表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/6

さん 出産とニコニコ家族計画

 

 結果を先に言おう。

 私は戦略的撤退をすることが出来なかった。


 勇んで階段を降りようとしたところで、身体の中で何かが弾けた。

 そしてビシャッと勢いよく何かが出てきた。

 まだ出てはいけないところから、出てはいけないものが出てきてしまったことだけは分かった。(混乱)


 破水したのだ。


 そのまま定期的に陣痛がやって来て、元夫が浮気をしている定宿で、私は出産した。


 護衛騎士に拉致されて来た町の産婆さんは、初産にしては安産だと言って笑っていたが、私は精も根も尽きていて、乾いた笑いしか出なかった。


 これ、難産だったら死んでしまうわ……。


 出産は命懸け。言葉だけは聞いたことがあっても、なめてた。ガチで本当のことだと心底思った。


 ふあふあと泣く我が子は、やや月足らずで小さめの子ではあったが、元気に泣いて頭が真ん丸で玉のような男の子だ。金のタマタマが普通にタマタマで、なぜか感動してしまった。


 どんな皮肉と巡り合わせなのだろうか。

 夫婦として終わった日に、二人の血を引く命が誕生したのだ。


 出産という命懸けの事業は、私の価値観を根こそぎ薙ぎ倒し、一瞬で粉砕した。もはや跡形もない。


 そして、生まれた子を腕に抱いた時、自分のすべてはこの子の未来のためにあると、ストンと胸に収まった。


 この子のためなら何でも出来る。

 誇張じゃなくて、何でも、だ。


 この子のためなら、元夫の(スネ)をしゃぶり尽くし、離婚となった時には、この子の親権と養育費をきっちりぶん取る。

 そのためには、この国で『女』として扱われようが、蔑ろにされようが、領地経営に携わらせてもらえなかろうが、そんなことは些末なことだ。


 腹は決まった。

 まあ、既に私の中で旦那様は元夫だけどな!


 会社(前世)のシングルマザーのお姉様方が(したた)かだったわけだ。


 子がいる母は、強い。

 強くなければ負けるから、強くならざるを得なかったんだ。


 さあ、私の坊や。

 お家に帰ろうか。


 前世のように一週間くらい入院して安静にするという概念はこの国にはない。


 女性は家で出産するのが普通だから、準備してきた色んな物は家にある。侍女がおしめやおくるみなど、とりあえず一通り持って来てくれたけど、早く家でこの子を落ち着かせたい。


 私は翌朝、生まれた子を抱き締めて、侍女に支えられながら歩いて子爵邸に帰った。そんな遠くないし、意地だし。


 私の後ろをオロオロしながらついて来た元夫なんぞ、知らんがな。


 私の陣痛中に他の女に触っていた手で坊やに触るなんてとんでもない。


 ブツブツとツブツブと「誤解だ」とか「話を聞いて」とか「馬車を呼ぶ」とか「こっち見て」とか、しまいには坊やを抱いている私ごと抱え上げようとして、騎士に阻止されていた。元夫は肉体派(ムキムキ)じゃないもんな。落とされるだけだわ。


 その後は「お願いだから」と泣き出した元夫に微笑んで、歩き続けた。無視はしていないですう。


 子爵邸に着くと、今まさに私を迎えに出ようとしていた侍医に「あなたは馬鹿か!?」とガチで怒られ寝台に閉じ込められたが、私はやりきった感で満足だ。


 改めて坊やを診察した侍医からも、小さく生まれただけで問題ないだろうと健康にお墨付きをいただいた。


 お(ちち)をふくませると「んくんく」と飲み、背中をトントンすると「かふぅっ」とげっぷをする坊や。


 三世一(さんぜいち)可愛い。


 扉のノックが聞こえたような気がしたが、身体の疲労は限界で、坊やを潰さないように横向きに寝ながら、私の意識は微睡(まどろみ)に溶けていった。


 しばらくして、ふやあふやあと坊やの泣き声が聞こえ、意識が浮上した。

 深く寝入ってしまった。

 坊やはお乳だろうかおしめだろうか。

 そう思いながら隣に寝ているはずの坊やに手を伸ばしたが、冷たいシーツがあるばかりで。


 寝ぼけていた視界が危機感でクリアになる。


 バッと身を起こし、坊やを探すと、元夫が泣く坊やを抱いてあやしていた。


 侍女に「あれだけ抱っこの練習(イメトレ)をされていたのに情けない」と言われながら、坊やを抱っこしてユラユラ揺らしている……ようで、小刻みに震えている。そのガクブルに坊やはびびって泣いているのでは?


 私が起きたのに気が付いた侍女が、元夫から坊やを奪い、元夫の背を押した。容赦なく押した。あれは既に打ち払ったと言っていい一押しだった。


 つんのめった元夫に鼻息でトドメを刺した侍女は、坊やのおしめを替えてきますと言って部屋を出て行った。


 残される元夫婦。

 気まずう。


「……これを」


 元夫がおずおずと紙束を差し出してきた。


 何だ? 離婚協議か? 子を産んだばかりの妻に? ……はん?


 やさぐれながら目で文字を追っていく。

 タイトルは『ノーディン子爵家の今後三十年の展開について』という、いかにも元夫が作る書類だ。


 子爵結婚、ハイハイ私と。

 第一子懐妊と出産。現在ここ。三十年は私が妊娠したところが起点になっているわね。


 ん?

 第一子誕生の欄に備考がある。


『母体の回復を最優先とし、次の妊娠に備える』


 んん?


 疑問に思いながら読み進めると、第一子誕生後二年以内に第二子、母体の回復状況に注視しながら、更に第三子、第四子……第七子まで計画されている。


 何人産ませる気!?

 はっ、私以外に産ませる気か……?

 でも……離婚予定日は、書いてないわね?


 混乱しながら更に読み進めると、子が増えるにあたっての子爵家の財産状況の変化が事細かに分析され、支出増に対する赤字部分の対策が書かれていた。

 災害等の不測の事態が起こった時の被害予想と対策、万が一、途中でどちらかが死んだ場合まで想定されていた。

 もはや本と言っても良い内容量のこの書類は、末子(予定)の第七子が成人するまで計画され、最後に、夫婦二人が同じ墓に入って終了となっていた。


 FP一級かよ……。


 それぞれの子が男の子だった場合と女の子だった場合も考えられていた。


 長男以外の男の子の場合は継ぐ爵位がないため、手に職をつけさせなければならない。そのための家庭教師や貴族学校の学費、留学代まで計画されていた。


 女の子の場合はドレス代や嫁ぐ際の持参金が子爵家を圧迫すると予想し、もし七人全員女の子だったら、子爵位を売ってしまうことまで検討されていた。


 そして『全員嫁にいかない』という項目まであり、小さな字で『それもまたよし』と。おい。


 逆に全員男だった場合は、嫁をもらう場合と婿にいく場合で、一人にかかるお金を計算していた。独身の場合は『自立しろ』と一言。……同性には厳しいのね?


 子どもたちの欄に共通して書いてあるのは、母である私を大切にすること。


 性別があるのは担う役割が違うから与えられたものであって、優劣ではないと。

 命を懸けてこの世に産み出してくれた母を大切にすることは、子として忘れてはならないことだと。


 肩の力が抜けてしまった。

 ()の当たり前がここにはあった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ