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3 京都、あるいは歴史ある街

白い無機質な部屋。

真ん中には拘束具のついた一体のベッド。

手術室を彷彿とさせるそのベッドに、『それ』は寝かされている。

『それ』は血で汚れ、皮膚は注射と電極の跡で斑模様になり、骨ばった体は動かぬまま、ただ目だけが虚空を見つめていた。


『それ』は嘆いていた。この糞みたいな世界を。

『それ』は呪っていた。この不条理な世界を。


そして──『それ』は生ける神となった。


⬜︎⬛︎⬜︎⬛︎⬜︎⬛︎⬜︎


うーんと、一つ大きく伸びをした。

最近の新幹線は年々進化しているようで、グリーン車じゃなくても体の痛みはそんなにない。

それでも、長い時間同じ体勢に押し込められた体は、無言のうちに自由を欲していた。


「だいたい、組織もケチだよね。なんで任務なのにグリーン車じゃないんだよ」


ぼやく声にミラが呆れている。

「仕方ないでしょう。今の私達はどこにでもいるただの大学生なの。そんなにお金があるわけないでしょ」


そんなミラの小言を軽くスルーして久しぶりに来た京都の地を踏み締める。

新幹線から降りると夏特有のムワッとした熱気が押し寄せてくる。


「で、この後どうする?」


「とりあえず、三略山に向かいましょうか」


いきなり敵の本拠地に行くのか。僕の美学的には月の輝く夜に颯爽登場した黒き死神みたいな設定で行きたいんだけど。


「取りあえず下見よ。『生き神』が何処にいるか警備がどうなのか見ないと暗殺も何もないでしょ」


「へいへい了解。そうと決まったら早く行こうよ」


暑さに額を拭いながらも、秋扇はどこか軽い足取りで改札を抜けていく。

ミラはその後ろ姿に溜め息をつきながらも、きちんと間合いを取りつつ、ついていった。


⬜︎⬛︎⬜︎⬛︎⬜︎⬛︎


僕らは観光客のフリをして電車とバスを乗り継ぎ、さらに歩いて市街地から離れた山間へと向かう。

向かう先は終身教が本部を構える総本山──三略山。


三略山は標高こそ高くはないが歴史は古く、霊山と呼ばれ近隣住民の軽い信仰対象らしい。

この山は、三略というだけあって、山は上層、中層、下層の層に分かれているのだとか。

下層は観光客向けに、中層は信者向けに開放されており、上層は上位の信者や多額の寄進をしているもののみしか入れないようになっている…


「って、ネットには書いてあるけど」


バスを降りてからずっと弄っていたスマホの電源を切りミラに告げる。

どう見たってあからさまに『生き神』がいるなら上層だろう。僕らは今はただの一般人、観光客で信者ですらない。これじゃあ上層どころか中層にすら入れない。


「別になんでもいいでしょ。黙って入っちゃえばどうせバレないわよ」


「君って思い切りがいいんだか慎重なのかわからないよね」


そんなくだらない会話をしながら歩いていると、バス停からまぁまぁの距離を歩いたようで参道に出たようだった。


三略山の参道は、思った以上に観光地っぽく整備されていた。


整地された石段。左右に並ぶのは土産物屋や茶屋、簡素な宿坊のような建物。見回せば、リュックを背負った中高年の登山グループや、団体でぞろぞろと動く修学旅行生っぽい集団までいる。案内板には丁寧に「三略山 歓迎」と手書きで書かれ、下層見学コースや写経体験、信仰水の飲み場まで地図付きで紹介されていた。


「……すごいね。思ったよりずっとオープンだ。なんか、よくある観光名所くらいのノリだね」


「一般人に変に警戒されないようにしてるんでしょうね。“観光客の出入りがある”という体裁を整えておけば、万が一のときも隠れ蓑になるし」


ミラはあくまで冷静だが、その目はすでに周囲の観察に入っていた。視線の動きが速い。建物、看板、監視カメラの有無。目に見える全てを一瞬でスキャンしているようだった。


一方の僕はというと、さっそく売店で「三略山開運まんじゅう」なるものを買い食いしていた。あんこが妙にしょっぱかった。たぶん「ご利益=塩」的な意味だろうけど、どうにも渋すぎる味だ。


「秋扇、任務中だって自覚ある?」


「もちろん。だからこそだよ、ミラ。腹が減ってはなんとやらだよ。これ、兵法にもあるやつ」


ミラもいる?と饅頭を差し出す手が払われる。


「そんな兵法はないわよ」


今日もキレがいいなミラさん。


それにしても、これはちょっと拍子抜けだった。もっとこう、山に入った瞬間から張り詰めた空気と異様な静けさに満ちていて、やたら神聖な鐘の音がゴォーンと鳴り響いてたり、突然ムキムキな坊主が現れて「信仰なき者よ、即刻退去せよ」とか言ってくる……そんな世界を想像していたんだけど。


実際は、目の前の土産屋で「恋みくじ、当たるよ〜!」と叫ぶ元気なおばあちゃんと招き猫が手を振っていて至ってよくある、どころか結構人気な観光地のような印象を受ける。


……でも逆にそれが怖い。


だってこんな明るくてぬるい空間の裏が、犯罪密輸やり放題のカルト宗教だって?


人は皆裏の顔を持っているというけどその比じゃない。

こうして歩いていると、まるで今回の任務が嘘の事のようでやけに決心が鈍る気がした。


「下層まではもうちょいらしいよ。徒歩で10分くらいだって」


「とりあえず今日は下層まで行って中層に入れそうなら入るって形にしましょうか」


「そうだね。無理して焦っても仕方ないし」


二人で顔を合わせ、ゆるやかな石段を再び登り始めた。

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