鑑定の使い方
「それにしても冒険者ギルドというのは初めて聞いたな。この世界は登録ギルドと商業ギルドしかない。冒険者というのは何をするんだい?」
「えーと、ダンジョンとか魔の森とかで、素材探したり魔物と戦ったり」
「なるほど、ダンジョンならこちらにもある」
ハイドロイドが何かそわそわしていると思ったら、ヒューがコーヒーとお菓子を運んできた。
フエギスの素材で出来ているというので、イザークもフィナンシェをひとつ貰う。
「魔物は世界中にいる。ダンジョンにも、それ以外にも。基本的にダンジョンの魔物は強くて、それ以外は弱い。魔物は素材化させれば問題ないが、魔物から出たゴミや骨は数箇所に集めて、またそこがダンジョン化する。こちらも肉や素材は欲しいからね、都合のいい開けた場所にダンジョンを作る。そうしたダンジョンを攻略するのがダンジョン攻略部隊と傭兵だね。回復薬の素材は錬金術師が庭で育てているから、森に入ることはないね」
「他国と戦争……とかは?」
「ダンジョン、魔物でどの国も手一杯だ。互いの国を攻めてる暇はないな」
「傭兵っていうのは、お金で派遣される人ですよね?」
「私の仕事も傭兵だよ。ダンジョン攻略部隊は国ごとにもあるし、私団もある。国籍バラバラのそれぞれの得意分野で攻略する部隊で、鬼神族はタンクとして主力だが、鬼族だけのチームによっては殿で指示を出したりする。私も私団で指揮官役で指名がきている――明日出発だ」
イザークを異世界で最初に言葉を交わしたのはハイドロイドだ。刷り込みされたわけではないが、いきなり留守にされるとなにやら不安だ。
「それなりに、危険なんですよね……?」
「なに、ポーションもあれば治癒魔法もある。そうそう死人は出ないし、攻略も二週間前後が多い。心配しなくて大丈夫だよ」
肩を優しく叩かれて、イザークはフィナンシェを口に入れた。
砕いたアーモンドが入った、香ばしい味だった。
「ポーションってやっぱり怪我がなくなるのですか?」
「勿論。ポーションも三段階の種類があるが――大事なのはどこの産地かによる。人間国フエギスでの初級ポーションは鬼神には効果がない。魔素力と体型差の違いだ」
「あぁ――私もフランスで熱出した時に、薬の量を減らすか聞かれたことがあります。子供の時ですけど。フランス人の体型に合わせた適量だと、日本人には多すぎるから半量にして飲ませるといわれました。僕は四分の三はヨーロッパの血筋なのでそのまま飲みましたが」
ハイドロイドがコーヒーをお代わりし、ヒューが砂糖を三杯ほど追加している。まだ日が浅いがハイドロイドが甘いものを摂る姿をよく見ている。甘党なら、イザークもダリルにお菓子の作り方を習おうかと考えた。
「ただ、鬼神族――鬼族全体が不器用でね、上級ポーションを作れるものが少ない。だがフエギスのものだと効果が薄い。となると、獣人国バトエルか高価なエルフ国ルポエト産のポーションにほとんど頼りきりだ。治癒魔法も初級レベルがほとんどで――あぁ――鬼族は魔法にも物理にも耐性があるからそもそも深い傷を追うことが少ないんだ」
イザークの顔色を見て、ハイドロイドが情報を付け足す。
「イザーク様には、まず鑑定を――魔力量が足りるといいのですが」
「あぁ、そうだった。今のままだと色々まずいからね」
ヒューの言葉に、ハイドロイドが頷く。
イザークの中で鑑定魔法は、割とレアスキルイメージだ。魔道具で鑑定したり、商談などで必須なのだと思ったのだが。
「こちらでは、人と会った時に挨拶の際に相手を鑑定することはマナーなんだ。見た目では年齢が分からないからね。パーティーや夜会、お茶会では無論、仕事でも初対面の相手には使うし、お互いに自分のデータを晒すのがマナーの一環なんだ」
「年齢って……あちらではあまり聞かないもの、と言うか聞くのは失礼だったんですけど」
「鬼神族は600年が平均寿命だ。だが、外見は長く20代や30代で止まる。見た目が同い年くらいの男が二人歩いていても、親子だったりするからね。口頭で問うのは無礼だし手間だから、お互いに開示していいデータだけを見せ合うんだ」
600歳に、イザークは混乱した。さすが異世界とすんなり飲み込むには、果てしない数字だ。
アベルが新しいお茶をいれてくれたので、ゆっくり飲みながら反芻する。
(50年前に、サトウ導師がきたって言うのも、皆の感覚では最近?)
「こちらだと、人間も長生きなんですか?」
「人間は100歳前後かな。獣人は種族によって格差があるな。一番長生きなのは狐獣人だったはずだけど、それでも400歳あたりかな。一番長生きなのは魔王様一族だね、1000年は生きられる方々だ。だから治世を長く保っておられる」
「人間でも、鑑定しあうんですか?」
「そうだね、パーティーではやはり必須だし――例えばイザークが一目惚れしたとしよう。ところが鑑定で挨拶したら既婚と出た。――なんていうガッカリな恋の終わりがくるわけだが、知らずに相手に言いよって恥をかいたり、相手の夫の怒りを買うことは回避されるわけだね。フエギスでは貴族や大きな商会だと第二夫人や第三夫人もいたりするから、正妻と間違えたりしない、などもある」
一夫多妻制もあるらしい。確かに、ヒソヒソと侍従や周りにあの方はどなたですかと聞いて回るより、お互い鑑定しあって名前も間違えないで済む鑑定魔法はスマートかもしれない。