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誤解と真実



舞踏会の夜、広間に流れる優雅な音楽と煌びやかなシャンデリアの光の中で、私はただひとり、心の中で沈んでいた。エリザベスとアレクシス様が笑い合い、手を取り合って踊る姿が、私の胸を苦しめる。あんなにも幸せそうにしている二人を見るのが、こんなにも辛いなんて思わなかった。


「アレクシス様は、エリザベス様と一緒にいるのが幸せなんだ」と、心の中で何度も言い聞かせる。私がそんな風に考えたからこそ、アレクシス様にはエリザベス様がふさわしい、と思っているからこそ、私は王子から距離を取らなければならないのだと。


でも、それでも、この胸の痛みは止められなかった。


「セシリア、今夜も美しい」


そんな声が耳に届くと、ふと顔を上げた。ライナス・フォードが、優しい笑顔で私を見ていた。彼の目には、私がどれほど辛いのかが見て取れるのか、心配そうな色が混じっている。


「ありがとうございます、ライナス様」


私は無理に笑顔を作りながら答える。ライナスは、社交的で誰にでも優しく接する人だが、私に対しては、どこか特別な配慮を見せてくれるように感じる。彼の言葉や仕草に、私は一瞬心が和らぐが、すぐにその気持ちを押し殺さなければならないのが分かっていた。


「でも、ライナス様……」


何気なく口に出してしまった言葉に、ライナスが少し驚いたように私を見つめる。


「何かあったのか?」


その言葉に、私は心の中で息を呑む。どうしても、今の自分の気持ちを言葉にするのが怖い。しかし、ライナスは私が沈んでいることに気づいているようで、わずかな間を置いてから続けた。


「無理に話す必要はない。ただ、君が苦しんでいるのを見ているのが辛いんだ」


ライナスの言葉に、胸が熱くなる。彼は私が辛い時に、いつもさりげなく支えてくれる。王子がエリザベス様と楽しそうにしているのを見ていると、胸が締め付けられるような痛みが走る。その痛みを少しでも和らげてくれる存在が、今、目の前にいる。


「ありがとう、ライナス様」


心の中で、思わずそう呟いてしまった。ライナスは微笑み、肩を軽く叩いてきた。


「君が笑顔を見せてくれるだけで、少しは楽になる」


その言葉が、胸の奥に染みる。ライナスは、私の心の中の痛みを少しでも軽くしようと、無理にでも笑わせてくれる。でも、私が本当に笑えるわけではない。王子のことを思うと、どうしても心が重くなる。


「ライナス様、私は……」


言葉が喉に詰まった。ライナスの優しさに触れるたび、胸が温かくなるが、それはアレクシス様に対する私の想いとは全く別物だということは分かっていた。ライナスには感謝しているが、彼に対する恋愛感情は一切ない。それでも、王子の不在の中で、ライナスの言葉が少しだけ私を救ってくれる。


その時、広間の中央でアレクシス様とエリザベス様が目を合わせ、楽しそうに談笑している姿が目に入った。それを見ていると、胸がさらに苦しくなる。


ライナスは私の視線を追って、静かに言った。


「王子とエリザベス様が幸せそうだな」


その言葉が、私の心を揺さぶった。ライナスは私が感じている苦しみを、まるで知っているかのように言う。しかし、私はそれに答えることができなかった。心の中で自分に言い聞かせる。「私は王子の幸せを願っている」と。


「そうですね」


私はかろうじてそう返すのが精一杯だった。王子がエリザベス様と笑い合う姿を見るたび、心の中で「私は彼を支えたい」という想いが募っていく。でも、アレクシス様にはエリザベス様がいるのだから、私は身を引かなければならない。その想いが、私の胸をぎゅっと締め付けているのだ。


ライナスが少し黙り込んだ後、再び静かな声で言った。


「君がもし、辛いなら、いつでも話してくれてもいいんだよ」


その言葉に、私はうっすらと涙が浮かびそうになるのを感じた。ライナスは私の心に寄り添ってくれるけれど、私は王子に対する想いを諦めるべきだと思っていた。王子がエリザベス様と共にいることが一番幸せなことだと、心の中で繰り返す。


「ありがとう、ライナス様。でも、私は……」


再び言葉が詰まる。どうして、王子を諦めることがこんなに辛いのだろう? 王子の幸せを願う気持ちが、私の中で強くなりすぎて、胸が痛む。


ライナスはしばらく黙っていたが、やがて深く頷いた。


「分かっているよ。君がそう思うのは当然だ。でも、君が辛くなるのは見たくないから、少しでも楽にしてあげたいと思っているだけだ」


その優しさが、私の胸に染みた。私はただ、王子を幸せにしてほしい。それだけが、私の願いだった。それでも、ライナスの言葉が私を少しだけ救ってくれる。


「ありがとう、ライナス様」


私は静かにその言葉を口にした。そして、もう一度アレクシス様とエリザベス様の姿を見た。心の中で彼らを祝福しながらも、私は自分の気持ちをどうしても整理できなかった。王子の幸せのために身を引こうと決めたはずなのに、どうしてこんなに胸が痛むのだろう?


ライナスが私の肩に手を置いて、優しく微笑んだ。


「君は、決して一人じゃないよ。いつでも支えるからね」


その言葉が、少しだけ私の心を軽くした。たとえ王子がエリザベス様と結ばれる日が来ても、ライナスのような友人がそばにいてくれることに、私は心から感謝していた。

私が沈んだ気持ちを隠そうとする間に、ライナス様が優しく微笑んでくれた。その瞬間、なぜか背後から強い視線を感じた。


突然、私たちの前にアレクシス様が現れた。彼の顔は、いつも見慣れている冷静な王子のものではなく、怒りに染まっていた。私は驚いて立ち尽くしたまま、彼を見つめた。


「お前は……他の男のところに行くのか?」


その言葉が鋭く私に突き刺さる。アレクシス様の声は、いつもの冷静さを欠いていて、感情が抑えきれないようだった。私はただ、彼の突然の問いに戸惑い、何も答えられなかった。


「え……?」


言葉が出ない。彼がなぜそんなことを言うのか、まったく理解できなかった。私はライナス様を選んでいるわけではない。彼はただ、私が辛いときに支えてくれるだけで、心を寄せているのはアレクシス様――でも、どうしてこんな問いをされるのかが分からなかった。


「ライナス様は……ただ私を気遣ってくれているだけです。私は、彼を選んでなどいません……」


ようやく、震える声でそう答えた。私はただ、アレクシス様がエリザベス様と幸せそうにしているのを見ているのが辛くて、少しでもその場を離れていたかっただけだ。でも、その想いがどうしても伝わらない。


「じゃあ、なんでライナスと一緒にいるんだ? お前は、俺を避けているのか?」


アレクシス様の声には、かすかに嫉妬が混じっていた。私はその問いにどう答えればいいのか、分からなかった。彼の言葉に反応するたび、胸がぎゅっと締め付けられる。アレクシス様の心の奥にある感情が、私にとって理解しがたいものだった。


「私は……ただ、アレクシス様とエリザベス様が幸せそうに見えたから。私は、王子様の幸せを願っているだけです。それに……私は、王子様のそばにいるべきではないのだと思って……」


言葉に詰まりながらも、何とか自分の気持ちを伝えようとする。しかし、アレクシス様はそれを聞いて、ますます眉をひそめた。


「お前、何を言ってるんだ? 俺は……」


アレクシス様の瞳に宿る強い感情が、私を動揺させた。どうしてそんな風に思われてしまうのか。彼の本当の気持ちが、私には分からない。けれど、今の彼の言葉は確かに、私に向けられたものだった。


私はその場で立ち尽くし、アレクシス様を見つめ返すことしかできなかった。私たちの間に漂う、言葉にできない感情が、重くのしかかる。




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