● りんご畑のリンゴロウ
「みさきは、おらっち(我が家)のりんご、好きかぁ?」
じいちゃんは、白い髭をもふもふと動かし、笑いながらわたしにそう言った。
「もーちろん、大好きよ。だからわたし、栃木の大学にしないで、じいちゃんちから通える長野の大学にしたのよー」
「そうか、そうか。ふぉふぉふぉふぉ」
わたしがそう答えると、じいちゃんはまた、にこっと笑った。
わたし、中根弥咲。
長野県 しなの農林大学の一年生。今年から、大学生になったんだ。
地元の栃木県を離れ、長野の高原地帯にある、このじいちゃんの家に住んでるんだ。
じいちゃんはね、「ナカネ果樹農園」っていう小さなりんご畑を経営してるの。この辺では一番美味しいりんごが実るんだよ。
七年前にばあちゃんが亡くなってからも、じいちゃんはここで、ずっとりんご畑の世話をしてるの。たった一人で。りんごの世話を、愛情込めて、ていねいに。
わたしが中学一年の時、三つ上のお姉ちゃんが、そんなじいちゃんのことを心配して「あたしは長野の大学に入って、じいちゃんちに住む」って言ったんだ。
お姉ちゃんはわたしの先輩なの。しなの農林大学の四年生。高校を出てから、わたしより三年早くここに来てじいちゃんを支えてるの。大学では「りんご研究農園クラブ」に所属してるんだ。
じいちゃんは、大学でも有名なんだ。「りんご畑のリンゴロウ」っていうニックネームまでついてる。名前が中根林吾郎だから、りんごに縁ある人生になっちゃった・・・・・・のかな。
「みさきー? つきこは、どこいったー?」
「お姉ちゃん? お姉ちゃんなら、さっき、畑にいったよ?」
「そーかーぁ。なら、いいんだー。うん、うん」
「どうしたのよ、じいちゃんー」
「呼んでみただけだぁ。・・・・・・つきこだけの頃より、みさこも来てからは、楽しい毎日だぁなー」
「じいちゃん。まーた名前混ざってるよ。月子と弥咲を混ぜないでちょうだいよ」
「ああ、そーかーぁ。すまん、すまん」
じいちゃんはたまに、わたしとお姉ちゃんの名前をミックスしてしまう。でも、「みさこ」とは言うけど「つさき」とは言わない。
こんなじいちゃんだけど、わたしは、大好きなたった一人のじいちゃんなんだ。