胸に秘めた真実:刑事の葛藤
冴島は、コーヒーカップを手に、窓の外に広がる東京の夜景を見つめた。煌めく光の海の中に、人々はそれぞれの生活を営んでいる。彼らは、数ヶ月前に世界が経験した「奇妙な災害」の真の理由を知らない。そして、「シャドウ・オークション」が、単なる美術品密売組織ではなく、世界の秩序そのものを破壊しようと企んでいた狂信者集団であったことも。
(もし、あの時、彼がいなければ…)
彼の脳裏には、ファントムが「エーテル・チェイン」の力を暴走させ、世界が崩壊へと向かっていたあの瞬間の光景が鮮明に蘇る。あの時、科学も、法律も、そして警察の力も、全くの無力だった。世界を救ったのは、彼が追い続けてきた、法を犯す「怪盗」だったのだ。
冴島は、刑事として、法を絶対的なものとして信じてきた。法の下に全ての悪を裁き、秩序を維持する。それが彼の正義だった。しかし、響の行動は、その正義の定義を根底から揺るがした。法では裁けない、あるいは法が届かない場所で、真の「正義」が追求され、世界が救われたという事実。
彼は、机の引き出しから、極秘裏に保管しているファイルをそっと取り出した。そこには、《アークス》の犯行現場に残された「奇妙な痕跡」の写真が収められている。壊れた腕時計の歯車、かすかに光る砂粒、そして、彼が目撃した「空間の歪み」の記録。これらは全て、響が持つ「魔法の力」の痕跡だった。
そして、最も重要なのは、警察内部に潜入していた「鈴木刑事の分身」の行動記録だ。あの分身が、いかに巧妙に情報を操作し、警察の捜査を誘導し、最終的に「シャドウ・オークション」の幹部の逮捕に繋がる「ヒント」を残していったか。冴島は、その詳細な分析結果を、誰にも見せることなく、このファイルに厳重に保管していた。
(彼は…私に、この真実を、託したかったのか…)
響が、あえて分身を使って「ヒント」を残したこと。それは、冴島に「真の手口」を気づかせ、彼が警察組織の信頼を失墜させることなく、この事件の真の目的を理解することを促したのだと、冴島は理解していた。
この真実を公にすることはできない。もし、警察の内部に怪盗の分身が潜入し、捜査を操っていたという事実が明るみに出れば、警察組織の信頼は完全に失墜するだろう。世間はパニックに陥り、秩序は崩壊するかもしれない。それは、冴島が最も恐れる事態だった。
だからこそ、彼はこの真実を胸に秘める。それは、刑事としての苦渋の決断であり、同時に、彼が背負う新たな「重荷」でもあった。




