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よん 説明を求む

 

 クソ忙しい中、元夫はどれだけ時間を割いてこれを考えたのだろうか。

 誤字一つ無い綺麗な書類である。それは浄書したということだ。

 ありとあらゆる様々な場合も検討し、現時点での最適を選んでまとめ、下書きをした後、チェックしてまた直し、最終稿を最初から浄書したのだ。……すべて元夫の字である。


 この人は、この先もずっと、隣に私がいる人生を想定しているんだ。


 それって。


「ぷれぜん用資料だ」


 元夫が紙を一枚差し出した。

 プレゼンは、事業説明の時に私がよくやっていたことだ。

 その紙には概要版が書かれていた。


 ……保険屋さんが作ってくれるライフプランのヤツじゃん。


「想定出来るありとあらゆる条件を元に設計している。その全てに『君』という要素が不可欠だ。……君がいなければ、ノーディン家は瓦解するだろう」


 元夫が私を求めて、私を大事にしてくれようとしているのが分かった。

 業務連絡以外は驚くほどに口下手で、不器用な人。


 ならば、なぜ。

 私の中にムクムクと反抗心が沸き上がった。


「……私じゃなくても良いでしょう? 現に子爵様は別の女性を求められ、私を拒絶されました。今回の件、執事に言ったらすぐに調べてくれましたよ。私の耳に入れるように取り計らい、資料を揃えさせたのも子爵様ですよね。私が『離婚だ!』って騒ぐとでも思いました? ……それぐらい溺愛されている女性ならば、あんな安宿ではなく、きちんと招かれたらいかがですか? 私と坊やは離れ……、いえ、別宅へ行きますから」


 私はずっと『旦那様』と呼んでいた。でも、もうそうは呼べない。


 元夫が『ぐ』と絵に描いたような渋面になった。呼び方が『子爵様』に変わったのに気が付いた? それとも別居の提案までされるとは思わなかった?


 ……この人、外では完璧貴族顔のお面をちゃんと着けられるのに、結構感情豊かなのよね。そこが可愛かったりしたんだけど。今はしょげているシベリアンハスキーみたいになっているわね。


 でも、絆されないわよ。


 私が元夫の人生にとって必要であるならば、なぜ浮気したの。


 周りの目も気にせず、浮気愛人不倫当たり前の狭い社交界で話が上がってしまうほど、のめり込んでいたのでしょう?


「確かに、執事に指示したのは私だ。君に不貞を疑って欲しかったんだ」


 は? この人今何て言った?

 浮気を疑って欲しかったって言った?

 はあ!?


「待て、最後まで聞いて欲しい。……今後の三十年を考えるにあたり、すべての想定が意味を為さないほどの不確定要素が一つある」


 元夫が慌てて私の手元の資料を指差した。


 こんなに緻密(ちみつ)に考えを巡らせたとしても、それが現実になれば全てがひっくり返されるようなこと? ……災害? 災害は想定されている。それを上回る被害想定不能な事象?


「あ……戦争?」


 この国は常に隣国と小競り合いをしている。小康状態と言えば聞こえは良いが、大きな戦端が開かれていないだけなのである。子爵領は辺境伯領の隣にあり、隣国と近い位置にある。今までも小競り合いはあったが、約百年ぶりの大きな戦争となれば無関係ではいられない。戦地となる上、人的にも物資的にも搾り取られることになる。

 そして勝てばまだ良いが、負けたとなれば。


「近々、(いくさ)にはなる。……隣国が王太子殿下の暗殺を謀った。幸い未遂であり、王太子殿下の身体に入った毒も解毒済みだ」


 私は息を呑んだ。


「陛下も殿下も、コバエ程度なら手で払い除けるだけで済ませていたというのに、虫どもは調子に乗り、身体を這い害をなそうとした。害虫は一匹潰しても無駄だ。巣ごと駆除しなければ増えるだけだ」


「……」


 どうしよう……話のズレ方が不穏すぎて突っ込めない。


 元夫に『他に女がいるんだから私じゃなくてもいいじゃん、別居しようや』と聞いたのに、王太子殿下の暗殺未遂や隣国との戦争の話になっている。


 戦争(ソレ)、浮気と関係ないよね?


 話を逸らして誤魔化して逃げるような人じゃないと思ってたんだけどなあ。

 小さく溜め息をついた私を見てか、元夫が焦り出した。


 ごめん、『だから?』感、出し過ぎたか?


「……君に言っていないことがいくつかある」


「いえ、お話しくださらなくて結構です。……こちらもお返しいたします」


 反抗心が収まらない。

 だって、元夫はちゃんと説明してくれない。

 私が紙束を閉じて付き出すと、元夫は『休め』の姿勢で後ずさった。


 いや、コントか。


 紙束は受け取らないぞ、という意思表示だろうが、別にその辺に置けば良いし。


 私が寝台の脇に紙束をぺっと置けば、元夫は『ガーン』と昭和の少女漫画みたいなコマになっていた。


 坊やは帰ってこないし、もう寝ても良いかな? その前に少し何かつまみたいな。

 いててて。坊やのこと考えたら胸が張ってきた。寝る前に坊やに飲んでもらわないと。


 すると侍女が坊やを抱いて部屋に戻ってきた。乳母がお乳をあげても良いか、と。

 ナイスタイミング。

 今のところ母乳は出ているから、調子が悪い時は乳母にお願いするとしても、出来るだけ自分であげたいと思っている。

 ちなみに乳母は侍女の娘で、二人目の子が坊やより二ヶ月先に生まれている。


 坊やが「んくんく」飲みながら、満足したのかスイッチが切れたように寝てしまった。

 このまま寝かせてあげたいが、げっぷさせねば吐いた時に窒息する危険がある。


 すると、元夫が手を出した。

 あ、まだいたんだ?

 ……既に手がブルブルしてるけど、大丈夫だろうか。振動でげっぷさせる気だろうか?


 侍女が呆れ顔で頷いた。

 やらせてみろ、ということか。


 案の定、居心地が悪すぎたのか『俺の本気はこんなもんじゃねぇぞ』バリの坊やの泣き方に、心配どころか、かえって笑ってしまった。


 ギャン泣きすら愛おしいわ。


 ……子は(かすがい)というのは本当ね。

 あれだけ固く冷たくなっていた心が少しだけ解れていったもの。

 悔しいけど、元夫の突拍子もない言い訳くらいは聞いてみるか。


 泣き疲れて「えぐえぐ」ぐずる坊やを抱っこで寝かせて、そっと寝台に降ろした。これで二時間くらいは大丈夫なはず。


 で?

 話の続きを目線で促したら、元夫は坊やとの戦いでよれた身形(みなり)を整えてから背筋を伸ばした。


「私の天恵について、君にはあまり詳しく話していなかったが、どんなものだと思っている?」


 天恵(スキル)

 この世界には魔法がある。すげー普通にある。

 でも魔力がないと使えないし、使えても相性が悪い属性の魔法は使えない。魔力も属性も生まれ持ったものだ。

 その魔力とは別に、不思議な力を持って生まれる人がいる。

 その不思議な力が天恵。

 魔法と違うのは、魔力の有る無しが関係ないこと。また、ざっくり属性で分けられる魔法と違い、天恵は一つとして同じものはないと言われるくらい千差万別である。

 火の魔法は誰が出しても『火』だけど、天恵は唯一無二な力ばかり。

 もちろん天恵を持たない人もいるし、何かしらの天恵があっても、気が付かないで終わる人もいる。


 私?

 私は多分、(前世)の記憶を覚えていることが天恵だと思っている。他に特殊能力は無いしね。


 元夫の天恵かあ。あれでしょ?


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