S-W ライト・ミドガルズのストレートに甘く温かく熱く蕩ける日々
ホワイトデー番外編です。
【ミスティアナ編】
「ミスティ、今日はホワイトデーですよ」
バレンタインから一ヶ月後、ライトはミスティアナにそう言う。
無表情ながらも、彼女の口角は明らかに上がっており、喜びや嬉しさを隠せていない。
「マスター、ということは……」
「ふふっ、当然お返しを準備してます」
「ま、マスターッ!」
「おわっ」
ソファーで隣に座っていた彼女が軽く跳ぶように、抱き着いてくる。
感情表現が苦手な彼女は、こうして身体と行動で、それを表すことが多かった。
これに関しては、今でこそ慣れたのだが、当初は安心感や嬉しさをよりも恥ずかしさが上回っていた。
彼女を正面から抱き締め返せるようになったのも、一つの成長だろう。
「ぅう……マスター…好きです」
「僕もですよ」
ライトの身体に顔を押し付けて隠しながら、仄かに耳を朱くして、ミスティアナは真っ直ぐな好意を伝えてくる。
そんな彼女を優しく、繊細な手つきで撫でながら言葉を返す。
最高の時間だが、これを続けていては話が進まないので、彼はゆっくりと彼女を離し、自身の顔の方へ向けさせる。
動揺からか、揺れる瞳がぶつかる。
恥ずかしいだろうにそれでも目を逸らさない彼女は、それだけでとても愛おしく思えた。
思わず、唇を重ねてしまう。
と言っても、唇を触れさせるだけの軽いものだが。
「焦らしても悪いですからね。はい、お返しですよ、ミスティ」
「ありがとうございますっ、マスター」
ライトが手渡したのは、掌に丁度良く乗る、黒い箱。
ミスティアナは、それをガラス細工でも触るかのように慎重に受け取る。
「開けても、良いですか?」
「当然ですよ」
「では、失礼します……これは…」
箱の中には、白い、細かな金の装飾がされた十字架のネックレスがあった。
彼女は、それをゆっくりと持ち上げ、取り出す。
チェーン特有の細かな金属がぶつあり合う音がする。
十字架の裏面には、『To you sweetheart』と刻まれている。
「……ます、たー……ありがとう、ございます。わたし、私……大切に、します。一生涯、真にこの身が終わるその時まで、肌身離さず、片時も外すことなく、マスターの信愛を、慈愛を、性愛を、偏愛を、寵愛を、鍾愛を、篤愛を、至愛を、切愛を、渇愛を、そして純愛を、それら全ての愛を受け、共に在り続けます。マスター、いえ、ライト様…私は、貴方を愛しています」
「はい、僕もですよ」
(……けど、そこまでじゃなくても良いと思います。お風呂の時とか、寝ている時とか、外さないと危ない場面もありますから。そう言えば、前もこんなことありましたね)
彼女の重すぎる愛、重愛とでも言うべきそれを既に慣れ切っているライトは、さらりと受け流す、訳ではなく受け止めた。
彼にとっては、常人なら疲れ、耐えられないだろうものであっても、愛しい贈り物なのである。
あと、気にすべきところが絶対に違うと思うかもしれないが、これが彼の通常であり彼なりの心配だ。
「マスター、コレ、着けてくださいますか?」
「いいですよ」
手からネックレスを受け取り、留め具を先に外してから両手で左右を持ち、彼女の首へと回す。
この手の作業は普通後ろに移動してからするものなのだが、思考からすっぽり抜けているのか、将又離れたくないのか、正面から行っている為、抱き合う形になっている。
「マスターは、温かいですね」
「そうですか?別に特段体温は高くないと思いますけど」
「ふふっ、そういう意味ではありません」
「では、どういう――っと、着けれました」
会話の途中で、ライトはネックレスを着け終えた。
少しだけ離れて、少しだけ変わった彼女を見る。
「その、似合ってますか?」
「はい、とっても似合ってますよ」
ニコニコと嬉しそうなミスティアナを、同じような笑顔を見るライト。
そうして少しして、感慨深げに彼女の首元を見ながら口を開く。
ツーっと優しく、その白い首筋に指を這わせる。
くすぐったかったのか、彼女の身体が少し跳ねた。
「実は、ネックレスを送ったのは、その意味もありますけど、関係なく送ろうとも思ってたんですよ」
「ん?どういうことですか?」
「ミスティとの『前の契約』を解消した時、当然奴隷じゃなくなった訳ですから首輪も外しましたよね」
「……はい」
歯切れが悪い返事が返って来た。
理由は分かり切っている、その時の言動を思い出しているからだ。
大変困ったのも、彼の記憶に強く残っている。
「『マスターの所有物である証、支配されている証だから、ずっと着けていたい』と、駄々を捏ねていたのは、僕もしっかり覚えていますよ」
「ま、マスターッ、止めて下さい……恥ずかしいです」
「あの時は、キスで黙らせて落ち着かせましたけど、首輪だと色々と問題が出るので、代わりになりそうな物を探してたんですよ」
自分の物でいたいから、首輪を外させないように抵抗するという、少し問題がありそうなことを言う彼女が、愛おしすぎてキスをしたのであって、落ち着かせることは考えていなかったことを、此処に記す。
何はともあれ、彼は首輪の代わりとして、ネックレス等の首に着ける良いアクセサリーを探していたのだ。
「そうしたら、この間バレンタインデーで、ミスティがチョコをくれたので、お返しに丁度良いと考えて本格的にネックレスを探したんですよ」
「それでは、これは何処で?」
「ローズさんにお願いして、作って貰いました。素材は"神創金属なので、壊れませんし、値は張りましたけど、ミスティにあげるに相応しい物になったと思ってます」
実際に結構苦労したので、その分彼女も喜んでくれていると理解できたので、胸の内が温かくなり安心した。
その刹那、ライトは少しだけ彼女から目を逸らした。
(もし、そのネックレスに、ミスティと同じ"300億"も掛けたと知ったら、ミスティは怒るでしょうか……)
そう、苦労したのだ。主に金銭面で、素材を集め、各地で売り回るのに時間が凄く掛かった。
当然一つの場所で大量に売っても、その分の現金が直ぐある訳でもないので、複数箇所回る必要があったのである。
だが、そんな苦労も、愛おしい彼女の前ではちっぽけな物。
しかし、色々と勝手に使ってしまったので、その点だけは心配なのだ。
「どうかされましたか?マスター」
「いえ、何でもないですよ」
「……えいっ」
「――おわっ!?」
ミスティアナに、押し倒された。背中に、ぽふりとソファーの感触が返って来る。
何処か覚えのある状況に、彼は彼女を見た。
目の前で、十字架のネックレスが揺れる。
「今は、今は私だけを見て下さい、マスター」
「ハハッ、分かったよ……ミスティ」
彼女の瞳に、黒いハートが見えた気がしたが、気のせいだろう。
目の前には、彼女の顔が。
ミスティアナの身体がライトの上に落ち、感触が伝わる。
「少しの間、このままで」
「いいですよ」
優し気な、愛しい声が耳に響く。
「……マスター、好きです」
「僕もですよ」
同じようなことを互いに囁き合い、甘い時間の二人は過ごした。
◆◇◆
【トア編】
「さあっ!トアさんっ!温泉行きましょう!!」
冒険者の少ない昼時、受付に呼び出されたトアは、そんなことを言うライトに苦笑いを向ける。
そんな支離滅裂なことを大声で言っても、誰も彼に注意をしようとはしない。
理由は、彼がその言動が許されるだけの強さと立場であるということを皆理解しているからだ。
「きゅ、急にどうしたのライちゃん」
「ホワイトデーのお返しです。昨日はミスティにお返しをしたので、今日はトアさんです!」
「可笑しいな、ホワイトデーって一日だけな筈なんだけどな……」
「そんなことはどうでも良いんですっ!行きますよ!温泉!」
困惑するトアに対して、グイグイとライトは行く。
昨日は、ミスティアナと、騒動の無い良い時間を過ごせたお陰かテンションが高かった。
彼は、横の受付で作業していたナイアに視線を向ける。
「ナイアさん、ギルマスにトアさん一日借りますって連絡入れて下さい」
「はい、分かりましたよ、ライト君」
「ちょ、ナイアッ!?」
「良いじゃないですか、副マス、最近働き詰めでしたし、息抜きに丁度良いと私は思いますよ?」
「それはそうなんだけど……」
幾らライトと言えども、勝手に連れて行くと唯の誘拐なので連絡を頼んだ。
彼はトアが言い淀むと同時にお姫様抱っこをする。
「それじゃあ、行ってきます!」
「ああっ、ライちゃんっ!?」
「いってらっしゃい、ライト君、トア副マス」
ナイアに見送られながら、ライト達はギルドを飛び出して行った。
◆◇◆
「と、いうことで到着しました、温泉です」
「りょ、旅館とかではなく、天然……然も露天の岩風呂……これはちょっと予想外だった」
時間を掛けずに来たのは、魔界の南部『炎海』にあるマッグロックマウンテン、通称"マグロテン"の麓にある温泉が湧き出る場所。
通常は、魔物が強く中々辿り着くことの出来ない、俗に秘湯を呼ばれている場所でもある。
火山の麓ではあるが、そこまで熱い訳ではなく浴室くらい。
尤も、それでもヨルの服を着て居なければじっとりと汗を掻いていたことだろう。
隣を見れば、困惑はしているが、全く汗を掻いていないとトア。
彼女は、種族的に熱に強いので当然だ。
「良い所でしょう?」
「まあ、そうだねぇ~けど、魔物とかは大丈夫なの?」
「僕とトアさんなら、どんな魔物が現れても大丈夫だと思いますけど、今日はゆっくり楽しみたいので、既に遮断結界を張っていますよ」
「用意周到、そこまでされちゃあ私も断れないね。ま、此処に来た時点で同意したのと同じだけどさ。実際、最近何でか『迷いの大森林』が活性化してて、調査依頼を出したんだけど、それの情報の仕分けとか管理で忙しくて、くたくただったんだよね」
こちらを向いた彼女の顔には疲労が見えた。
その顔を見たライトは、笑みを浮かべる。
「じゃあ、その疲れを今日は取りましょう!」
「うん、そうしよっかぁ」
「では、入りましょう」
「……」
「何でこっち見てるんですか?入りましょうよ」
入ろうと言ったライトを、彼女は何かしらの意図の有る視線で見る。
問題があったのは、彼の方だ。
「別に私は良いけどさぁ、ライちゃんはその服のまま温泉に入るの?仮に服を脱ぐとしても、私が服を脱ぐとこ、見たいの?」
「っ!?すみませんっ、配慮に欠けてました。それでは僕は五分後に戻ってくるので、それまでにお願いしますっ」
つらつらとそう言い残し、ライトが消える。恐らく転移したのだろう。
はぁ、と息を吐くトア。しかし、別に呆れているわけではない。
証拠に、彼女は笑みを浮かべていた。
「全く、いつまで経っても、抜けてるところは変わらないねぇ~……本当、可愛い」
誰に伝えるでもなく呟きながら、彼女は服を脱ぎ始めた。
五分後、ライトは戻って来た。
当然、コートなどは脱いでおりタオルを巻いて隠すべき場所は隠している。
「ライちゃ~ん、こっちだよ~」
「先に入ってるんですか、今行きます」
声がした方を向くと、お誂え向きに円形の形をした温泉に浸かっているトアが居た。
長い紅蓮の髪を如何するのかと気になっていたが、綺麗にお団子状に纏められており、その姿はかなり新鮮に映る。
足早にそちらへ移動し、そっと温泉の中に入る。
近付いて気付いた彼女の姿に、ライトは首を傾げた。
「それ、何ですか?」
「それって…ああ、湯浴み着のこと?」
「湯浴み着、ですか。はい、それのことです」
彼女は、薄い赤色の小さなワンピースのようなものを着ていたのだ。
てっきりバスタオルでも巻くのかと思っていた、上に湯浴み着というものを知らなかった彼は、少し驚いたのだ。
「これは、お風呂に入る時用の服だよ。場所によっては使っちゃいけない所もあるけどねぇ~。簡単に言えば、水着の亜種みたいな?」
「ふ~む、取り敢えずそれで納得します。そこまで重要なことでもありませんし」
疑問を解消した彼は、深くその乳白色の湯に肩まで身体を浸からせる。
あぁ~と、声が漏れてしまう。その反応に、トアはくすりと笑う。
可笑しな反応でもない筈なのだが、それを気付かれたのが妙な気恥ずかしさを彼に与える。
「んんっ、此処からが本番ですよ」
「本番?どういうこと?」
「トアさん、今日僕は何で来たって言いましたっけ」
「それは…ホワイトデーを過ぎたけどお返しにって、だよね?」
「はい、そうです」
頭の上にハテナマークを浮かべる彼女を他所に、ライトは木製の桶を取り出す。
プカプカとそれはお湯の上に浮く。
「何で桶、出したの?」
「それは、こういうことですっ」
その言葉と同時に、桶の中に白いお皿に納まった一緒に大量のマカロンが現れる。
様々な色のマカロンが、それは山のように積まれていた。
トアは、それを見て何かを察したようだ。
「これが、僕のお返しです」
「……じゃあ、温泉は?」
「ただトアさんを労おうとした結果です」
(温泉に…マカロン?……いや、嬉しいし、凄く有難いし、文句も無いんだけど……ミスマッチ感が否めないよ、ライちゃん)
湯にプカプカ浮かぶ桶の中に置かれたそのマカロンこそが、彼のホワイトデーの返しであった。
彼女は、嬉しくもあるのだがそのズレている感じが、素直に喜ぶことを邪魔してきていて困ってしまう。
(せめて、お酒なら納得も出来たけど……)
「ああ、お酒、和酒もありますよ」
「でもつまみはマカロンなんだよね?」
「はい、当然です」
「ぷふっ、本当にライちゃんは可愛いね」
「えぇっ!?」
やはり、少しズレているライトに、トアは思わず笑みを漏らす。
急に笑われた彼は驚く、だが別に悪く思われている訳ではないようなので、落ち着いた。
「ありがとうね、ライちゃん」
「何がですか?」
「こうやって、私を気遣ってくれて、思いを返してくれて、さ」
「気にする必要なんて、ありませんよ。全部僕がやりたくてやってることなんですから」
「そっか……」
欠片の迷いも無く言う彼に、彼女は優しい笑みを浮かべる。
その頬は、温泉のせいか知らないが、色付いているように見えた。
「それじゃ、一緒に食べよっか。当然、お酌はしてくれるんだよね?」
「勿論です」
ライトの思惑通り、ゆっくりとした温かい時間の二人は過ごした。
◆◇◆
【ソヨ編】
ある一室にて、ライトとソヨは向かい合っていた。
机の上には、白と黒の石を使う8×8マスで色が多い方が勝ちという、リバーシの名を持つボードゲームがあった。
そして、盤面は『全て白色』である。
「――負けました……」
「ふふ~、"また"私の勝ちだね」
ドンッと机に額をぶつけるライト。対照的に勝ち誇るソヨ。
綺麗に対照的だからこそ、その構図の面白さが際立つ。
「何で、何で何で何でっ!?ありとあらゆることで負けるんですけどっ!?」
「仕方ないよ、ライくん。だって私、神だしさ、流石の普通状態のライくんには負けないね」
「くぅ、スポーツからボードゲームまで、全てに於いて負けてます……戦闘じゃなくて良かったです」
しみじみとライトは、そう呟く。
現在、諸々込みで47戦0勝47敗という、最早感動すら覚える完敗を見せている彼。
落ち着いて過ごす、ということで戦闘はしないことに決めているのだが、それが功を奏したと心の底から思っている。
戦闘ならば、絶対に勝たねばならなくなるからだ。
「それじゃあ、次は何する?」
「ふむむ……少し休みましょうか」
「良いね、私も今言おうかなって思ってた」
「では、ソヨさんの隣に」
殆ど休まず遊んでいたので、休憩を取ることにした。
挟んでいたテーブルを避けて移動し、ソヨの隣にライトは座る。
すると、彼女がもたれかかってくる。
「はぁ~やっぱライくんの体温は安心するなぁ」
「何をそんな動物みたいなことを」
「私兎だし、間違ってないよ」
そもそもだが、何故こんなことをしているかと言うと。
今日も今日とて、ホワイトデーのお返しである。
そのこと自体は彼女に伝えておらず、久しぶりに一緒に遊ぼうと言って、一日予定を空けてもらったのだ。
昨日中に、数日分の仕事を一気に終わらせてきてくれたらしく、申し訳なく思いつつ、その行いに対して全力で遊ぶことで応えることにした……全部、負けているが。
彼女がもたれかかってきたせいか、ライトの顔に、かまってぇ~という感じに美しいモフモフの兎耳が主張してくる。
誘惑とも取れるその主張に負けて、彼は優しく兎耳に触れた。
「――ひぇあっ!?」
刹那、ソヨの身体が大きく跳ねた。
顔がこちらを向き、若干赤みを帯びた瞳を向けられる。
「ちょっとライくん、許可なく女の子の身体に触れるのは、流石に感心しないなぁ……」
「っ、いやっ……すみません」
「ま、別に良いけどね。ライくんだし、けど良くなかったのは事実。代わりにぃ……もっとしてくれる?」
「……仰せのままに」
自分に非があるのは、明白だったので大人しく従う。
兎耳の表面を焦らすように、触れるか触れないかのギリギリに指を滑らせる。
その動作に合わせて、ピクピクッと兎耳が動き、とても可愛らしい。
思わず笑みが零れる。
「もう、しっかりやって。嫌いじゃないけど、今はもっと激しくしてほしい気分だからさ」
「ふふっ、すみません、ではしっかりやります」
しっかり、と注文が入ってしまったので、お遊びは止めにした。
耳という器官は、人族と同じように寧ろ獣人にとっては他種族よりも重要な器官であるが故に、慎重に扱わなければならない。
既に慣れているライトにとっては、朝飯前である。
尚、するのは普通の耳のマッサージだ、如何わしいことではない。
兎耳を先の方から、ゆっくりと力を籠めすぎずに揉む。
「んっ、ライくんは、やっぱり分かってるね」
「まぁ、これも結構してますし……この"瞳"のお蔭もありますけど」
「そういえばっ、初めて会った日も、こうやってではっ無かったけど、耳触らせてあげたっ、け?」
「ん~と、確かそうですね……懐かしいです、まだ唯の冒険者として活動してた時ですよ」
繊細に指を動かしながら、ソヨの口から出た言葉をもとに、昔を思い出す。
今ではかなり前になってしまった未熟な自分を思い出すと、改めて自身の成長と無茶を実感できて面白い。
「あの時はまだ、ミスティを買う前でしたっけね?ソヨさんが居なかったら、買えてませんでしたし、運命の出会いとも言えますよね」
「そんなことっ、無いよ。トアとライくんが会ってた時点で、多分あれはっ、決まってったっ、ライくんっそこ良いっ」
「てことは、ソヨさんやっぱり昨日は資料仕事ばっかりしてたんですね?」
「くふふっ、これだけでっ、そこまで知られるっと、ちょっと恥ずかしいかもっ」
雑談を交えながら、彼女の兎耳を揉み解す。
そこで、ライトは気付くのだが、ソヨの耳は本物の兎の耳に比べて結構厚いということに。
今まで、どうして気付かなかったのか、と彼の脳に電流が走る。
(本来兎の耳って、かなり薄くありませんでしたっけ?確か、光にかざせば軽く血管が見えるくらいには……じゃあソヨさんって、本当に兎なのか?……いや、神獣だし、神様だし、依り代だし、違って当然ですかね)
結局の処、ソヨはそういう存在なのだろうと己を納得させた。
しかし、今度はこの近くに住んでいる兎獣人へと思考が移ってしまう。
(じゃあ、ルトさんとかリルカさんの耳はどう――あてっ」
「もう、手が止まってる。目の前に女の子が居るなら、その相手のことだけ考えなきゃ、駄目だよ?ライくん、そんなじゃミスティアナちゃんにも、ヨルちゃんにも愛想尽かされちゃうかも」
「何で考えていることが……いや、すみません。僕が悪かったですね、今後は気を付けます」
「別に良いよ~それにもう十分、ありがとね。気持ち良かった」
二コリと笑みを向けて来た、ソヨが少しだけ離れる。
呆れられてしまったか?とライトは、少し凹むが良いタイミングだと殆ど忘れかけていた今日の目的を思い出す。
とんとんと彼女の肩を軽く叩く。
「ん?どしたの?ライくん、ゲームの続きする?」
「いえ、そういう訳ではなく、今日呼んだ本題の話をしようかと」
「あれ?単純に遊びたかったからじゃないの?」
「まあ、偶にはそういうのだけでも良いかもしれませんけど、ちゃんと別の理由があるんですよ」
「へぇ、じゃその理由って?」
「それは――これです」
ライトの手の上に、白い四角い皿が現れる。
それの上には、貝殻型の焼き菓子――マドレーヌがあった。
ソヨの顔に驚きが浮かぶ。
「これ、って」
「はい、少し遅れてますけどホワイトデーのお返しですよ」
「そう、そういうことね……嬉しいよ、ライくん」
「喜んで頂けたようで何よりです」
驚いていながらも、その顔には明確な喜びが出ていた。
少しすると、苦笑のような、少し困ったような、そんな思いが見える顔を向けてきて、彼女は口を開いた。
「いやぁ、自分で渡しておきながら、すっかり忘れてたよ。そう言えば、ホワイトデーだったね」
「やっぱりですか、少し素振りでも見せるかと思っていたのに、何にもないので、そんなところだと思ってましたよ。忙しいですからね、仕方ないことです」
「にしても恥ずかしいね……ねぇ、これ手作り?」
「当然です、ソヨさんへの思いを籠めて作りましたよ」
「本当に、嬉しいこと言ってくれるよ、食べても良い?」
「はい…いえ、待って下さい」
「ん?どうして?」
そのまま、マドレーヌへと手を伸ばそうとしたソヨを止める。
思いついたことをライトは実行することにした。
悪い顔をして、マドレーヌを手に取り、彼女の方へと持って行く。
彼の思惑に気付いたのか、彼女の「してやられた」という心の声が聞こえてきそうだ。
「あ~ん」
「あ、あ~ん……」
「美味しいですか?」
「……うん、美味しいよ」
「それは良かったです。仕返しですから、文句は聞きませんよ」
顔を赤くするソヨ。
ライトがしたのは、バレンタインデーの仕返しである。
無条件にあ~ん、をされたので、仕返しをしたのだ。
彼は、知っている。これは、する方よりもされる方が恥ずかしいことを。
「まだ、食べますか?」
「……もうちょっと後で良いかな」
「そうですか、食べたくなったら、言って下さいね。またしてあげますから」
「っ~!?……ライくんの意地悪」
「聞こえませんね」
ニヤニヤするライトに、拗ねたような視線が向けられる。
知らぬ顔で受け流すとソヨが立ち上がった。
「ライくん、次は何しようか?」
「そうですね…ビリヤードでもどうですか?」
「良いね……揶揄った分の借りは返させてもらうよ。今度も勝たせてもらう」
「そう言われては、僕も負けられません……負けてしかいませんけど」
「ふふっ、じゃあ今日を目一杯楽しもっかっ!絶対に負けないから!」
「望むところです」
二人は、その後も笑顔を浮かべながら、熱い戦いを繰り広げた。
◆◇◆
【ヨルムンガンド編】
「ふぁ……朝、ですね」
窓から指す陽光で、いつも通りライトは目が覚める。
何だか、かなりぐっすり眠れた気がしていた。
「さて、今日も張り切って――」
身体を起こし立ち上がろうと動いた瞬間、ガシッと効果音が出そうな程のナイスタイミングで、ベッドの中で腕が掴まれた。
視線をそちらへと向けると、ベットの毛布が膨れていた。
それだけで、誰がいるのかライトは理解してしまう。
「何してるんですか、ヨル。僕昨日一人で寝た筈なんですけど」
「――今日は、我の番であろう?」
バッと毛布を剥ぐと、濃紺色のネグリジェを着たヨルが、やはり居た。
溜息を吐く。
「ヨルの番って何ですか?確かに今日一日をヨルに使う予定でしたけど、別にそれ伝えてませんでしたよね?」
「我だからな、隠せぬのは道理じゃ」
「意味が分かりませ……いつもでしたね」
毎度の如く、当事者たちには分からない筈の発言をするヨル。
そんな妄言のような言葉も長い付き合いのライトには、普通であり流した。
「でも朝からはしませんよ。ミスティだって朝食を――「ミスティは居らぬぞ」――え?」
「ミスティは居らぬ。今頃はリヴァイアと楽しくしているだろうな」
「ど、どうしてですかっ!?」
「どうしても何も、我が今日は空けて欲しいと頼んだからだが?ミスティは何も言わずに何処かに行ったりはせぬだろう?それはお主が一番理解している筈じゃ」
ぐぬぬ、とライトは唸り、先手を打たれた、と内心悔しがる。
彼は、既に問題が起きないような一日の計画を立てていた。
だが、それは朝食の後からだった。流石に朝っぱらから無茶な行動はしない、と高を括っていたのが悪手だったと悟る。
ヨルの先回りの行動一つで計画の前提が崩されてしまった。
「それでも、朝食をとってからです」
「むぅ~…仕方ないか」
(ふぅ、少しだけ猶予を得ました)
ホッと一息をつく。しかし、見通しが甘過ぎる。
「では、朝食後直ぐだな」
「…………」
敢えて、彼は答えなかった。意外にも、それについて小言は返って来ない。
沈黙は肯定だ、とでも強制されると思っていたのだが、拍子抜けだ。
「じゃ、行きましょうか」
「そうじゃな」
ゆっくりと、それぞれの思惑で二人は動き出す。
◆◇◆
大体一時間ほど、朝食を食べ終え片付けを済ませた。
ソファーに座る。
「ライトよ、何か飲むか?」
「はい、そうですね……紅茶を頼みます」
「いつも通りじゃな、分かった」
食後は、いつもこうしてヨルかミスティアナがライトの飲み物を準備する。
彼は、それに対して何も疑問を抱かなかった。
「――待って下さいっ!」
「む?」
訳ではなかった。今日の彼は勘が鋭かったようである。
ヨルが、"今日"準備する飲み物というのに引っ掛かりと疑惑を抱いただけだが。
「今日は自分で淹れようかと思いまして」
「いや、我が淹れよう。ライトの好みは既に分かっているからな」
「いえいえ、気にする必要はありませんから」
「食後でゆっくりしていたいだろう?ソファーに戻るがよい」
「何でそんなに固辞するんですか?何か、紅茶に入れる気でも?」
頭に過ったのは、紅茶に何かしらの薬を混ぜられる可能性。
そのような手を平気で使うことは、付き合いから当然知っている。……実際に、何度か同じようなことに引っ掛かったのもある。
「ちっ――そういう訳ではないが……」
「なら、問題無いですよね?」
「むむぅ~」
「はぁ、ではこうしましょう。ヨルの分は僕が淹れるので、ヨルはそのまま僕の分淹れて下さい」
「……成程、それで手を打つとしよう」
これは、牽制だ。
ライトがヨルの分を淹れるということは、お前の物に何かを入れると言っているのと同じ。
入れて欲しくないなら、そっちも入れるな、と暗に伝えている。
彼女もそれを理解したようで、大人しく引き下がった……かもしれない。
少なくとも見た目上はそう見えた。
「僕も始めますか」
(……まあ、僕は入れるんですけどね?)
この男、卑怯にして豪胆である。
相手に何かを入れないように言っておきながら、自分は入れるという裏切りにも等しい行為を平然とやってのけていた。
ポッドに紅茶の葉を入れ、そこへ熱々の湯を注ぐと同時に、巳蚓魑から取り出したとある薬剤を混ぜる。
別に毒薬とかではなく、唯の睡眠薬だ。語句の前に『超強力な』という文言は付くが。
粉状のモノなのだが、一摘み混ぜるだけで、あの何処かの神獣さえも即座に眠らせたという優れものだ。
彼は、それを迷いもなく"ティースプーン1杯分"紅茶に入れた。
この男、本気である。
しかし、本気でそれくらい入れなければヨルが寝ないだろうと思っている故の行動と思われる。
二ヒヒ、と企みに、ライトの口が歪んだ。
数分もしない内に、双方が紅茶を淹れ終わる。
ソファーで隣同士に座り、互いの前に互いの淹れた紅茶を置く。
少しだけ立ち上る湯気が、妙に不気味に感じた。
「それじゃあ、飲みましょうか」
「うむ、そうしよう」
双方が笑顔でそう言い、カップを手に取り顔へと近付ける――途中で同時に手を止める。
そして、同時に互いの顔を見た。
互いの顔に浮かぶのは、静かな怒り、能面のような笑みが表面に感情を出させていない。
(これやりましたね?ヨル)
(ライト、お主やったな?)
バチバチと視線が交じる。
彼らの辞書には、お互い様という言葉は載っていないようだ。
「ヨル、どうして手を止めてるんですか?飲んでは?」
「そういうライトこそ、止まっておるではないか」
「いえいえ少し手が疲れてしまいまして」(飲める訳が無いだろっ!ふざけるな!)
「そうかそうか、それは済まないな」(よくもぬけぬけとっ!さっさと飲め!)
「……」
「……」
「「……」」
重い沈黙が流れる。
互いが、この状況の打開策を考え、思考を巡らす。
何かを思い付いたのか、同時にカップへとあちらこちらに彷徨わせていた視線を戻した。
((この方法ならっ――))
双方が一気に紅茶に口を付け、それらを飲む。
すると、
「「――ごっ、ぶはっ!?」
刹那、互いの顔面がぶつかり合い、口に含んでいた紅茶を盛大に吹いてしまう。
二人が思いついたのは、口移しで相手に飲ませる、という方法だ。
だがしかし、隣同士に座っていた双方が同時にそれを行った為、それぞれの予想よりも顔の距離が急速に縮まった。
その結果が、顔がぶつかるというもの。
「痛っ!?ヨル、何するんですか!?」
「それは我のセリフじゃ!全く何をする!」
二人は、自分のことに精一杯で、互いに同じことをしようとしていたなんてことには、気付かなかった。
紅茶で濡れたソファーと互いが視界に映る。
「「…………」」
「……片付けましょうか」
「……そうじゃな」
一旦落ち着いた思考で、二人は片付けを始めた。
◆◇◆
片付けを終え、ライトの部屋に戻って来た二人。
「はぁ……散々ですね」
「その、済まかったな」
「お互い様です。僕も、同じことしてますしね」
完璧にクールダウンした彼らは、謝罪を行う。
責任の擦り付けまでは、しなかったらしい。
壁に掛かった時計がライトの目に入る。
「まあ、時間的に丁度良いですかね」
「何じゃ?何かあったのか?」
「ええ、当然ですよ」
そう言うと、彼は手に丁度納まるサイズの黒い箱を虚空から取り出す。
それを、ヨルの方に差し出した。
「ホワイトデーのお返しですよ」
「ほう、そういうことか」
嬉しそうな笑みで、彼女はその箱を受け取る。
「開けても良いか?」
「はい」
「遠慮なく、そうさせてもらおう……――っ!?」
箱の上蓋が蝶番通りに開く。
中には、
「ゆ、指輪?」
金色の指輪があった。
特に装飾はされていないシンプルな指輪だ。何かあるとすれば、表面にウロボロスの紋様が描かれているところくらいだ。
「この手の物は、まだヨルには渡してなかったなと思いまして、この期にと」
「……全く、ライトは……つけてくれるか?」
「ふふっ、分かりました」
彼女から、指輪を受け取り、その指輪を彼女の左手の薬指にはめる。
突如、視界が揺れた。押し倒されたと理解するのに、少し時間が必要だった。
「馬鹿者が、こんなものを我に渡すとはな……」
「あのっ、気に入りませんでしたかっ?」
「はぁ、逆だ馬鹿者、分かれ――」
熱く、唇が重ねられた。舌が絡められ、思考を塗り潰していく。
「今日は、まったりと楽しむ予定だったが、仕方が無い」
「ヨ、ル?ちょっと、何言って――」
何かを察した彼の抵抗空しく、この日は蕩けて終わってしまった。
後日、ヨルの手にはまった指輪にミスティアナが反応し、一悶着あることを今の彼らは知らない。
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