお前を選んだ」


 一番最初に、森で迷子になった時のことだ。

 あの時、精霊達は散歩がてら、私の手を引いて大樹のもとへと導いた。

 そして初めて、ルディエル様との出会いを果たしたのだ。


 まさかそんなに昔から、精霊達にそんな意図があったなんて。

 私は何も気付かずに―― 


「わ、私! 行かないと!!」

「女将さんには俺から言っとくよ」

「ありがとうございます、グレンさん!」


 とにかく早くブレアウッドに向かいたくて、私は大急ぎて店を出た。



 

 私が去った店の中で、グレンさんがポツリと呟く。

  

「あいつ大丈夫かな……もう二度とここには戻れないだろうけど」

 

 精霊守は、もう決してあいつを離さないだろうから。

 

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