月明かりの告白
舞踏会の熱気と音楽が遠くから微かに聞こえる。私たちは中庭に出て、二人きりになった。華やかな会場からは切り離された静寂の中、アレクシス様と向き合っていたが、その瞳には強い感情が宿っていた。
「セシリア、もう一度聞く。他の男のところへ行くつもりなのか?」
再び繰り返されたその言葉は、さっきよりも切実な響きを帯びていた。彼の声が、心の奥にじわりと染み込んでくる。私は震えた声で答えた。
「違います、アレクシス様……そんなつもりはありません。ただ……私は、あなたの幸せを願っているだけです。それが、私にできる唯一のことだと……」
王子の顔が、一瞬驚いたように揺れた。私が本当にそう思っていることに、彼は気づいていなかったのだろう。私は目を伏せ、続ける。
「アレクシス様には、もっとふさわしい方がいます。私は悪役令嬢で、あなたを困らせるだけの存在ですから……」
私の胸は重く、どうしようもなく苦しかった。だが、それが現実だ。私は物語の悪役で、断罪されるべき立場。アレクシス様に好意を抱いてはいけないし、彼の幸せを邪魔するわけにはいかない。
けれど、そんな私の考えをアレクシス様はまるで一蹴するかのように、冷静に言った。
「お前が本当にそう思っているなら……お前は本当に何も分かっていない」
私は驚き、彼の顔を見上げた。彼はいつもの冷静さを捨て、熱のこもった目で私を見つめていた。
「セシリア、お前が俺にとってどれだけ大切か分かっているか? 俺がいつも誰を見ていたか、全く気づいていないのか?」
その言葉に胸がぎゅっと締め付けられた。アレクシス様が私を見ていた? そんなはずはない。ずっとヒロインであるエリザベス様を追いかけていたはずだ。
「私は……エリザベス様が、アレクシス様のお相手だと……」
かすれた声で言ったその言葉は、すぐにアレクシス様に遮られた。
「エリザベスは関係ない。俺がいつも心に抱いていたのは、お前だ、セシリア」
その言葉に、私は凍りついたように動けなかった。まさか……そんなはずはない。ゲームの展開では、王子はエリザベス様と結ばれる運命なのだから。私はただの悪役令嬢で、その物語には絡めないはずだ。
「でも、私は……あなたにふさわしくない。私がそばにいても、きっとあなたの足を引っ張るだけです」
自分の思いを抑え込もうとする私に、アレクシス様は一歩近づいてきた。彼の手が、そっと私の頬に触れる。
「ふさわしいかどうかは、俺が決めることだ。お前が俺のそばにいるのが、一番自然だと思っているんだ。だから……もう俺を避けるな」
その言葉と共に、彼の手が優しく私を包み込んだ。まるで壊れ物を扱うかのような、丁寧で温かい感触。私はその温かさに、すべての感情が込み上げてきた。これまでの葛藤や不安が一気に解けて、胸が熱くなる。
「……アレクシス様……私……」
言葉が出てこない。けれど、彼の瞳に映るのは、私だけ。もう迷う必要はないのだと、彼の強さに引き寄せられるように私は彼の胸にそっと寄りかかった。
「俺は、お前を誰にも渡さない」
低く囁かれたその言葉に、胸がドキリと高鳴る。アレクシス様の腕が、私をしっかりと抱きしめた。私は彼の鼓動を感じながら、もう何も言わなかった。彼がこんなにも強く私を想ってくれていたのだと知った今、すべてが許された気がした。
そして、月明かりに照らされた中庭で、私たちはようやくお互いの想いを伝え合った。