いち 夫の浮気
誤字を訂正しました。
誤字報告、ありがとうございますm(_ _)m。
私はソフィア・ノーディン。
田舎男爵の次女として生まれた私が、やや嫁き遅れと言われる歳で、四つ隣の領の子爵と結婚したのは昨年のこと。
領地間には、高くもないけど低くもない山々があり、こちらにも山向こうにも街道はあるため、山を越える必要もあまりなく、交流がない家同士だった。
お互い結婚から縁遠かったことで縁が結ばれ、ただいま第一子を妊娠中である。
悪阻により、妊娠前は気にならなかった匂いで気持ちが悪くなり、食べ物も好みが全く変わってしまった。
旦那様との寝室も別にして、ひたすら食べては吐いて、こんこんと眠る日々を送り、今度は食べ悪阻に見舞われている。
はち切れそうなお腹は全部赤ちゃんだと思いたい。
そんな中、夫の行動が怪しい……と、お友達から手紙が来た。貴族的な遠回し文だったが、要約するとこうだ。
お前の旦那、浮気してんぞwww。
こういう手紙を送ってきて引っ掻き回して楽しむ人が『友達』かどうかはさておき。
執事に調べさせたら、すぐに噂と目撃証言をまとめてきた。
旦那様って館で人望ないのかしら……と思わないでもないけれど、優秀な人は好きよ。
町の連れ込み宿に平民を装って女性と訪れている旦那様を見た……的な証言が複数あるということは、定期的に訪れているということ。
妊娠中の夫の浮気疑惑……いえ、浮気断定ね。
確かに私たちは政略というかお見合いというか、結婚に縁遠かった二人が、まあ、ちょうど良いか? 位の気持ちで結婚誓約書にサインしたから、恋愛結婚ではない。
それでも確かに情は生まれて、妊娠したと分かった時にはお互い喜び合ったのに。
それが、浮気、ですか……。
そもそも、浮気するようなマメさというか気概があれば、旦那様はもっと早く結婚出来たでしょうに。
まあ、使用人たちの話を継ぎ合わせると、時々女性を館に呼んでいたようだけど、むしろそれを聞いて安心したというか、健康な男性は当たり前というか。
ただ、女性に目を向けずに仕事一辺倒だった旦那様だったからこその晩婚。
そう、歳の差婚の私たちは、旦那様が三十五歳、私が十九歳での結婚だった。
貴族としてはなくはない歳の差だけれども、特に政略的な繋がりが必要な家同士ではなかったことと、十五歳で成人としてみられ、二十歳くらいまでに大体の者が結婚するこの国の貴族においては、田舎社交界をザワつかせるくらいには異色でした。
祝福してくれたけどね。
私が縁遠かった理由?
まあ、なんというか、この国の男に夢も希望もないというか、現実主義、いや、逆に夢見がちなのか?
子どもの頃は父親の所有物で、結婚したら夫の、夫に先立たれたら息子の、息子がいなければ実家のモノであるという考えが、この国の『女性』の立場なわけで。
黙って男性の三歩後ろを歩き、浮気されようが金を使い込まれようが、すべて男性の言うことを聞くのが『良い女』であることが、この国の文化や倫理観。
ちなみにそんな感じなのに、法律で重婚は禁止されている。
ないわ~。
男にとってただの都合の良い女を淑女教育という名の洗脳で量産して、言うこと聞かせてイキがっている男の妻?
こちとら自立してきっちり納税して貯金もしっかり老後を見据えてコツコツとしていた三十路やぞ?
取引先と時には静かなる交渉の先陣を切る立場を生き抜いてきたんだぞ?
仕事が好き過ぎて結婚には至らなかったけど、男性とお付き合いしている時はお互いを尊重していたよ?
……ちょっとその入れ替わりのサイクルが短い時代があっただけで、重なってたことは一度もない、一途だぞ?
馴染むわけないわ~。
ムリムリ~。
ああ、途中は私の前世の話でした。今は無職・二十歳のしがない男爵家の次女です。いや、妊娠中の子爵夫人でした。
浮気されてっけどね!
お察しの通り、この国とは違う価値観の人格を持つ私が、その辺の男性と馬が合うはずもなく、貴族女性の適齢期ギリギリである二十歳目前になって、前述の通りぬるっと結婚したというワケ。
幸い、我が家の両親は、田舎だからか元々の気質だからか、そんな風習にはあまり染まっておらず、父はやや亭主関白? 程度で、母を大事にしている。
だが、兄がひどい。そんな両親に育てられたのに、見事なまでに『この国の男』である。
奴にとって母と妹とは守るべき大切な家族ではなく、遥か格下の下僕である。もしかしたら同じ人間とすら思っていないかもしれない。
兄が母と私にひどい態度を取ると、絶対権力者である父に叱られるので、最近の兄は父の前や表立っては良い子だが、父から見えない所ではひどいことひどいこと。一言で表すと『更正不能』だ。魂レベルで屑である。
この国は当たり前のように女性に家督の継承権がない。つまりはどう足掻いても兄が家を継ぐ。兄が男児をもうけずに死んでしまった時にだけ、特例として姉か私の旦那様が男爵家を継げる。その跡継ぎは息子で、女性は血を繋ぐだけ。はんっ。
それもあって、家を出られるこの結婚は私にとって渡りに船だった。
電車を降りる際、乗り換え電車が向かいのホームにスーッとやって来たかのようなラッキー感だった。乗らない手はない。
この国の女性だって外で全く仕事をしていないわけではないが、仕事に貴賤がバッチリあって、職種がとても限られている。
貴族女性は王宮や高位貴族の家での侍女や家庭教師、経産婦であれば乳母がいいところ。ギリギリセーフで女学校の講師などがあるくらいで、ものすごく限られている。
平民の女性はもう少し生活に根差した仕事が増えるが、裏方が多い。表舞台と良いトコ取りは男性だ。
そんな中、旦那様は私を領地経営に携わらせてくれている。
子爵夫人としてというよりも、ソフィアとして持つ能力を活かせる仕事を与えてくれたのだ。
これは異例中の異例である。
貴族の夫人が家政を家令と共に取り仕切ることは多々あっても、領地経営に携わるのは醜聞でもある。所謂『女の癖に』だ。
前世からのワーカホリックを自認している私が、旦那様を慕わずにはいられようか。的確に自分を使ってくれる上司に出会えることは、労働者としては奇跡なのである。
あ、夫婦だった。
夫婦だからもちろん寝室を共にしているよ? 別にあちらの相性も悪くないし、すごく丁寧で、意外に体力がある。
あらやだ、はしたない。ほほほ。
まあ、恋愛結婚ではなかったが、確かに情も絆もきちんとあった、という話なのに。
それが、浮気。
所詮、旦那様もこの国の男だったということか。
仕事が好き過ぎる……という分かりみしかない同士だと思っていたのに、ものすごい裏切られた感だ。異性に現を抜かしているそんな時間があったら企画書を書きたい。そう語り合っていたのに。
ともあれ、男という生き物は「あんた浮気してるでしょ?」と問い詰めたところで、認める遺伝子を持っていないのは過去の経験から理解している。
ここは現場を押さえるしかない。
現場を押さえてどうするかって?
古今東西、悪い子には尻叩きの刑だよ!!




