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風のたより

 ここセルヴェイルの街は、ブレアウッドの街よりもはるかに都会だ。中心部には三階建ての店がひしめき合い、路地裏にまで多種多様な店が混在する。

 人々が行き交うレンガ道を歩けば、やがて住宅街にたどり着く。その先は、規則正しく区切られた住宅地が見渡す限り広がっていて……

 

 だから私は知らなかったのだ、セルヴェイルの街にも、精霊の住むような森があるなんて。


「まさか、グレンさんが精霊守様だったなんて……」

「知ってる奴は知ってるよ。でも、ここではあまり言いたくないんだ。気晴らしに来てるのに気を遣われたりしちゃあ、たまったもんじゃないからな」

「分かりました、それでは私も秘密にしておきますね」


 グレンさんは親しみやすく、距離が近く、私が知っている精霊守様のイメージとは違っていた。 

 ルディエル様は、精霊守であることをみんなに隠そうとはしなかったし……それだけに新聞記者から追われたり、孤独だったり、苦労も多かったようだけれど。


(グレンさんみたいな精霊守様もいらっしゃるのね……)

  

 グレンさんの肩にとまる精霊が、こちらをジッと見定めている。あまりにも目が合うのでつい呼び寄せてみると、嬉しそうにこちらへ飛んできてくれた。

 やっぱり可愛らしい。怖くなんかない。


 

 

 グレンさんが食堂へ連れてくる精霊は、日を追うごとに増えていった。最初は彼の肩にとまるだけだった精霊が、今は店内をいくつもパタパタと飛び回っている状態だ。

 やがて、私の肩にも時々とまってくれるようになった。少しずつ懐いてくれたのかもしれない。やっぱり、精霊達と触れ合うとホッとする。


「……サラはめちゃくちゃ精霊に好かれるな」

「あ……慣れているからでしょうか。前の街でも、精霊と遊んでいたのです。一緒に寝たりもして」

「一緒に寝る? それだけ精霊に気に入られて、よく街を出られたな」

「え?」

「奴らは気に入った奴を囲いこもうとするだろ?」


(囲い込まれていた……? 私が?)


 私はブレアウッドの街での生活を思い返した。

 精霊に気に入られていた自覚はある。シュシュはしょっちゅう一緒に寝てくれたし、アレンフォード家に行ってもみんなで大歓迎してくれた。プレゼントを贈ってくれたのも精霊達だったようだし、私のためにわざわざ花畑を育ててくれたりもした。


 すべて嬉しくて満たされる思い出だけれど……それは私のことを囲い込もうとしていたのだろうか。でも、それが嫌だったことは一度もなかった。


「たしかに、精霊達からプレゼントを貰ったりはしました。けど……」

「街を出る時に、精霊から引き止められなかったのか?」

「あの子達には黙って街を出たので」


 私はルディエル様だけでなく、精霊達にも別れを告げずに街を出た。もしグレンさんが言うようにシュシュ達から引き止められてしまったら、きっと思いとどまってしまうだろうと思ったからだ。

 シュシュは今頃、寂しい思いをしているだろうか。私のことなど早く忘れて、ルディエル様とご結婚相手と、楽しく暮らしてくれたらいいのだけれど……


「……サラは恐ろしいことをするんだな。精霊の気持ちを無視するなんて」

「えっ、どういうことですか」

「俺はだんだん分かってきたぞ……あの森の件はもしかしてお前が原因か。いいかサラ、落ち着いて聞いてくれよ」


 グレンさんはゴクリと唾を飲み込んだ。

 それにつられて、私も思わず身構える。


「まず、この……セルヴェイルの精霊、こいつらは風の精霊だ」

「風の精霊?」

「そう。森に住処はあるんだが、風に乗って街から街へ飛びまわる。だから他の街のこともよく知ってる」

「へえ……凄いですね! 他の街にも行けるなんて」

「んで、こいつらに聞いたんだ。とある森が大変なことになっているってのを」


 大変なこと、とはどういうことだろう。

 グレンさんがただならぬ表情をうかべているから、私の胸騒ぎも止まらない。


「あの……なにかあったんですか……?」

「ありまくりだ。その森は、ずっと穏やかで安定していて、精霊の数も国一番を誇る優等生だったんだぞ」

「え、ええ」

「なのに一ヶ月前から、雨が止まなくなっちまった」


 風の精霊が言うことには、その雨が降り出したのは突然のことだったらしい。

 すぐやむと思われていた雨は一向におさまらず、むしろ勢いを増していっているとのことだった。


「当然、雨が降るのは森だけじゃない。辺り一帯――近くの街まで長雨だ。これ以上雨が降り続けば、その街の作物は全滅だろう。川の水は溢れ、家屋は痛み、木々も倒れ、病気も蔓延し……」

「そんな! 精霊達の力で、なんとかならないのですか」

「ならない」


 精霊は、この世の自然を(つかさど)ると言われている。

 彼等が暮らしやすい環境は、人にとっても都合が良い。だから人々は精霊の力を借りて、バランスを調整してもらっているのだ。

 その均衡が崩れた街はどうなってしまうかというと――このように、とんでもない災害に見舞われる。


「精霊達にお願いしても、どうにもならないなんて……」

「おそらく、その長雨を振らせている張本人があいつらだからな。降り方が異常だ。精霊達が泣いてるんだ」 

「精霊が泣いている……?」

「そうだ。サラは“精霊の涙”って知ってるか」


 グレンさんは神妙な面持ちで語り始めた。

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