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下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ大賞

俺とおふだと幽霊少女

作者: 夏月七葉

 開けた押し入れの奥に貼られたおふだを目にした俺は、黙ったままそっと戸を閉めた。部屋の隅に行って蹲り、頭を抱える。

 田舎に生まれて都会に憧れ、今年、東京の大学に合格して意気揚々と上京を果たした。念願の一人暮らしということもあって、浮かれていたのだろう。碌に下調べもしないで安アパートの一室を借りたのがいけなかった。

 とはいえ、これだけ安家賃だ。事故物件等の可能性を考えなかったわけではない。しかし、まさか自分が曰くつきの物件を借りることになろうとは思わなかったのだ。物件の確認をしにわざわざ東京に出てくる手間も、正直面倒だった。

 だが、今ここでどんな言い訳を並べてみても、突きつけられた現実は変わらない。

 おふだには黒い筆字でびっしりと何事か書いてあり、見るからに触れてはいけないもののように感じた。何か黒っぽい霧のようなオーラも見えたような気がする。先ほどの光景を思い出して身震いし、二の腕を摩った。

 敷金礼金は払ってしまったし、実家から送った荷物も既に届いている。ホテルの部屋を借りる余裕はないし、暫く泊めてもらえるような友人知人は東京にいない。

 八方塞がりの状況に、俺は一頻り唸ってからすっくと立ち上がった。

「よし、見なかったことにしよう」

 押し入れは封印することにする。二度と開けることはないだろう。収納スペースが減ってしまうのは手痛いが、あのおふだと再び顔を合わせるよりはずっとマシだ。

『何を?』

 心に誓いながら拳を握り締めたその時、背後から高い声が聞こえて変な汗が全身から噴き出した。部屋には俺一人しかいないはずである。地元で買った中古のテレビは、まだ封を開けていない。

 振り返りたくない。けれど、ずっと壁を見つめ続けているわけにもいかない。

 俺は時間をかけてゆっくりと、身体の向きを変えた。

『ねえ、何を見なかったことにするの?』

 何もいなければ良い。勘違いなら、空耳なら、それ以上に望むことはない――そう思っていたのに。

 振り返った先には、不思議そうに小首を傾げた少女がいた。いかにも軽そうな半透明の身体を、畳から俺の頭の高さに合わせて浮遊させている。

 そして、そのまま俺は気を失った。


 その日から始まったのである。

 俺と幽霊少女との、奇妙で優しい共同生活が――。

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