過去の因縁の浮上と魔法の秘密
《アークス》としての活動を重ねるごとに、月森響は自身の内に宿る魔法の力が進化していくのを感じていた。透明化、分身、幻覚、そして空間認識・操作。それぞれの魔法は、美術品から引き出されたものだった。しかし、ある時から、彼が盗む美術品の中に、祖父・静馬が過去に関わったとされる品々が、奇妙なほど頻繁に現れるようになった。
「これは…祖父の印だ…」
ある夜、響は盗難リストを眺めながら、思わず息を呑んだ。次のターゲットとして浮上したのは、戦国時代の武将が愛用したとされる「影打の刀」だった。その刀の鞘には、響の幼い頃の記憶にもある、祖父が使っていたのと同じ、微細な家紋のような印が刻まれているのが写真で確認できたのだ。
その日以来、響はアトリエの奥、祖父が亡くなるまで決して開けさせなかった欅の箪笥の鍵を探し始めた。祖父の遺品の中に、古びた桐の箱が一つあった。その中には、錆びた鍵と、色褪せた手記が収められていた。鍵を箪笥の鍵穴に差し込むと、古びた木が軋む音を立てて、重い扉が開いた。
中には、埃を被った数々の美術品が収められていたが、それら以上に響の目を引いたのは、分厚い革表紙の古い書物と、束になった手記の山だった。その手記こそ、祖父・静馬が、自身の生涯をかけて記してきた「月森家秘録」だった。
響は、その手記を手に取り、静かにページをめくり始めた。古びた紙の匂いと、祖父の筆跡が、彼を過去へと誘う。そこに記されていたのは、響がこれまで知っていた美術品修復師としての祖父の姿とは、全く異なる、驚くべき真実の数々だった。
祖父・静馬が遺した「月森家秘録」
「…我ら月森家は、古来より美術品に宿る『魂』、すなわち『エーテル』の力を引き出し、それを『秘法』として継承してきた者たちである」
手記の冒頭に記されたその一文に、響は全身に鳥肌が立つほどの衝撃を受けた。祖父が口にしていた「美術品には魂が宿る」という言葉は、単なる比喩ではなかったのだ。それは、彼らが代々受け継いできた、真の能力を指す言葉だった。
静馬の手記には、月森家が数百年もの間、いとど静かに、しかし確実に、美術品に宿る魔力を研究し、その力を引き出す「秘法」を受け継いできた歴史が綴られていた。その「秘法」は、口頭伝承と、代々書き加えられてきた「月森家秘録」によってのみ伝えられてきたという。
「美術品は、ただの物質ではない。それらは、時の流れの中で、人々の想い、喜び、悲しみ、そして様々な出来事を吸い込み、結晶化させてきた。その結晶こそが、『エーテル』と呼ばれる微細な魔力の源泉である」
静馬は、手記の中で、美術品に宿るエーテルの性質について詳しく記していた。
「エーテルは、美術品の材質、製作された時代背景、そして何よりも、それに込められた製作者や所有者の『想い』によって、その性質が大きく異なる。故に、美術品一つ一つが、異なる種類の魔法の力を秘めている」
響は、自身の経験を重ね合わせた。彼が盗んだ美術品から得た魔法の力。透明化、分身、幻覚、空間認識・操作。確かに、それぞれの美術品の性質と、その美術品から得た魔法の性質は、どこか符合するような気がした。
•藤堂邸のルノワール『陽光の中の少女』: 明るく透明感のある絵画。ここから得たのは透明化の魔法。
•黒川氏の『オリオンの涙』: 複雑な輝きを放つ宝石。ここから得たのは、惑わせるような分身の魔法。
•山岡氏の『夢幻の庭』: 幻想的な絵画。ここから得たのは、見る者を惑わす幻覚の魔法。
•堂島氏の『鳳凰の羽衣』: 空間を飛び交う鳥の羽衣。ここから得たのは、空間認識・操作の魔法。
これらは、決して偶然ではなかったのだ。響が盗んだ美術品は、彼の内に眠る「秘法」の力を引き出す、いわば「鍵」のような役割を果たしていたのだ。
「エーテル・チェイン」の真実:古の魔法の連環
さらに読み進めるうちに、響は「エーテル・チェイン」という言葉にたどり着いた。
「…そして、これらエーテルを宿す美術品の中には、互いに共鳴し、連なることで、より強大な力を生み出すものがある。我らはそれを『エーテル・チェイン』と呼ぶ」
静馬の手記は、月森家に代々伝わる美術品が、単なる骨董品ではないことを示唆していた。 「『エーテル・チェイン』とは、古の時代、世界に満ちるエーテルを集約し、特定の目的のために作られた、強力な魔法の連環である。それは、複数の美術品が、まるで鎖のように繋がり、それぞれが異なるエーテルを放ち、相互に作用し合うことで、単体ではなし得ない奇跡を起こす」
響は、全身が震えるのを感じた。祖父が大切にしていた、そして幼い頃に奪われたあの掛け軸。あの掛け軸こそ、まさに「エーテル・チェイン」の重要な一部だったのだと、静馬の手記は明確に示していた。
「我々月森家は、代々『エーテル・チェイン』の守護者として、そのピースが闇の手に渡らぬよう、いとど静かにその動向を見守り、必要とあらば奪還してきた。あの掛け軸は、その中でも特に重要な『核心』となるピースであり…」
響は、そこで言葉に詰まった。手記には、祖父が掛け軸を奪われた日のことが、克明に記されていた。祖父は、あの掛け軸が「シャドウ・オークション」の手に渡ることを最も恐れていたのだ。
「…あの『月光の山水画』は、エーテル・チェインの『核』となる存在。その絵は、空間そのものに作用し、他のチェインのピースと共鳴することで、離れた場所にあるピースの存在を知覚させ、さらには、空間を超えた『転送』を可能にする」
響は、自身の持つ空間認識・操作の魔法の進化を思い出した。そして、美術品が本来あるべき場所へ「ワープ」する現象。これらは全て、「月光の山水画」の力の一端、あるいはそれが持つ「エーテル」の性質と繋がっていたのだ。
祖父の手記は、「シャドウ・オークション」の存在についても詳しく言及していた。
「『シャドウ・オークション』…彼らは、古来よりエーテル・チェインを狙ってきた闇の組織である。彼らはエーテルの真の力を理解せず、ただ私利私欲のためにそれを利用しようとしている。彼らは、エーテルを『支配の力』として捉え、世界を裏から操ろうとしているのだ」
響は、スネークが「オリオンの涙」を「輝き」と表現し、ファントムが「エーテル・チェイン」のピースを「力」と呼んでいたことを思い出した。彼らは、美術品に宿る力を、支配の道具として利用しようとしている。そして、彼らが狙っているのは、祖父の掛け軸だけではない。美術品から「エーテル・チェイン」を構成する他のピースをも集めようとしているのだ。
祖父が過去に関わった美術品:エーテル・チェインのピース
手記を読み進める中で、響は、祖父が過去に修復、あるいは一時的に保管していた美術品の中に、「エーテル・チェイン」を構成する他のピースが含まれていたことを知る。
「…数年前、私はある地方の郷土史家から、戦国時代の武将が愛用したとされる『影打の刀』の修復依頼を受けた。その刀には、わずかながらエーテルの痕跡が残されており、空間認識を強化する作用を持つことが分かった。私は、その刀がエーテル・チェインの『感知』のピースである可能性を感じ、一時的に保管したが、持ち主の懇願により返還せざるを得なかった」
響は、自分が盗むべき次のターゲットが、まさにこの「影打の刀」であることを知っていた。これは偶然ではない。響が「影打の刀」をターゲットとして認識したことが、祖父の手記を引き当てるきっかけになったのか。あるいは、祖父が、響がその刀を手にすることを予見していたのか。
さらに、手記にはこう書かれていた。
「…また、西欧の古美術商から依頼された、古代エジプトの『アヌビスの秘宝』と呼ばれる装飾品。それは、他者の意識に干渉し、幻を見せるエーテルを宿していた。チェインの『幻惑』のピースと断定し、一時的に秘匿したが、組織の追及を逃れるため、再び手放すしかなかった」
響は、自分の獲得した「幻覚の魔法」が、この『アヌビスの秘宝』と繋がっていたことを理解した。そして、山岡義信が所有していた『夢幻の庭』も、この『アヌビスの秘宝』と同じ系統の「幻惑のエーテル」を宿していた可能性が高い。
「…最も危険なのは、『太陽の聖杯』だ。それは、エーテルを凝縮し、物質を変化させる力を持つ。チェインの『物質転換』のピースであり、もし闇の手に渡れば、世界に甚大な被害をもたらすだろう。私が最後にその存在を確認したのは、ある国際的な美術品シンジケートの手に渡る寸前であった…」
響は、祖父が記した美術品の一つ一つと、自分がこれまで盗んできた美術品から得た魔法の能力、そして「シャドウ・オークション」の狙いが、まるでパズルのピースのように繋がっていくのを感じた。
藤堂邸のルノワール『陽光の中の少女』、黒川氏の『オリオンの涙』、山岡氏の『夢幻の庭』、堂島氏の『鳳凰の羽衣』。そして、これから響が狙う「影打の刀」。これらの美術品は、それぞれが「エーテル・チェイン」を構成するピースであり、それぞれが異なる魔法の力を響に与えてきたのだ。
そして、祖父が幼い頃に奪われた「月光の山水画」。それこそが、エーテル・チェインの「核」であり、全てのピースを繋ぎ合わせ、その真の力を解放するための鍵なのだ。
月森家の使命:エーテル・チェインの再構築
静馬は、手記の最後に、月森家に課せられた使命について記していた。
「…我ら月森家の真の使命は、失われたエーテル・チェインのピースを闇の者から守り抜き、いつか、その全てを再構築することにある。それこそが、この世界に、真の均衡と、あるべき秩序をもたらす唯一の道であると、私は信じてきた」
響は、祖父が記した使命の重さに、改めて自身の背筋が伸びるのを感じた。祖父は、一生をかけて「エーテル・チェイン」を守り、再構築しようとしていた。そして、響は、その遺志を受け継ぐ者として、今、その道を進んでいるのだ。
手記の巻末には、祖父が描いたらしき、一枚の複雑な紋様の図が挟まれていた。それは、響がかつて美術品から魔法を引き出した際に、その美術品の表面に浮かび上がった紋様と酷似していた。そして、その紋様が、まるで鎖のように幾重にも連なり、一つの巨大な円を描いている。その中心には、どこか見覚えのある山水画のような絵が描かれていた。
(これこそが…「エーテル・チェイン」の紋様…!)
響は、自分の使命が、単に不当な美術品を盗み、正義をなすだけではないことを理解した。彼の本当の目的は、祖父が奪われた「月光の山水画」を取り戻し、散逸した「エーテル・チェイン」のピースを全て集め、その強力な魔法の連環を再構築することにあったのだ。
そして、彼が美術品を盗むたびに、新たな魔法の力を授かるのは、エーテル・チェインのピースが、響の体内に眠る「秘法」の力を目覚めさせ、活性化させているからだったのだ。
響は、手記を閉じ、祖父が大切にしていた欅の箪笥を見上げた。そこには、祖父が守り通そうとした「エーテル・チェイン」の秘密と、彼自身の使命が眠っていたのだ。
彼の脳裏に、あの冷たい雨の日に奪われた祖父の「月光の山水画」が鮮明に蘇る。あの絵は、単なる美術品ではない。それは、月森家の歴史と、古の魔法の真実、そして「シャドウ・オークション」との因縁を繋ぐ、最初の、そして最も重要なピースだったのだ。
「エーテル・チェイン」の真実を知った響は、祖父の遺志を継ぎ、その全てのピースを取り戻す決意を固めていた。彼の持つ魔法の力は、美術品を盗むたびに進化し、その精度と応用範囲を広げていた。特に、これまで短時間しか存在できなかった分身の魔法は、より長く、より複雑な行動を模倣できるほどに高度化していた。響は、この新たな力を、警察内部の攪乱に利用することを決意する。
一方、警視庁捜査一課では、冴島漣警視が指揮を執る《アークス》特別捜査本部が、深い疑心暗鬼と疲弊の渦中にあった。相次ぐ不可解なミス、情報漏洩、そして捜査会議での奇妙な食い違いに、チーム内の信頼関係は少しずつ蝕まれていた。
「…以上が、前回の堂島邸事件の再検証結果です。やはり、侵入経路は特定できず、残されたはずの足跡データも、分析班のミスで一部破損していました」
捜査会議室で、高橋刑事が疲れた声で報告した。彼の報告を聞きながら、冴島は眉間に深い皺を寄せていた。足跡データの破損。それは、堂島邸事件直後にも起こった、不可解なデータ紛失の一件と酷似していた。
「分析班のミスだと?そんな初歩的なミスが続くのか?」
ベテランの村田刑事が、不審そうに呟いた。彼の言葉は、冴島の胸に刺さった。
その日の会議は、いつになく重苦しい空気に包まれていた。最近、捜査本部では不可解な現象が頻発していたのだ。
•偽の報告書の提出: ある捜査員が提出したはずの報告書が、全く別の内容にすり替わっていたり、一部の情報が意図的に削除されていたりするケースが数件報告されていた。例えば、容疑者リストから特定の人物が「アリバイ確認済み」として削除されていたり、監視カメラの映像解析結果に「異常なし」と報告されていた部分が、後から確認すると微細な異常が確認できるといった具合だ。
•情報漏洩: 《アークス》しか知りえないはずの捜査情報が、なぜか事前にメディアに漏れる、あるいは現場での警備体制が《アークス》に筒抜けになっているとしか思えない状況が続いていた。先日も、次のターゲットを特定するための極秘会議の情報が、会議直後に週刊誌の記者に掴まれていた。
•不自然な行動: 特定の捜査員が、重要な局面で姿を消したり、本来の指示に反する行動をとったりする場面が何度かあった。
「警視、今回の堂島邸の件も、我々が動く前に、スネークと名乗る男の部隊が警備を強化していた。情報が漏れていたとしか思えません」
高橋刑事が続けた。
冴島は、その言葉に深く頷いた。彼は、スネークが「シャドウ・オークション」の人間であると確信していた。しかし、警察内部から情報が漏れていなければ、スネークがそこまで正確に動けるはずがない。
「内部に…裏切り者がいるのか?」
冴島は、冷静な口調とは裏腹に、心の中で深い疑念が渦巻いていた。彼のチームは、長年苦楽を共にしてきた信頼できる仲間ばかりだ。しかし、これほどまでに不可解なミスが続けば、疑心暗鬼が広がるのも当然だった。
会議後、冴島は自室に戻り、一人、今回の事態について深く考えていた。
「もし、内部にスパイがいるとすれば…一体誰だ?」
彼の脳裏には、チームのメンバーの顔が一人ずつ浮かんだ。高橋、村田、そして他の捜査員たち。誰もが信頼できる人間だ。しかし、この数週間の不可解な出来事を考えると、もはや誰も信用できないような気がしてくる。
その時、冴島の部屋のドアがノックされた。
「警視、少しお話がよろしいでしょうか?」 入ってきたのは、ベテランの村田刑事だった。彼は冴島のチームで最も経験豊富で、冴島も信頼を置いていた人物だ。
「村田さん、どうぞ」 冴島は、彼を椅子に促した。
村田は、重い口調で話し始めた。
「警視…最近、部内で妙な噂が広まっています。あの怪盗は、人間に変身できるのではないかと…」
冴島は、内心で動揺した。彼自身も、薄々その可能性に気づいていたからだ。《アークス》の手口は、物理法則を無視している。そして、今回頻発している内部のミスや情報漏洩。まるで、チームの中に「見えない敵」が紛れ込んでいるかのようだった。
「…根拠は?」冴島は、冷静を装って尋ねた。
「先日、高橋が提出したはずの報告書が改ざんされていた件、覚えていますか?あの時、高橋は『確かに提出したはずです!』と主張していましたが、なぜか本部の記録には、改ざんされたものが残っていた。そして、その改ざんされた報告書のデータは、高橋のPCからではなく、別のPCからアップロードされた痕跡があったんです」
冴島は、その言葉に目を見開いた。別のPC。それは、チームの共有PCなのか、それとも…?
「さらに、先日の極秘会議の情報が漏洩した件ですが…あの会議には、私たち捜査本部の人間しか出席していませんでした。しかし、会議中、鈴木刑事が、何度か席を外していました。彼は、以前の藤堂邸の事件でも…」
村田は、そこで言葉を切った。彼の視線は、鈴木刑事のデスクに向けられていた。
冴島の心に、衝撃が走った。鈴木刑事。彼は、以前の藤堂邸事件で、冴島が「偽情報」だと看破した情報源だった。その時も、冴島は鈴木刑事の不可解な言動に疑問を感じていた。だが、まさか、彼が《アークス》の分身だったとは…
「村田さん、鈴木は、私の長年の部下だ。彼を疑うのか?」
冴島の声は、苦渋に満ちていた。鈴木は、冴島が新人だった頃からの上司であり、公私にわたって彼を支えてきた人物だ。彼を疑うことは、冴島自身のこれまでの信念を揺るがすことだった。
「私も信じたくありません。しかし、最近の鈴木さんの行動には、どうしても不自然な点が多いんです。彼は、重要な情報を持つ部署に、よく顔を出していますし、今回の事件の関連情報に異常なほど執着しているように見えます」
村田の言葉は、冴島の心に深い葛藤を生んだ。信頼してきた仲間を疑うことの痛みと、目の前の不可解な事実。
警視庁捜査一課、特別捜査本部。冴島漣は、疲労困憊の表情でデスクに座っていた。警察内部の疑心暗鬼は日ごとに深まり、本物の鈴木刑事でさえ、周囲の疑いの目に苦しんでいた。しかし、冴島は、この混乱の中で、ある確信を深め始めていた。
「《アークス》は…私に、何かを伝えようとしている」
彼は、壁に貼られたこれまでの事件の捜査資料を、もう一度見つめ直した。藤堂邸、セントラルタワー、大黒屋、そして堂島邸。全ての事件には、共通する「偶然」が存在していた。
冴島は、これまで自身が担当してきた《アークス》の事件の記憶を、一つずつ辿っていった。
【藤堂邸事件の回想】
最初にルノワール『陽光の中の少女』が盗まれた藤堂邸。あの時、警察が南側通路へと誘導され、その混乱の中で、藤堂氏の脱税と不正蓄財を示す帳簿が、「偶然」にも書斎の隠し金庫から発見された。
「あの時、我々は確かに南側通路に誘導された。だが、本当に偶然だったのか?あの帳簿は、藤堂氏が厳重に隠していたものだ。それを、なぜあのタイミングで、我々が見つけ出すことができたのか…」
冴島は、当時の状況を詳細に思い出す。あの時の混乱は、あまりにもできすぎている。まるで、誰かが意図的に、あの場所へ警察の目を向けさせるために、混乱を引き起こしたかのようだった。そして、警察が「混乱」している間に、美術品は消え去り、不正の証拠が「見つけられる」状態になっていた。
【セントラルタワー事件の回想】
次に『オリオンの涙』が消えたセントラルタワーのペントハウス。あの密室の金庫から、美術品が忽然と消えた後、冴島は現場に落ちていた一枚の「古びた粘土板の破片」を見つけた。その破片の裏には、崩れた筆跡で「隠されし通路の先に、真実の鎖は繋がれん」というメッセージが書かれていた。
「あの粘土板は、なぜあの場所に落ちていた?まるで、私に拾われるのを待っていたかのように…」
冴島は、あのメッセージを頼りに金庫室の壁に隠された通信ポートを発見し、そこから黒川の違法取引の証拠データが回収されたことを思い出す。あの粘土板がなければ、彼は決してそのポートの存在に気づかなかっただろう。それは、まさに《アークス》が彼に与えた「ヒント」だった。
【大黒屋事件の回想】
そして、山岡義信の地下金庫から『夢幻の庭』が消えた事件。あの時、金庫の奥から聞こえた微かな「パチリ」という電気的な音。それは、後に山岡の不正を証明するデジタルデータが収められた小型デバイスの起動音だった。
「あの音は、本当に偶然のノイズだったのか?それとも、彼が、私にそのデバイスの存在を知らせるために、意図的に鳴らした音だったのか…」
冴島は、あの音の不自然さを今になって痛感していた。あの密室で、なぜあんな音が?そして、その音が導いた先に、不正の証拠があった。
【堂島邸事件の回想】
最も直近の堂島邸事件。スネークが警察を攪乱するために流した偽の情報を、冴島は「鈴木刑事の分身によるもの」と看破し、真の標的である書斎へと向かった。そこで彼が発見したのは、壁の微かな「歪み」。そして、その奥に隠されていた、堂島の違法取引の決定的な帳簿と偽造契約書だった。
「あの歪み…あれは、彼の魔法の痕跡だった。そして、私がそれに気づくように、彼は意図的にあの場所に残したのではないか…」
冴島は、自身の空間認識能力が、あの「歪み」を感知できたのは、《アークス》が彼に「気づかせる」ように仕向けた結果ではないかと推測し始めた。彼は、自分の持つ微かな「力」が、《アークス》の魔法と共鳴しているのではないかという、非科学的な直感に駆られていた。
これら全ての「偶然」は、あまりにもできすぎている。冴島は、全ての事件で、《アークス》が美術品を盗むのと並行して、悪役の不正の決定的な証拠を、警察が「厳重な警備」のために配置された場所の、最も見つけやすい場所に残していたという事実に気づいた。
「彼は、私たちが『法』という枠組みの中でしか動けないことを理解している。だから、我々が合法的に動ける『証拠』を、彼自身が用意しているんだ。それは、彼自身の存在が、我々にとっての『法の限界』を突きつけているということだ…」
冴島は、以前、美術史家・篠原美緒に語った言葉を思い出す。あの時の言葉は、今や確信に変わっていた。
彼らの会話は、もはや《アークス》を捕らえるための捜査会議というより、彼の行動の「意図」を読み解くための思索の場になりつつあった。




