罪悪感
わらわらと大量の精霊達に囲まれながら、私とルディエル様はそのまま森を歩き続ける。
「そういえば、この間ネネリアは生まれたての精霊を助けてくれただろう」
「あ……ご存知だったのですか? ちょうど赤ちゃん精霊が迷っているところに出会ったので、ついおせっかいを焼いてしまいました」
「ありがとう。あれも、精霊達はとても喜んでいるんだ。彼等は仲間意識が強いから」
私が生まれたての精霊におせっかいを焼いたことは、いつの間にか精霊達の間で共有されていたらしい。
ルディエル様にまで知れ渡っているなんて、つくづく精霊達の情報網は広く強固なものなのだと思い知った。仲間意識が強いというのも頷ける。
「今、あの子はシュシュが面倒を見てくれているのです。可愛らしいですよ、とっても仲が良くて」
「話が合うのかもしれないな。シュシュも、君が助けた精霊だから」
「えっ? そうだったんですか?!」
「ああ。まだネネリアが子供の頃の話だ。君は自分が迷子になっていたにも関わらず、生まれたばかりのシュシュを助けた」
「そういえば……」
森に置き去りにされたあの日、たしかに精霊の赤ちゃんと出会った記憶がある。
生まれたばかりなのにひとりぼっちでさ迷う精霊が、孤独な自分と重なってしまって。その子をどうしても仲間達に引き渡さなければと必死に精霊達を探したのだ。
その後、無事に精霊達の群れに合流でき、ホッとしたことがあったけれど……
「あれはシュシュだったのですね」
「そうだ。シュシュは君のことを母親のように思っているよ」
「だからいつも一緒にいてくれるのね……気付きませんでした」
シュシュったら、言ってくれたら良かったのに……と思ったけれど、そういえば私は精霊の言葉が聞けないのだった。
こういう時、精霊と話せたらどんなにいいだろうと思う。あのサファイアの指輪をこっそりつければ、シュシュの話も聞くことができるのだろうか。
(……いえ、駄目よ。ルディエル様はまだ指輪は付けないでと仰っているのだから)
頭に浮かんだ甘い誘惑を、ぶんぶんと頭を振って振り払う。まさか、こんなことを考えてしまうなんて――
「さあ、着いたよ」
ルディエル様と話しながら歩いていると、あっという間に花畑へ到着した。目の前には一面、真っ白なノエリナの花が咲き乱れている。
「わあ……!」
「ちょうど満開だろう」
「なんだか……以前来た時よりも、すごく花が増えているような気がしますが」
ノエリナの花は、森に自生する可憐な花だ。この辺りはノエリナがたまたま多く咲いていた場所で、まるで花畑のようだとルディエル様に話したことがことの始まり。それ以来、時々ここまで連れてきて下さっていたのだけれど……
以前はまばらだった花が、木々の隙間までびっしりと咲き誇り、今や辺り一面真っ白に染まっていた。
「これは精霊達が育てたんだ」
「えっ、まさかこの花畑を……精霊達が?」
「ネネリアがこの花を好きだと言っていたから、増やせばもっと喜んでくれると思ったんだろう。ここまでになっていたとは驚いたけど――はは、いい眺めだな」
思わず精霊達を見上げた。
彼等は私の周りを漂いながら、機嫌良さそうに時々クルクルと回っている。まるで、“褒めて褒めて”とせがむように。
「みんな、ありがとう……とっても素敵だわ」
「精霊達は『必要ならもっと増やす』と言っているけど」
「い、いえ! もう充分だわ! 本当になんて言っていいのか……」
私は目の前の光景に胸がいっぱいになってしまった。
甘い香りに包まれ、まるで夢の中にいるみたいだ。想像以上に見事な花畑で驚いたのに、この花畑が私のために用意されたものだなんて。
『俺も精霊達も、君のことが大切なんだ』
あの言葉を聞いた時は少し混乱した。けれど、ルディエル様達と一緒にいればいるほど、幼なじみとして大切にされている実感が湧いてくる。
「少し摘んで行こう。屋敷にも飾りたい」
そう言って、ルディエル様と精霊達はノエリナの花を両手いっぱいに摘んで帰った。
そしてお屋敷に戻ると、玄関やリビング、廊下など、精霊達の手によってあっという間に飾られていく。
「わ……みんな手際がいいのですね」
「疲れただろう。ネネリアにはお茶を」
精霊達にぎゅうぎゅうと通されたリビングは、以前来た時よりもさらに居心地良く整えられていた。
大きな窓からは森の景色がよく見えて、穏やかな色調のカーテンとレースが、そよぐ風にふわりとふくらむ。その風に乗って、屋敷中にただようハーブの香りが私の鼻をくすぐった。
身体を支えるふかふかのソファには、ピンクやラベンダーのクッションが置かれてある。そして丸いローテーブルの上には、綺麗な羽や光る石、つやつやとした木の実など……精霊達が集めたと思われる小さな宝物が並べられていた。
「素敵なリビングになりましたね……どこか落ち着く雰囲気で」
「そうかな」
「ええ。どこを見ても自然があって、ゆったりとしていて……本当に素晴らしいです。いつまでもここに居たいくらい」
玄関、リビングと、結婚の準備が順調に進んでいることが分かる。
お相手の女性は、もうここに来たことがあるのだろうか。もしお相手がお屋敷に上がるような仲なのであれば、私がこうしてアレンフォード家にお邪魔していてはいけないような……
私なら傷付くかもしれない。自分の知らないうちに別の女性が呼ばれているだなんて。
(お相手の方が本当にうらやましいな……)
ルディエル様の隣は、私にとって居心地のいい場所だった。けれど、もうルディエル様に決まったお相手がいるのなら、このまま幼なじみとして甘え続けていてはいけないような気がする。たとえ、精霊達が私のことを大切にしてくれていたとしても。
「いつまでもここに居たいと……ネネリアは、本当にそう思ってくれる?」
「はい、自信を持ってくださいルディエル様」
「じゃあ、そろそろプロポーズも許されるかな」
「プロポーズ……?」
「俺はなるべく早く伝えたいと思っているんだ。けど、気持ちを押し付けるのもどうかと思っていて……」
幸せそうにはにかむルディエル様の顔を見ていると、なぜかズキズキと胸が痛む。
いよいよ、お相手へプロポーズをされる時が来てしまったのか。それは私にとって、ルディエル様とのお別れを意味していた。この穏やかで優しい時間にも、いつか終わりがやって来る。
私はそれを見送らなければならないのだ。