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1 そうだ、神を殺そう


最も華麗でありたい。そう思っている。

日曜日のショッピングモールでも、雰囲気のあるバーカウンターでも。そして、戦場でも。


東京ー某所


今日もいい天気だ。青い空、白い雲、休日を楽しむ人々の群れに、僕を掠める一発の弾丸。


日曜日の繁華街というのは騒音と切っても切り離せない中にある。そんな中の銃声だったが思ったより周りの人間は気付いていないようだった。


最近の消音器サイレンサーが有能なのか、それとも現代の日本人があまり周りに興味がないのか。


まぁ、打たれている本人が“興味がない”のだから周りはもっと興味がないというのが正解なのかもしれない。


 パン!


本日二発目の弾丸は持っていた「ルイ•ヴェトン」の紙袋を貫き、思ったより大きな音を立てて真横の冷やし中華始めました!の看板を打ち抜いた。

相変わらず狙撃者はノーコンなのかそれとも僕が幸運なのか。


周りの人間がようやく街中で発砲をしている異常者の存在に気付いたようで慌てて蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


いきなり休日の繁華街とは思えないような空白が生まれた。

ぽっかりと空いた空間に真ん中でさも邪魔がいなくなったというかのように弾丸の雨が降り注ぐ。


新調したばかりの服はズタズタ、ショッピングの成果と僕のハートもズタズタにされた。


「今日もこんな調子なのか…気が滅入るなぁ」


休日もこんな目に遭う、天気予報は晴れ時々弾丸だったか。

これが僕、蝶谷秋扇の日常である。



⬛︎⬜︎⬛︎⬜︎⬛︎⬜︎


ここは神保町。カレー、と本の街。

そんな町の端にお情け程度にその店は立っている。

木造の一階建て、数冊の本が全品100円のワゴンと共に表に虫干しされていた。

夏の強い日差しが、何処からともなくカレーの匂いを運び髪を撫でた。


古びて半分掠れている『黎明堂』の看板の下、鈴のついた扉を開ける。

店内に入ると古本屋特有の匂いが鼻を刺した。

クーラーをかけていないにも関わらずひんやりとした空気が体を包む。


少し入り組んだ店内の奥まで行くと起きているのか寝ているのかよくわからないような老人が一人座って本を前に固まっている。

いつも通り、老人に軽く挨拶をする。


「やぁ、近衛さん今日もいい天気だね」


「今日は『下』に用事があるからお邪魔するよ」


いつも通り、返事をかけても身じろぎもしない。

本当に本を買う人が来たらどうするつもりなんだろうか。


近衛さんの脇につまれた本の束を軽く跨ぎ後ろの暖簾を潜るとすぐに木造の建物に似つかわしくないコンクリート製の階段が現れた。


コン、コン、コン


一段飛ばしでこの階段を降りるのも、もうすっかり手慣れたものだ。

むしろ、ゆっくり降りるよりもこちらの方が体のリズムに合っている気がする。

足の動きを最小限にして、最短距離で目的地にたどり着く。

そんな風に自分の身体を効率よく動かせるようになったのも、長年の経験の賜物だろう。


一番下の階段のすぐ前にある鉄製のドアは相変わらず立て付けが悪くて、ちょっとした力を入れないと開かない。


そのドアを開けて部屋に入った瞬間、間髪入れずに大きな小言が飛んできた。

…大きな小言ってなんか変な気分だな。


「街中で襲われたら、ちゃんと報告するように言いましたよね?」


声の主はミラ・レンブラント。

『組織』の日本関東支部に所属する支部付きエージェントで、僕の管理担当者でもある。

僕よりいくらか若そうに見えるのに、性格は僕より何倍も怖い。口もやたらと達者で、僕より何倍も口うるさい。


「してないっけ?」


僕は軽く肩をすくめながら、返答する。


「してませんよ。それにまたスーツに穴が開いてるじゃないですか。これで三回目ですよ?」


経費だって無限にあるわけじゃないんですからねとプンスカ怒るミラに僕は返す。


「これ? ほら、風通しが良くなってちょうどいいんだよ。夏仕様ってやつでね。節電にもなるし、環境にも優しいんだ」


「そんな訳ありません。もういいから黙って座ってください」


ミラのハイヒールが床をカツカツと軽快に鳴らしながら近づいてきて、僕の肩を掴んで強引に奥の椅子に引っ張っていく。

座らされた途端、分厚い書類の束がドンと僕の机に叩きつけられる。

封筒の上には真っ赤な字で「極秘」と大きく書かれていて、その重みが仕事の緊迫感を物語っていた。


「依頼です。急ぎで。京都に向かってもらいます」


「いいねぇ、旅行だ。京都なんて修学旅行以来かもな。抹茶スイーツ、久しぶりに食べたいなぁ」


「仕事ですよ。抹茶は禁止です。大体貴方修学旅行どころか学校行った事ないでしょう…」


「人権侵害じゃないの、それ?」


僕が軽口を叩く間にも、ミラは一切表情を変えずに淡々と説明を続けている。


彼女が話し始めた内容は、最近何かと話題の宗教団体「終身協会」のことだった。

テレビをつけて少し待つとコマーシャルが入ると思うんだけど、そのうち何社かが終身協会の資本が入ってるくらい影響力があるカルト組織。

国内で急速に勢力を拡大しつつあって、その実態はかなりヤバい。

違法な銃器取引や、国外の何らかの勢力との繋がりも確認されている。


「で、その“協会”の象徴的存在が──」


「『生き神』ね。名前だけで既に胡散臭い感じがプンプンするよ」


「あなたほど胡散臭くはないと思うけど、概ね正解だと思う」


彼らの教義には「文明からの逸脱」や「神との一体化」といった終末思想特有のキーワードが並び、宗教の深刻さを伺わせる。しかし、問題はそこではない。別に信仰の自由は保障されている。それだけじゃ、『組織』は動かない…が。


組織の重要な輸送ルートが終身協会によって潰された。

明確な意味での宣戦布告、うちの組織に対する明確な敵対行動。

で、それに対する上層部の回答は──暗殺だった。

それで僕がこんな面倒くさい任務に駆り出されかけているわけだ。


「標的は、“生き神”そのもの。今回のミッションは、それだけ」


「了解。抹茶スイーツの代わりに人命をいただくことにするよ」


呆れ顔のミラはため息をつきながら、端末を僕に手渡す。そこには、京都の山奥にそびえる巨大な教会施設と、多数の武装した信者たちの写真が表示されている。


「場所は京都・三略山。警備はかなり厳重だけど、偵察までは観光客を装えば問題ないわ。行動は慎重に。それと──」


ミラの口調が急に少し落ち着いたものになる。


「今度こそ、確実に」


「まさか。僕だよ?」


僕は軽く笑いながら、端末をポケットにしまった。


──今度こそ、どうにか華麗に決めてみせる。

始めまして地固です。

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