ゴブリン族の女社長は、婚約破棄される悪役令嬢の断罪式に居合わせていました
二作目です。前作短編の設定を一部引き継いでいます。
私はアーク・パインブック。
ゴブリン族であり、元A級冒険者の女実業家だ。種族特性を鑑みても小柄で童顔だから誤解されやすいが、とっくに成人してるし既婚者だ。
辺境で興した会社の代表取締役社長をしていて、今日は世界最大の経済大国である聖王国の取引先のご厚意で、若き王侯貴族たちが集まる夜会に参加させてもらうことになった。
柄にもなくドレスを着て、要人とのコネをせっせと作りながら会食を楽しんでいたが、そんな中、その出来事は起こってしまった。
「公爵令嬢エリス・ガーランド!貴様の数々の悪事にはほとほと愛想が尽きた!特に聖女を不当に虐げていた事実を看過することはできない!よって聖王国王太子の名において貴様との婚約破棄を宣言する!!」
パーティー会場に鳴り響いた怒声に、その場にいた全員が一斉に静まり返る。イケメンが壇上で険しい顔をして、少なくとも私には訳の分からないことを言っていて、そのせいだった。
私も静まり返ったうちの一人だが、むしろ美味しい料理を堪能している中での不意の怒声にびっくりして、チキンナゲットを喉に詰まらせ喋れなくなったというほうが正しい。んぐぐ、あ、ウェイターさんそこのアイスハーブティー貰いますね。ごくごく。あーすっきり。
「・・・聖王様が取り決めた婚約を、こうした公的な場で、かつ王太子の独断で破棄するというのですか?その行為の是非はともかく個人的には受け入れようと思いますが、そもそも愛想が尽きた私の悪事とはどんなことでしょうか?」
公爵令嬢のエリス様が訝しげに、しかし怒りを内に秘めつつも努めて感情を抑えた静かな声で問う。
驚いたり狼狽えたりするより怒りのほうが先に出るあたり、たぶんコレ王太子からエリス様への好感度が低いだけでなく、そもそもエリス様から王太子への好感度もよくないな。むしろ無い。どう見ても愛の無いただの修羅場です本当にありがとうございました。
ガーランド家は私が元々懇意にしている取引先のひとつである。そこの令嬢であるエリス様とも面識がある。
彼女はちょっと冷たそうな雰囲気はあるが、学生の身ながらガーランド公爵領の政治の根幹をなす重要な役割を果たしている有能な人材である。
なんだけど、実際に話をしてみると知的かつ柔軟な思考と柔和な話し方でとても好感の持てるキーパーソンだ。プライベートでも懇意にしている。
あと、美人だ。超美人だ。大事なことだからねこれ。弊社自慢のストロベリーレアチーズパフェ振る舞った時の満面の笑顔なんか女神様のそれだったぞ。もっと彼女の笑顔見たいから頑張ってくれ弊社の有能なるスイーツ開発部。
そんな女神様な彼女が内心ブチ切れていらっしゃるのは傍から見てて自明。緊迫した場面でマイペースに食事を楽しんでいるように見えるが、私も内心あたふたしている。
あ、ローストビーフとローストポークとローストチキンもらいますねー。うっわ、どれもすっげージューシーで美味しい。火入れが神がかってる。ビーフに使ってる僅かにワサビを効かせたソースたまんないっすね。チキンのタルタルソースも良き。ポークは岩塩が究極にして至高。
バゲットが進む進む。おっと、パスタも食わねぇと。
「知れたこと!王侯貴族学校での1期に1度の魔力測定儀式の妨害、術技演習での数々の魔法具破損の手引き、また武術会での貴様との模擬戦で必要以上に聖女を傷つけたことは筆舌に尽くし難い卑劣なる悪行である!」
王太子は凄い剣幕で捲し立てているけど、実はその聖女さんはこれも私が懇意にしている取引先である老舗の家具屋さんの娘さんで、私とも面識がある。
というより、王太子様の言っていることと聖女さんの認識が全然違う。
実はこの間、聖女さんと面談した時にここらへんのことを聞いていて、魔力測定の件は単純に機器の不具合、術技演習のときは右肩上がりで急成長した聖女さんの魔力に魔法具が耐えきれず破損、更に模擬戦は興に乗った二人が周りや施設に自重せず本気で戦い合った結果。
うち模擬戦には私も王侯貴族学校の出資者のひとりとして観戦したけど、S級冒険者もかくやの実力を持つ二人が本気でぶつかりあった様は正直絶句した。あんなん私が現役の時でも見た事ないわ。戦争かよ。なんだあのポテンシャル。もはや特記戦力じゃん。
そんで拳を交えて死力を尽くしあった二人はなんか身分の差を超えてマブダチになったとか何とか。嬉々とした聖女さんから報告を受けた時には、ある意味で世界の危機を感じた。これ、すっごいヤバいタッグな気がする。
というか、商家の娘とはいえ庶民の出とされる聖女さんが王侯貴族学校に通えているのは、持っている特殊性の評価だけでなく私が彼女の入学を推薦した上で後見人になっているからというのもある。貴族学校は往々にして学費高いからね。だからパトロン企業の代表取締役社長との定期面談という場で話を聞く機会もあるわけだし・・・
おっと王太子の横で「ふええなんで私がここにいるの?」みたいなキョドった様子の聖女さんが私を見つけてあからさまに助けてって視線を私に送っている。なんだこの小動物?あの時の悪魔も裸足で逃げ出しそうなバーサーカーっぷりはどこ行った?
で、ごめん、視線には気づいているけど、それはそれとして海老とブロッコリーのサラダ食べ終わるの待って。マジ飛び抜けてうまいなコレ止まらねぇ。今度旦那に作ってもらおう。
「エリス嬢の悪事は私も証言します!」
「私も!」
と数人の見目麗しい容姿の殿方たちが王太子の擁護に入る。登場人物が増えて聖女さん困惑に拍車をかけていますね?見る人が見れば逆ハーレムなんですけど。
いずれも聖王国の重鎮の嫡男で、資料で見たことのある顔ばかりだった。立ち位置はどうやら王太子の取り巻きだけど、王侯貴族学校の生徒でもある。揃いも揃ってドラ息子だったか。
しかし、この夜会って聖王様やこの嫡男たちの親御さんはいないみたいだけど、婚約破棄することは聖王様の了解とってるのかな?取ってない独断専行な気がする。
まぁ聖王様の取り決めた婚約を王太子が独断で破棄って、聖王様への叛意と取られてもおかしくないと思うんだけど、そこんとこ王太子は一体何をどうしたいんだろうか?
という意図は個人的にはどうでもいいんだけど、状況としてはどこかで聖女さんに助け舟を出さないといけないが、とはいえこれが私の思ったとおりの茶番ならエリス様はどうとでも乗り切る器量をお持ちだから、基本的には静観でいいかな。
あ、重ねてごめん、まだ助け舟のタイミングよくないし、今のところまだ聖女さんの立場は悪くならないから、冷めないうちにまだ誰も手をつけていないマカロニグラタン食べますね。
うわ、ベシャメルソースすっごい美味しいんですけど。あとこれマカロニの中に挽肉が入っている?さすが貴族のケータリングは全体的にレベチ。合間に食べるカルパッチョもおーいしー。
ネタバレを知っていると言いがかりにしか聞こえない王太子の感情的な断罪が続く続く。それに根気よく理性的な反論を続けるエリス様。いやホント茶番だなぁ。
次々と論破されて顔を赤くして怒りを隠さなくなる王太子、いかに政治的な場に慣れていて反論も容易にせよさすがに苛立ちを隠せなくなってきているエリス様、その板挟みになるような立場で終始戸惑いを隠せていない聖女さん。
潮時かなぁ。
「あのー恐れながら王太子殿下?」
どんな高級な食材を使っているんだってくらい複雑な味わいに感極まるコンソメスープを飲み終わった私は、そろそろ話に割って入る。
「何だ貴様は!?ゴブリン族の庶民か!?下賤な下等種族が何故聖王国の貴族の社交場にいる!?そして誰の許可を得て、何の権限があって発言している!!」
おーっと、亜人種への偏見が比較的薄いはずの聖王国の王太子とは思えない差別発言の連発。聖王様の方針と真逆じゃん。ちょっとカチンときてしまいましたよ。
周りを見ると、私と面識があって冒険者時代のことも知っている若き領主級の貴族の方々が青ざめている。そりゃそうか。いくら引退したとしてもあの程度の手合いならこの位置から素手でも2秒で沈めれんぞテメー?
とと、冷静に冷静に・・・冷製パスタ美味しかったな・・・こほん。
「えっと、本日この夜会にお招きいただきました、王侯貴族学校の出資者でもあるアーク・パインブックと申します。王太子殿下も生徒のひとりなので、ゴブリン族とはいえさすがに最大比率の出資者くらいはご存知とは思いましたが、大変失礼いたしました。ところで、お話を聞く限りどうやら王太子殿下におかれましては私どもが企業単位で後見しております聖女に強い思い入れをお持ちいただいているようで、かつエリス様より聖女が劣っているかのように扱われていることに憤慨していらっしゃるようですが」
ちょっと皮肉を入れつつも、長文喋ると疲れるので、失礼ではあるけど合間に10種のミックスフルーツジュースで喉を潤す。うおっ、これもうめぇな。バナナいいやつ使ってるんだろうなぁ。ミントのアクセントが感動的。もうジョッキでくれ。むしろ樽を。
「王太子殿下におかれましては序盤に話にあった模擬戦を直接ご覧になってはいなかったようにお見受けされます。どうでしょう?優劣を気にされているのであれば、お二人に、今、ここで、全力で優劣を競っていただいてはいかがでしょうか?」
私の言葉に改めて場が静まり返る。
恐らく一部はこれから起こるであろう悪夢を想像して凍りついている。
さて、
エリス様は学徒の身ながらも有能な政治家であり普段は柔和な超美人の令嬢である。
聖女さんは庶民の出で商家の娘ということもあり己を弁えた協調性のある優しい子である。
私は二人と面識がある。
そんで、模擬戦を見た私はそんな二人のとある共通点を把握している。
普段の様子からは想像できないだろうが、二人の隠れた本質はバトルジャンキーだ。しかも重篤な。
私の提案というかOKサインに、二人はニヤァと令嬢にあるまじき好戦的な笑みを浮かべた。
さぁ、本当の宴の始まりだ。
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・・
・・・
「まぁその場に私がいなかったのも悪かったけど、それで国が誇るあの社交会場を更地にしちゃったの?えっ?」
「とはいえ、あそこでガス抜きをしていないと、恐らくじきに爆発したエリス様が元王太子殿下および重鎮の元嫡男方をボコボコにしていましたよ。エリス様がキレても私は何ら咎められないくらいの侮辱に次ぐ侮辱を浴びせられてましたしね」
「うーん、でもアレを?アレを更地かぁ」
王の間で、玉座に座る初老の王が呆れた顔をしている。同席している騎士団長と宰相も苦笑いをしている。
婚約破棄はやはり王太子の独断専行だったようで、話と末路を聞いた結果、王はその行為を「王の定めた婚約を破棄する、王に対する明確なる叛逆」と見做し王太子を嫡廃とする判断をした。公的な場での発言と醜態は、もはや言い逃れも擁護もできなかったようだ。
王位継承権第一位は順当に次男くんにスライドした。が、次男くんをエリス様と婚約させる気はないとのこと。さすがに節操ないしエリス様に失礼だよなぁ。
ついでに元王太子側についてエリス様への断罪に与していた重鎮の嫡男たちは厳重注意の上に謹慎、更には家督継承権を剥奪されたとのこと。ドラ息子の醜態を恥じた重鎮たちの出した辞表は、政治への影響度を鑑み保留としている。財務大臣さんは私の泊まる宿屋に来て土下座しての謝罪に終始したけど、言い訳や許しの懇願をしないあたり要職者の意識は良い意味で高いなと感心した。
どうやら王太子は、どう足掻いても勝てないほどに有能なエリス様に劣等感を抱いて毛嫌いしていたようだ。
かつ庶民の出である聖女であればどうとでも抱き込んで後釜にできると見込んで身勝手な婚約破棄を決行したようだが、そもそもの見込みが激甘だったと言わざるをえない。
将来彼が王様になったら聖王国崩壊の危機だったよ間違いなく。
「ガス抜きとはいえ二人を焚き付けたのは私ですから、社交会場の再建費用は弊社と私の資産から全額出しますよ。いくら聖王国とはいえど、アレを再建するとなると結構な痛手でしょう?」
「そうなんだけど、さすがに全額は」
「とはいえ、ささやかなお願い事を聞いていただけるのであれば、ですけど」
「アーク嬢のささやかって、怖いなぁ」
エリス様と聖女さん。
元々S級冒険者と同等の強さと見込んでいたが、ここに関しては私こそ見込みが甘かったと反省している。
聖闇の極大魔法を贅沢にもジャブがわりに、無尽蔵とも思える膨大な魔力で極限に強化された物理攻撃が応酬する。その衝突の余波だけで、そこそこ武芸の経験がある程度の人間はなす術もなく吹き飛ばされてしまった。元王太子と取り巻きは、最初の一撃の衝撃波で吹っ飛ばされ気絶してしまう醜態を晒していた。
フライの盛り合わせを食べながらも死者が出ないように頑張って立ち回った私も、最後には吹き飛ばされていた。確保していたなめらかプリンを口に入れたまま。あれに使っていた砂糖ほしーなぁ。
そもそもSランク自体が例外中の例外だが、もはやそうしたランクで括るのも烏滸がましい。あれは対人戦闘の域を遥かに超越した、魔王と勇者の繰り広げる黙示録といって差し支えのない激戦だった。というか、模擬戦の時より二人とも強くなり過ぎなんだが。どういうことなの?
社交会場は国難級の災害有事の避難場所を想定し、特殊素材と術式を編み込んだ非常に頑強な造りになっていて、竜種の襲撃でもビクともしない耐久力を持つ建造物。
それを余裕で更地化って・・・避難場所の側面上、社交会場が市街地ではなかったのがホント救いだった。私の見込みだと二人が激突しても施設の一部破壊に留まる程度だったが、いやホント見込みが甘かった。
どうあれ「王太子の言い掛かりが原因でブチ切れた女の子二人に、国の自慢できる頑強な建造物を木っ端微塵に破壊されました」という顛末は対外的に面白い話ではない。率直に言うと「恥」だ。
ちなみに、聖王様も私の取引先のひとりである。冒険者時代からの縁だが、種族はともかく、身分の差はあれど懇意にさせていただいている。だから、オフレコとはいえ聖王様に対し、王の間かつ騎士団長や宰相といった重鎮が同席する場で平伏せず話が出来ているわけで。
そういえば元王太子とは夜会が初見だったが、それ以前に面識があれば夜会での立ち回りも変わっていただろうか。
なおエリス様と聖女さんは社交会場破壊の罰で謹慎している。が、二人とも政治や学業の柵から抜け出せたと嬉々として自己鍛錬に励んでいるそうな。嬉々として。なにそれこわい。
元A級冒険者の私は聖王国騎士団長とタイマンでギリギリ勝てるくらい。
で、S級冒険者の戦力は軍の一個師団に相当するとされている。
二人は遥かそれ以上。
まだまだ強くなるのかなぁと私も呆れてはいる。パーソナリティを高く評価しているのは勿論という前提で、そもそも模擬戦を見た時点で二人とも武力的に私の手に負える人材でないのは承知しているけど。
チーターって、怖い。
まぁそんな二人に対してさえも、応用力だけで比肩しうるだろうなって思わせる旦那も旦那だけど。
「ま、デカすぎる土産話も出来たし、残りの用件を済ませたらそろそろ国からお暇します。私も二人のことは大切なんで今後も気にかけますけど、そちらもエリス様と聖女さんの扱いにはくれぐれも気をつけて。聖王国とは弊社の良きビジネスパートナーでいたいですから」
「二人の危険性を我々のような為政者に認知させる、という意味では十分すぎるデモにはなったよ。そこは感謝すべきか」
亜人種の最強種と言われる魔人族や黒竜族の最高峰戦力すら余裕で単独撃破できてしまうのでは?という二人の今後はそれはそれはで注視しなければならないが、その危険性認知よりも私には遥かに重要なことがあった。
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・・
・・・
「じゃ、ブツはこれね。主管部署にはもう伝えてあるから、連携して可能な限り簡略化・標準化して研修制度を整えた上で各支社と関連会社への勉強会開催をお願い」
「普通ならこっちのほうが些事じゃないかなぁ。聖王国の王太子の嫡廃って世界を揺るがす大事件だと思うんだけど。他国のここにも号外が出てたよ?」
「私にとってはこっちのほうが断然重要事項ですー。それでは、技術顧問の今までの実績を踏まえて今回も伏して何卒、何卒よろしくお願い申し上げます」
「了解ー」
帰郷し自宅に戻った翌日、技術顧問と呼ばれた私の旦那は、私が渡した資料を苦笑しながらも興味深げに流し読みしていく。
資料の中身は、夜会で振る舞われた聖王国トップシェフのレシピ集。社交会場再建費用の全額拠出を条件に聖王権限で貰ったものだ。本当は人材そのものを引き抜いてノウハウ化したいが、さすがにそれは聖王国に申し訳が立たない。
再建に支払うコストは莫大も莫大だが、その価値はある。参入したい飲食業を広く展開する布石にもなるし、それよりも特に海老とブロッコリーのサラダは何としても本グループに常設せねばならない。主に私のために。
旦那の手腕に、本件も強く期待している。
以上、「ゴブリン族の女社長は、婚約破棄される悪役令嬢の断罪式でもマイペースに美味しい料理を堪能していました〜ねぇねぇ、これをウチの会社で作れるように標準化してくれないかな?〜」をお読みいただきありがとうございました。
悪役令嬢物の皮をかぶった、ただ色々な料理を沢山食べるだけの物語でした。ゴブリン族は大食いかつ悪食だが、ゆえに経済力を持ったゴブリンが美食に走ると自重しなくなるという自分の中での裏設定。
オ⚫︎ジ⚫︎の海老とブロッコリーのサラダが好きです。期間限定の味噌炒め弁当も美味しいです。
聖女の名前は未定ですが、ネームドになる場合新たな物語がアンロックされてしまうかもしれません。