幼なじみの様子がおかしい
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精霊守は、親から子へと受け継がれるものらしい。
そのため、血が途絶えぬよう必ず伴侶を迎えること――それが彼等の宿命だ。
当然、代々ブレアウッドの精霊を守ってきたアレンフォード家も然り。幼なじみであるルディエル様も、いつか伴侶を迎えるのだろう。
私は他人事のように思いを馳せるけれど……この時はまだ知らなかった。まさかそれが自分だなんて。
「……ルディエル様? 何をしているのですか?」
いつもと様子の違うアレンフォード家。
私ネネリア・ソルシェは首を傾げながら、正面にあるドアをそっと開けた。
おそるおそる中を覗き込んでみると――玄関ホールでは、ルディエル様と精霊達が中央に集まっている。どうやら、みんなで大きな姿見を移動しているご様子だ。
「あの、お邪魔ならすみません。差し入れをお持ちしたのですが……」
「おはよう、ネネリア」
私に気付いたルディエル様は手を止め、柔らかな微笑みを浮かべた。
銀髪を束ねた中性的な容姿に、泉に湛えられた水のように神秘的な眼差し。今日も、同じ人間であるとは思えないほど美しい。
ここアレンフォード家は、街にほど近いブレアウッドの森にある。
古い石造りの屋敷は、靄のかかる森へ溶け込むように蔦が絡まり、所々苔むしている。
屋敷の周りには精霊達が多く飛び交い、その羽は光を反射してキラキラと輝く。精霊達はこの日も、私の来訪を歓迎してくれているようだった。
しかしいつもなら静寂に包まれるこの屋敷に、今朝はなにやらガタガタと物音が響いている。
共鳴するように、鳥達は絶え間なくさえずり、木々の枝葉もざわめいていた。
「おはようございます……精霊達と一緒にお屋敷の模様替えですか?」
「ああ、今はこの鏡を片付けているところだったんだ。あとは絨毯を張り替えて……カーテンも変えようかと」
「わあ! 大掛かりなのですね」
(そうよね……おじ様が引退されて、ルディエル様がこの屋敷の主となったんだもの。これからはルディエル様好みにしていくのかしら)
ルディエル・アレンフォード様は、先日アレンフォード家を継いだばかりの精霊守だ。
幼い頃に知り合ってから、もう十数年は経つ。そしてルディエル様は二十歳に、私は十八歳に。昔から変わらず、幼なじみとして時々顔を合わせている。
「ネネリア、父さんの様子はどうかな?」
「おじ様は街で治療してずいぶん良くなりました。おば様も安心されています」
「そう。なら良かった……安心したよ」
「けれど、ルディエル様は森に一人きりで大丈夫ですか? 精霊達を守るためとはいえ、寂しくはないですか?」
お屋敷の裏にそびえ立つ樹齢幾千年の大樹――生命力あふれる大樹は精霊達のすみかとなっており、アレンフォード家は遥か昔からこの大樹を管理することで、精霊達を保護してきた。
しかし先日、家長として精霊守を担ってきたルディエル様のお父様が、突然身体を壊されてしまった。これを機に、二十歳になったルディエル様へ精霊守の職を譲ろうと、そんな話になったのがつい二、三日前の話だ。
ルディエル様のお父様は、私が住むブレアウッドの街で、医師の治療を受け療養を始めた。付き添うためにおば様も街へ引っ越してしまい、森の屋敷にはルディエル様ひとりきりなのである。
(私だったら、こんな静かな森にひとりきりなんて寂しくて耐えられないかも……)
森の夜は怖い。風の音も、枝を揺らす音も、時に不安を掻き立てる。そんな場所に一人きりで、寂しくはないのだろうか。ずっと精霊達と暮らしてきたルディエル様だから、慣れているのかもしれないけれど。
「寂しくはないよ。こうしてネネリアが来てくれるし、精霊達もいるし」
「でも、来るのが私だけじゃつまらないのではありませんか?」
「俺は……ネネリアが来てくれる日を心待ちにしているんだけど」
(本当に欲がないのですね……)
ルディエル様は一日のほとんどを森で過ごしているため、街に知り合いはほぼいない。幼なじみと呼べる存在も私くらいだ。
街へおりても、あまりに人間離れした美しさが人々を遠ざけてしまっている。ルディエル様に憧れる方もいるくらいだし、みんな本当は話してみたいはずなのだけれど……彼自身もあえて街の人々に馴染もうとはしなかった。
そんなこんなで、ルディエル様は良くも悪くも孤高の人だった。
「また、街へいらっしゃってはいかがですか? おじ様達もいるし……街のみんなもきっと、ルディエル様と話したいだろうと思うのです」
「また落ち着いたら行くよ。今は忙しくてね……精霊達から『早く巣作りしろ』と急かされているから」
「巣作り?」
「ああ。『巣ができていなければ番が来ないぞ』と」
「つがい……」
精霊達の言う『番』とは、きっと伴侶のことだろう。
なら、『巣』とは――住まいのことだろうか。
「家なら、このお屋敷があるのではありませんか?」
「そう。屋敷に伴侶を迎え入れる準備をしろ、と急かされているんだ。精霊達は、精霊守に子孫を望むから」
「なるほど……」
精霊達の住処である大樹は、精霊守の一族によって代々守られてきた。
よって、その子孫が途切れてしまえば精霊達の命も危うくなる。精霊守を継いだルディエル様に、精霊達が伴侶を望むのも理解できる。
(ルディエル様の伴侶……想像つかないわ。どんな方なのかしら)
私がぼんやりとそんなことを考えていると、ふいに頭上から花びらが降ってきた。
ヒラヒラと……この季節の森に咲く、小さくかわいらしい花だ。見上げてみると、小さな精霊達がにこにことこちらを見下ろしている。
「これは?」
「はは……精霊達が、ネネリアにプレゼントしたいらしい」
「わっ……なんて素敵なプレゼントなの! みんなありがとう!」
愛らしいプレゼントに私が喜ぶと、精霊達は機嫌を良くしたらしい。
舞い落ちる花びらはさらに増していき、アレンフォード家の玄関いっぱいに白い花びらが降り積もる。
「こ、こんなに沢山……!」
「おい、多過ぎる! お前達いい加減にしろ!」
私とルディエル様は花びらの渦に包まれる。
視界を遮るほど舞う花びらの中で、精霊達がゆらりゆらりと揺れている。まるで何かをせっつくかのように――それを受けて、ルディエル様は呆れたように肩を竦めた。
「……分かった、分かったよ。急ぐから、騒がないでくれ」
「ルディエル様?」
「ああ……ちょっと精霊達がうるさくて……」
一体、何をそんなに“急ぐ”というのだろう。
ルディエル様と精霊達の間だけで交わされるやり取りは謎めいていて、私には到底分かりそうもないけれど。
「今日はバタバタしていてすまない。また……来てくれる?」
「ええ、もちろんです。お屋敷の準備もあるとは思いますが、あまり無理されないでくださいね」
「ありがとうネネリア……大丈夫。ずっと居たいと思えるような場所にしてみせるから」
ルディエル様が精霊守を受け継ぎ、変わってゆく屋敷の姿。それが私のために考えられた“愛の巣”だと気付くのは、もう少し先の話になる。