S-V ライト・ミドガルズが普通にチョコレートが食べられない日
バレンタイン番外編です。
【ミスティアナの場合】
「マスター、今日はバレンタインという祝日のようです」
「はい、そうですね」
「思い人に感謝や愛を菓子と共に伝える日だと、ヨル様が言っておりました」
ある日の早朝、ミスティアナがそんなことライトに言う。
即座に先を予想し、率直に感じた嬉しさと漠然と感じた嫌な予感が、最終的にヨルを恨むという行動に繋がる。
「菓子に最適なのは、チョコレートとなるものだとも聞きましたので、先程ヨル様から材料を提供して頂き、マスターを思ってチョコレートを作りました」
「ありがとう、ミスティ」
「これが、私のマスターへの思いです」
言葉と共に、彼女が手の平サイズの黒い箱を手渡してきた。
サイズの割に箱は軽く感じる。だが、箱の上面には金色の文字で、
『I will love you forever.』(訳:私は貴方を永遠に愛しています。)
と書かれており、サイズの割にかなり重い。
ライトは、黒い箱の蓋を上に引き抜くようにして、開封する。
(見た目は、綺麗なダークチョコレートというところですね。見た目は、ですけど)
蘇る、見た目だけクッキーの悪夢。
箱の中には、一粒の四角いチョコレートが入っていた。
表面には、蛇の巻き付いた王冠のマークと"Mystiana"という文字が精巧に彫られており、その技術の高さが窺えた。
(ミスティの作るものは、見た目だけは良いんですよね……)
不安と共に、そのチョコレートを手に取り、
「いただきます」
「どうぞ、マスター」
口の中へと運んだ。特段違和感のある硬さや食感は無い。
歯で砕くと、カカオの風味が広がり、ライトは顔を歪めないように耐え、咀嚼を続けた。
(うん、これ、チョコレートじゃなくてカカオマスですね。強いて言うならばカカオ分100%チョコレート)
一番最初に感じたのは苦味、というかずっと苦味と風味しか感じていない。
(砂糖などは恐らく一切入っていない。ただカカオニブを磨り潰して固めただけの物。甘さの欠片も無い。けど――)
「――うん、美味しいです」
「そうですか……」
前とは違い、今回は本当の意味で本心を口にしていた。
ミスティアナは、嬉しさを隠そうともせずライトを見ている。
(別に苦いだけで、それ以外はしっかりとしてます。不快に感じれるものもない。これは全然美味しいです)
あの見た目だけクッキーと比べれば、食べ物ではないものを食べさせられているような感覚が無い分、簡単に許容できた。
(それに、ミスティの笑顔に比べれば、なんてことありません)
相も変わらず拗らせた男である。
その後、二人はチョコレートの何十倍、いや甘くないのでチョコレートに無い、特別な甘い時間を過ごした。
◆◇◆
【トアの場合】
「ライちゃん!姉さんだよ!」
「お久しぶりですね、トアさん」
「えぇ~、もっと驚いた反応して欲しかったなぁ」
紅蓮の髪がライトの前を靡き、トアが飛びついて来る。
久方ぶりに見る彼女は、前と変わらずに緩くて元気そうに見えた。
ニコニコと持たれかかってくる彼女に、彼は微妙な視線を返す。
「さっき久しぶりって言いましたけど、"その姿では"って意味ですよ。実際には会って一週間も経ってないじゃないですか」
「でもでも~、久しぶりには変わらないでしょ。それにしても……ふへへ~生のライちゃん、良い」
ライトの言葉を意に介さず、トアはベタべタとくっ付いてくる。
別に不快でも嫌でもない、寧ろ心地良いのでスルーした。
すると、彼女が持つある物――モクモクと湯気を立ち上らせるボウルに目が嫌でも行ってしまう。
「それ、何ですか?」
「ああ、忘れてたよ。今日はバレンタインだからね、ライちゃんにチョコレートを渡しに来たんだよ」
「チョコ、レート?」
恐らく、そのボウルの中身がチョコレートなのだろうが、絶対にそんなことないと否定したくなる。
湯気が立ち上るチョコレートってそれもう溶けてるだろ。
トアが、ボウルの中身を見せて来る。
「…………」
「これが私の気持ち、熱々のチョコレートだよ!」
「…………」
ボウルの中で、どういう原理か分からないが火にも掛けていないのに、グツグツと煮立っている液状のチョコレート。
ホット・チョコレートやココアなどではなく、ただ溶けた熱々のチョコレートなのだ。
カカオの匂いが、熱気と共に伝わってくる。
その意味の分からなさに、ライトは絶句である。
同時に、目の前の熱の塊のような物体を食べる自分を想像し、逃げたくなった。
「……そ、それ、今すぐ食べなきゃ駄目ですか?」
「うん。さ、スプーンも準備したからさ、食べて!」
「…はい」
曇りの欠片も無い満点の笑顔を前に、断ることなど出来ず、トアから差し出されたスプーンを握る。
差し出されているボウルから、スプーンで煮立つチョコレートを掬う。
スプーン自体に仄かに伝わる熱が恐怖を掻き立て、ボウルへと戻そうとするのを精神で抑えつける。
きっと今のライトは、酷い笑顔をしていただろう。
「い、いただきます」
口へ、スプーンを運び入れ、閉じる。
その瞬間、
「――あっつ"っ!!!!」
「うわぁっ!?」
舌を熱々のチョコレートが焼き、反射で身体が跳ね上がる。
そのせいで、熱が口内全体に広がり、被害を大きくした。
スプーンをボウルへと落とし、床をのた打ち回るライト。
「だ、大丈夫!?ライちゃん!?」
「大丈夫なわけっ、早く水持って来てきてくださいっ」
「す、直ぐ持ってくる!」
ドタドタと駆ける音が聞こえる。
本当は、水魔法で直ぐに水を出せばいいだけなのだが、焦っている時は思考が上手く回らない為、仕方ない。
数秒で遠ざかった足音が近付いて来た。
「持ってきたよライちゃん!!」
「ありがっ――うがっ!?」
強引に首が持ち上げられ、口に強制的に水が流し込まれる。
視界に映るのは、心配した様子で無駄に大きい水球を浮かせ、それを操って口の中へ入れているトアの姿。
魔法を使っているのだろうが、余りにも精度が悪く、ライトはびしょ濡れだ。
火に特化している彼女は、やはり水魔法の扱いが苦手のようである。
数十秒間、その拷問のよう時間が続いた。
「げほっごほっ、う"っ……んな、何してくれるんですか……」
「ご、ゴメン、そんなに熱いとは思って無くて」
「そっちじゃありません、水の方ですよ!溺れるかと思いました!」
「え、そっち!?」
「確かにチョコレートは熱かったですけど、それよりもです!これからお説教ですよ」
「ら、ライちゃん、顔が怖いよ……」
流石の事態に怒ったライトは、彼女への説教を行うことに決めた。
「服も濡れてしまいましたし、本当に……逃がしませんからね」
「お、お手柔らかに……」
長時間、説教は行われ、それが終わる頃には、すっかりチョコレートは冷えていた。
冷めて初めて分かったのだが、チョコレートはしっかりと甘かった。
◆◇◆
【ソヨ・ラビットニアの場合】
ギルドマスターの執務室にて、机にもたれかかっているソヨ。
「ライくん、今日は何の日か分かる?」
「はい、バレンタインですよね」
「そう、Valentine's Dayだよ、ライくん」
(何でそんな発音良く言うんですか)
急にギルドに来るように言われたので、取り敢えず来たライト。
何かの緊急事態かと思えば、こんなことを言われ、拍子抜けした。
少し呆れた様子の彼を見た、ソヨの目が変わり口が蠱惑に歪む。
「当然、呼んだ意味、分かるよね?」
「……ソヨさんがチョコレートをくれるということですか?」
「さぁ?どうだろうねぇ」
「え?」
状況から予想して、少し自惚れた解答をすると、予想外の言葉が返って来た。
流し目が、妙に色っぽく感じれる。
ライトとソヨの関係は、かなり長くなっており、親しい以上と言えるので、てっきりそのまま貰えるかと思ったら、そう甘くはないらしい。
「っ……そういうことで、呼んだんじゃないんですか?」
「どうかな?全く別の用かもしれないよ?」
「ソ、ソヨさんっ!」
「何さ、私のこと呼んで」
「いや、あのっ、だから……」
ソヨの掌の上で踊らされている気がして、釈然としないが、今までもこの手のことには勝った試しがない為、動揺してしまう。
既に彼女も分かり切っている筈なのに、胸の内の好意を覗かれている様で顔が熱くなる。
あたふたと恥ずかしがっているライトをソヨは、ニヤニヤと眺めている。
「そんなに、私のチョコ、欲しいの?」
「その……まぁ……はい……」
「声が小さくて分かんないなぁ、しっかり大きな声で言ってくれないと」
「くっ……」
(本当に、ソヨさんは……本当にっ)
聞こえている筈なのに、敢えて言っているのが分かるからこそ、ライトは恥辱に顔を歪めた。
彼女の、悪癖からの言葉に、遂に彼は負けた。
「――もうっ!はい、そうですよっ!!僕はソヨさんが大好きですからっ!!ソヨさんのチョコレートが欲しいですっ!!それはもう欲しくて堪りませんっ!!」
半ば無理矢理に言い放たれたその言葉は、声の大きさもあり、良く響いた。
それを聞いたソヨは、というと。
「ふえっ……っぁ///……ちょっと、そこまでは求めて無かった、かな。でも、うん……嬉しいよ、ライくん」
想像以上だったようで、ライト同様に顔を紅くしていた。
若干手で顔を隠している辺り、本当に相当効いているようである。
双方が色々と受けて、行動が出来なくなって、数十秒経った。
「ごめんね、ライくん」
「いえ……何も問題ありません……」
「それより、はい。これが、私からライくんへのチョコ」
まだ完全に熱が抜け切っていないが、会話出来るだけ復活した二人は会話を再開した。
白い長方形の箱が差し出されたので、ライトはそれ受け取る。
黄色のリボンで装飾がされており、兎の模様も描かれている。全体的にソヨらしいと言えた。
「開けても、良いですか?」
「うん、良いよ」
「それじゃあ……これは」
箱の中には、白と黒のチョコが合わせて八つ入っていた。
如何やら普通のチョコレートではないように見える。
「シンプルなチョコにしようかとも思ったんだけど、それじゃやっぱ気持ちが伝わらないかなって思ってさ。ちょっこっとだけ違う物にしてみたよ」
「仄かに、フルーツ系の匂いがします」
「その通り、ドライフルーツが混ざってる、フルーツチョコだね」
そう言いながら、ソヨは箱の中から白いチョコレートを手に取り、
「あ~ん」
「えっと……」
「あ~ん」
口へと運ぼうとしてくる。
また顔が紅くなっているところから、彼女も恥ずかしい様だ。「恥ずかしいから早くして」という心の声が聞こえてきそうな程。
だが、同時にライトも恥ずかしいことを彼女は理解していない。
刹那の時を経て、ライトは、覚悟を決めた。
「あ、あ~~ん」
「お、美味しい?」
「……はい、美味しいですよ」
「そう、良かった……もっと、食べる?」
「当然です」
「ふふっ、仕方ないなぁ」
そんなこんなで、気恥ずかしさを感じながらも、二人は甘美な一時を共にした。
◆◇◆
【ヨルムンガンドの場合】
「ライトよ、今日は――」
「――バレンタイン。ですよね」
「むぅ、流石に分かるか、どうせ他の女からもチョコを貰ったのじゃろう?」
「まあ、はい。否定はしません」
「別に、それは我が攻める様な事でもない、気を張らなくて良いぞ」
「それはありがたいです」
月が昇り、夜が満ちる時。
つまりは、一日の終わりにヨルが問い掛けてくる、のを予測したライトが答える。
既に一日の間に何度も同じことを聞かれているので、流石に分かってしまった。
それに対して、ヨルは怒るでもなく肯定した。
きっと彼女ならば、ライトが誰からどれだけのチョコレートを貰ったかなど、既に把握してる筈なのだから。
「用件は、分かっておるな?」
「ヨルもチョコレートを、ということですね」
「そういうことじゃ、今日は特別にミスティにも夜を空けて貰うように言った。今夜は二人きりだぞ」
「久しぶり、ですね。本当に」
「ああ、最近はずっと三人で過ごしていたからな」
色々な都合と思惑、それに欲望が混ざり合った結果、殆どの時間を三人で過ごしていた。
だからこそ、それぞれが二人きりになると言うのは、嘘でも無くかなり久しぶりなのだ。
ヨルが一つの小皿を虚空から取り出す。
「これが我のチョコじゃ」
「ホワイトチョコレート……ですけど、何か凄い精巧ですね、これヨルですか?」
「うむ、ミニチュアな我のホワイトチョコじゃ!」
小皿の上には、口の中に容易に納まるサイズだが、異常な程に精巧に蛇形態のヨルを模したホワイトチョコレートが置かれていた。
その食べるのが勿体無いと思ってしまう美しさに、無意識にも顔を近付けてそれを見入ってしまうライト。
「流石ヨル、相変わらず大雑把に見えて器用で、料理上手ですよね」
「大雑把に見えては余計じゃ」
「すみません。でも、これ食べるの勿体無いですよ、こんなに綺麗なのに……」
「どれだけ精巧であろうと、芸術的であろうと、美しくあろうとも、食べ物である以上、食べられる運命にあり、その儚さこそ料理の良さと言えるのではないか?少なくとも我はそう思っているぞ」
「そう、ですよね」
案の定、その凄さに食べることを躊躇うライトに、ヨルが諭す。
名残惜しさはあるが、彼女の言う通りなので彼は仕方なく食べることに決めた。
そして、チョコレートを手に取ろうとすると、小皿が引かれ、手が空を切る。
「え?どうしてですか、ヨル。食べたいんですけど」
「フフッ、これには唯食べるよりも美味しい食べ方があるのじゃよ」
「それはどういう――おわっ!?」
一瞬の内に放り投げられ、ベットに転がされる。
脳裏に、嫌な想像が浮かぶ。
目の前には、何時の間にヨルが移動しており、腕と脚でベットに押し付けられる。
よって、回避と逃亡が不可能になった。
「いつ何度でも、この状況は興奮するな。お主を征服しているような、そんな状況が心地良い」
「ようなじゃなくて、実際に征服してますよ。僕これ以上もう抵抗できませんし」
「それにしては、冷静なように見えるが?」
「僕が冷静?何を馬鹿なことを」
先程から、心臓の鼓動が五月蠅くてライトは思考が纏まっていない。
また、既に脳内に刻み込まれた愛欲と快楽が身体に力を入れることを、抵抗を許さない。
「そうかそうか、では楽しむとしよう――っ」
言葉の後、ヨルがホワイトチョコレートを口に含む。
それだけで、何をされるのかライトは理解してしまった。
彼女の顔が近付いて来る。
「ちょ、ヨルまさかっ、待っ――」
言葉が聞き入れられることは無かった。
唇が重ねられ、同時にチョコレートごと強引に舌が彼の口内に捻じ込まれる。
チョコレートと唾液の混ざった、思考を鈍らせ脳を麻痺させる甘さが襲ってきた。
いつもよりも激しく絡められる舌が、理性と正常性を溶かしていく。
口内を愛撫されること数分、キスが終わり、舌が抜かれる。
蕩けた目をするライトは既に出来上がっていると言え、ヨルしか見えてない。
「やはり、我が婚約者だ、良い顔するな。まあ、チョコに入れておいた"薬"の効果もあるじゃろうが」
ヨルがライトに食べさせた、いや一緒に舐めたホワイトチョコレートは唯美しいだけの物では無かったのである。
口に出すのも憚られるような薬の数々が入れられていた。
その為、普通に食べるとその時点で味が変なので直ぐにバレてしまう。
だからこそ、ヨルは口移しのような方法を取ることで、味覚を麻痺させて誤魔化したのだ。
「さて、楽しむとしようか、なあライトよ」
その交わりは、バレンタインという日が終わっても尚、続いた。
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