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気づきたくなかった感情



「素敵だわ、エリザベス様!」


貴族たちが集まる舞踏会の場で、何人かの令嬢たちが感嘆の声を上げる。その視線の先には、この世界のヒロイン、エリザベス・ハートリー。そして、彼女の隣にはアレクシス王子が寄り添っていた。


私はそんな光景を遠巻きに見ながら、胸の奥に広がる重たい感情を押し殺して、ただ微笑むことしかできなかった。


「……これでいいのよ」


小さな声で自分に言い聞かせる。私は悪役令嬢セシリア。断罪されないために、この物語の流れを乱してはいけない。だから、彼女と王子がうまくいくように見守るだけで十分……のはずだった。


エリザベスは誰もが憧れるような美しさと純粋さを持った、完璧なヒロインだ。私のように悪役として定められたキャラクターとは違い、彼女こそが王子と結ばれるべき存在だと、理性では分かっている。王子は彼女に恋をして、やがて婚約者である私との縁を切り、エリザベスと幸せな未来を築く。それがこのゲームの定めた結末。


「エリザベス様、今日も本当に美しいですね」


私の隣にいた令嬢が感嘆の声を漏らしながら、私に笑いかける。私も微笑み返しつつ、心の中で苦い思いを抱いていた。もちろん、エリザベスが美しいことは私も認める。誰もが彼女に憧れ、彼女に好意を寄せるのは自然なことだ。けれども、なぜかその光景を見るたびに、胸の奥が重くなるのだ。


「王子はやっぱり、エリザベス様が気に入っているのかしら?」


「そうでしょうね。お似合いですもの」


他の令嬢たちが楽しげに話し合う中、私は苦笑いを浮かべるだけで、深く話に加わることができなかった。視線を無理やり他の場所に向けようとするけれど、どうしても気が付けば、アレクシス王子とエリザベスの方を見てしまう。


アレクシス王子はエリザベスの隣で穏やかな表情を浮かべ、彼女と親しげに会話している。その姿は、まさに理想の王子とヒロインの絵に描いたような光景だ。私は再び、胸の奥に広がる痛みを感じた。


「これでいいの……これが正しい流れ……」


私は自分にそう言い聞かせた。だって、私はただの悪役令嬢で、王子とは婚約者という形式だけの関係に過ぎない。エリザベスこそが彼にふさわしい相手であり、私はその恋路を邪魔することなく、彼らが幸せになる未来を見届けるだけだ。


そう自覚しているはずなのに、どうして私はこんなにも苦しいのだろう? 彼がエリザベスに向ける優しい笑顔、親しげな態度……それを見るたびに、心がズキリと痛む。


「セシリア様、どうかなさいましたか?」


「え? あ、いいえ、何でもありませんわ」


隣の令嬢に問いかけられ、慌てて微笑みを浮かべる。しかし、私の内心は波立っていた。最近、私は自分でも気づかないうちに、アレクシス王子を目で追ってしまうことが多くなっている。彼が誰と話しているか、どんな表情をしているか……気にしないようにしているはずなのに、つい視線が向いてしまう。


そして、彼がエリザベスと共にいるのを見て、胸が痛むたびに、私は自分の心を見ないふりをして、無理やりに蓋をしてきた。


思えば、王子に対して特別な感情を抱くようになったのは、あの出来事がきっかけだった。


ある日のこと、私は庭園で本を読んでいた。目立たない場所に座り、静かなひとときを過ごすのが私の日課だった。そんな中、偶然にもアレクシス王子が通りかかった。


「セシリア、ここで何をしているんだ?」


不意に話しかけられ、驚いて顔を上げると、王子が少し笑みを浮かべながら私を見つめていた。


「えっと、少し読書を……」


「そうか。君はよく一人でこうしているな」


王子は私の隣に座り、興味深げに私が持っていた本を覗き込んだ。彼とこうして二人きりになることなど滅多になかったので、私はどう対処していいか分からず、ただ黙っていた。


「その本、面白いのか?」


「ええ、とても……」


彼は興味津々に私の本を手に取り、ページをめくりながら言った。


「君は読書が好きなのだな。こうして静かな時間を大切にしている姿、素敵だと思う」


その言葉に、私は少し驚いた。王子はいつも社交的で、華やかな場にいるのが当たり前の人物だと思っていたからだ。そんな彼が、私のように地味で静かな存在に対して「素敵だ」と言うなんて、予想もしていなかった。


「私は……ただ、社交の場が少し苦手で……」


「それは君の自由だ。無理をして他人に合わせる必要はない。君のままでいいんだ、セシリア」


彼の言葉は優しく、まるで私の心の中を見透かしているかのようだった。これまで私が感じていた不安や孤独を、彼はまるで理解しているかのように包み込んでくれた。


その瞬間、私はアレクシス王子のことを少し違った目で見てしまったのだ。彼がただの「婚約者」という形式的な存在ではなく、優しく、温かみのある人間として私の心に入り込んできた。


「私は……ただの悪役……エリザベス様が幸せになればそれでいい」


その言葉を何度も心の中で繰り返すけれど、そのたびに自分に嘘をついているような気がして仕方がない。それでも、私は諦めなければならない。アレクシス王子に対する気持ちを自覚してしまったら、もう後戻りはできなくなる。そしてそれは、私自身の破滅を招くことに他ならない。


だから、私は目を閉じて、感情を押し込める。


「……こんな気持ち、認めたくない」


私は一人、庭のベンチに腰を下ろし、小さな声でそう呟いた。誰もいない場所で、ただ自分の心の中にある思いを吐き出す。そうでもしなければ、この苦しい感情を抱えていられないから。


「王子は、エリザベス様と結ばれるべき。私はその邪魔をしてはいけない……」


それがこの世界の理であり、私はそれに逆らってはならない。どんなに彼に惹かれても、私には彼を選ぶ権利なんてないのだ。


だけど――。


「どうして、こんな気持ちになってしまったの……?」


本当に、こんなはずじゃなかった。ただ静かに、目立たず、この物語の通りに進んでいけば、私は平穏な生活を送れるはずだった。だけど、彼がエリザベスと一緒にいるのを見るたび、私は自分の中にある嫉妬と切なさを抑えきれなくなってしまう。


「もう……どうすればいいの……?」

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