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間1-6 無理ゲー・オブ・無理ゲー





「真剣勝負で、タナトス様に一撃当てられたら?」



 ライトは、リフィトースの言葉を復唱し、脳内で反芻する。



「いや、無理でしょ」(まあ、頑張ります)

「本音と建前が逆になってるよ?ライトちゃん」

「おっと、すみません」



 率直な感想が、取り繕いを貫通して口を突いて出る。

 指摘されたので謝罪をしいながらも、思考は停止しない。

 「無理」のニ文字がこびりついて離れない。



(タナトス様に…勝つ?…どれだけの無理ゲーか分かって言ってるんでしょうか?…この(ヒト)そもそも渡す気がないのでは?)

「そんなことないよ〜。私の未来視が君に勝利の可能性を見出してるもん。無理じゃないよ」

「…………」



 そんなことを言われても…と彼は押し黙る。

 彼は知っているのだ、理不尽なまでのタナトスの性能を。


 彼女は死の神、つまり死の概念の具現化と言って相違ない。

 故に、戦闘状態の彼女に触れた生命はその部位から壊死していく。

 ものの一秒も触れていればそれだけで死ぬ。

 また、彼女の鎌は、そのほぼ即死の力を刃一点に収束させる。

 刃がコンマ1ミリでも食い込んだ瞬間に、全身に死の力が伝播し完全なる即死を引き起こす。

 言霊を用いて、生命以外の概念的な力も一時的に殺すことが出来る。

 空間を殺しての瞬間移動、抵抗を殺しての高速攻撃、存在を殺しての気配遮断、衝撃を殺しての物理攻撃の無効化、そして異常や傷を殺しての完全治癒。

 何よりも、その抜群の戦闘センスがこれら全ての強力無比の権能を使いこなさせる。


 故に、『創生世代最強』・【絶対なる死アブソリュート・デッド】の名を持つ。


 攻略法が無いと絶望してしまう理不尽性能、それがタナトスという神だ。

 あのライトが即座に無理と口に出すのも分かるというもの。



(本当に?僕が勝てる…というか一撃当てられるのか?今まで、その全ての権能を封じた状態で、何とか攻撃を回避できる時があっただけ)



 不安で揺らぎまくっている瞳をタナトスへ向ける。彼女は表情の変化少なくも、優しく微笑み返してきた。


 これまでライトがタナトスと戦ったときは、当然彼女は権能を使っていなかった。

 それこそ、戦闘状態ですらなかっただろう、彼女にとってアレはただの遊びに過ぎない。

 だが、逆にいえば、あの時はライトも本来の力が使えなかった。

 両者共に本気でなかったとも言えよう。


 今度は、自身を抱きしめるリフィトースに首を斜め後ろに上げるようにして見る。



「ん?なにかな?」

(嘘は吐いていないように見える……。だとしたら、可能性はあるのかもしれない。それに、やらないのは僕の質じゃありませんし)

「抱かれたままじゃ戦えません」

「お、やるんだね。じゃあ、離れよ〜」



 リフィトースは、跳ねるようにして一瞬で離れてしまう。

 それと同時に、彼女がやったのか再度タナトスの部屋が広くなる。

 メティスも避難しているところ見るに、真剣勝負はもう始まろうとしている。



「ライト……勝てると思ってる?……」

「それはどうでしょう?ですが、負けると思って戦う馬鹿が何処に居るのでしょう?」

「ふふっ……じゃあ少しは……楽しませて……」



 空気が乾き重くなったかのように錯覚する。

 いつの間にか彼女は大きな漆黒の鎌を構えていた。



「あ、忘れてた!特別に、君の剣を出してあげるね!流石に不公平だから!」



 ライトの目の前に、彼の相棒である漆黒の銀河のような刃を持つが現れる。

 此処は、現実ではない筈なのだが、明らかにそれは『本物』に思えた。

 触れ、手で握る。彼に返ってきたのは『本物』の感触だ。

 しかし、何故かいつもと違う、何故かいつもより力強く感じる。



「……この場所、いや神に、いや…」



 彼は、相棒たる剣を出した神に目を向ける。



(リフィトース様に共鳴しているような…イグニティは、変な鉱石で作ったただ頑丈なだけの剣の筈だ)



 この場に置いて、かの剣が神器であるということを知らないのは、ライトだけである。

 だからこそ、その変化に違和感を抱く。



(けど、変な手は加えられてない。それは確かなんだけど…変じゃないけどやっぱいつもより力強いというか…止めだ、今はタナトス様に集中しなきゃ)

「手加減は……しない……」

「当然、だ…」



 しかしながら、それを調べる時間はない。相手は既に武器を構えて居るのだから。

 迷いを振り切り、イグニティをライトは構える。

 全神経をタナトスへと集中させ、切っ先を彼女へと向けたまま、静かに待つ。


 真剣勝負に、合図は要らない。



「――……」

「――っ!?」



 ライトは、知覚出来なかった。

 正に、忽然と消えたと言うしか無い程に、一瞬。

 瞬きの刹那に、既に相対していた彼女は消えていて。

 彼は理解した、その時点で負けたのだと。


 何かをされたと知覚もする前に、彼の意識は黒く塗り潰された。






「――はっ!」

「あ、起きた?」

「……はい」



 浮上した意識の中で、直ぐに状況を理解する。

 ライトは、言葉を返した後に。深くため息を吐いた。

 敗北が、胸に強く突き刺さる。


 だが、それで終われる訳がないが彼だ。

 確かに、圧倒的な何も出来ないどころの話で済まない敗北だったが、それでも尚、認められない。



「タナトス様」

「何?……」

「…もう一戦、お願いします」



 彼自身も、勝率が無いことなど理解していたが、その言葉が口を突いて出ていた。

 仕方ないことだと、諦められる性分なら、彼は今此処に居ないのだから。



「……分かった……リフィトース……空間はこれから……広げたままでいい……」

「分かったよ〜!メティスちゃん、あっちで一緒に待ってようか」

「はっ、はい!」

 


 見下ろすタナトスが、意味深な思考の後に頷く。

 彼は、その言葉と二柱が離れていく足音で、起き上がり立ち上がる。



「……始めましょうか」

「うん……」



 再度タナトスと向き合い、イグニティを構える。

 瞳を閉じ、音を消し、自身の持つ全ての感覚、それらを捨てるかのようにシャットアウトする。

 澄み切った思考で、念じる。



《黒剛彩王-虚の理》


―――虚の理:≪拡張世界認識(エクタグノーシス)()(タナトス)



 真剣勝負ならば、タナトス以外を気にする必要ない。

 それ以外の全てはいらない。全神経を注ぐ程度では、彼女には届かない。



(成る程、これは化け物です)



 死の力だけを感じられるこの状態だからこそ言葉や知識だけではなく分かるのだ。

 彼女の異常な強さが。

 登る遥か高い山の前に立ち、頂上が遠いな、と言ってるような感覚だ。



(……来る)



 全ての感覚を捧げた上で得られる、超精度の情報はまるで未来視の如く、迫る死神の行動を教えてくれる。


 左後方上部から首を狙うような角度で振られた鎌へと、イグニティをぶつける。

 パリィの要領で鎌をズラそうとした刹那、思考が黒に潰される。






「……?」

「起きた……次……」

「…分かりました」



 目覚めた彼に、タナトスは声を掛ける。それは、再度の真剣勝負を意味する。

 混乱する思考でも、返答はしっかりとし、立ち上がる。



(何をされた?どうやって死んだ?)



 疑問が絶えない。意味が分からなかった。完全に防いだ筈なのだ。



(種が分からない……いや、分かるかもしれない!)



 光明が指すとはこのこと。

 自分が死んだ原因を探る、そんなことは凡人には出来ない。というか凡人ならば死んで終わりなのだ。

 自らの領分なら、それが可能なのをライトは思い出した。



《黒剛彩王-虚の理》


―――初級記憶魔法:メモリード



 自身の首へと触れながら、魔法を使う。

 黒い魔法陣が形成され、金色の光を放ちながら霧散する。

 記憶魔法、ミルフィリアでも非常に使い手が少ない魔法。

 同時に、彼の管理する理の内だ。



(成程…俺がタナトスだけに注意をしていることを理解した上での攻撃だった訳だ)



 どうやって殺されたかは簡単だった。

 タナトスは、自身の死の力で鎌を形作り、左後方上部から振り下ろすように操った。

 だが、同時に気配を殺した彼女は、本物の鎌を右前方下部から斬り上げるよう振るっていた。


 死の力の鎌も受けたら即死だが、本物の鎌でもそれは同じこと、片方を防いでもう片方の直撃を受けたライトは即死したという訳だ。

 そしてそれは、ライトが死の力にのみ注視していることに気づかなければ、しないだろう。



(手の内は理解される前提で…その上で上回らなきゃいけない。……面白い)



 あまりに高い壁に絶望すらせず、奮い立つ。

 それこそが、黒き王があるべき姿だ。

 再び、彼は深い笑みを浮かべた。



◆作者の願い

『面白い』,『続きが気になる!』と思った読者の皆様へ。

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◆技解説

魔法技録

虚の理:≪拡張世界認識(エクタグノーシス)()(タナトス)≫ 本来世界を認識するのに必要な媒体や身体器官を完全に無視して世界を認識することが出来るようにする とりわけ死に関するものは精確に認識できる



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