間1-2 胸を貫くスカルペル
「あの、ヨルの…『腕を食べた』ことがあるんです」
数十秒の沈黙の後、メティスはゆっくりと口を開く。
「その食べたとは、物理的な摂取、ということかい?」
「ええ、その通りです。ボリボリ咀嚼しました」
「ふむ……だとしても、可笑しい。摂取だけで身体に馴染むなら、この世は化け物だらけになってしまう」
「その通り……でも……その行動も……要因になってる……筈だから……」
「これは、本格的にライトくん、君のことを調べる必要があるみたいだ」
「え、あっ、は、はい」
左右から同時に向けられた、視線に自然と萎縮しながらもライトは、返事をした。
彼の中にヨルの血が流れている原因について、思いつくのはあの腕の捕食以外には特に無い。
と、思ったが別の時のことも思い出した。
(そういえば、ヨルに血を飲まされたことがありましたね。あの時は忘れてましたけど、思い出しました。確か≪愚者に許されし繰延法≫の反動の治療の為でしたっけ。滅茶苦茶に甘かったんですよね、ヨルの血)
そんなこともあったなぁ、と一人で回想をしている内に周囲の状態が変わっていることに、彼は気づかない。
タナトスの部屋から、白を基調とした機械的な部屋へ。
病院の集中治療室のような感じをイメージするといい。
(もしかして、腕もそうでしたけどヨルって美味――「ライトくん、そろそろ思考の海から戻ってきてくれ」――ふえっ?すみませっ、て此処は?っとと、すみません。メティス様、タナトス様」
意識を引き戻され、周りを見渡し変化に気づき、戸惑うライト。
そんな反応は気にせずに、メティスは何やらスカルペルのようなものの刃を、蒼い布で拭っている。
タナトスは、というと彼の横でパイプ椅子に座っている。
準備が終わったのか、メティスが口を開く。
「ライトくん、その手術台に寝てくれ」
「しゅじゅつだい?えーっと、その白いベッドみたいなものですか?」
「そうだ、此処に仰向けになってほしい」
「分かりました」(あ、思ったより硬い)
彼女の言う通りに、手術台に横になるライト。
真上から照らす光が眩しくて、自然と目が細められる。
「それじゃあ、君の中身を調べさせてもらうよ」
「中身?――メティス様っ!?何を!?」
スカルペルをメティスがライトの胸に突き刺した。
理解不能な彼女の行動に、避けようとするも何故か、身体が動かなかった。
せいで、刃は身体に入り込んでしまった。
「あれ?痛くない」
「当然さ、そもそも傷付ける為のものではないからね。これは、謂わばボクの身体の延長。これを相手の内部に挿入することで、より詳細に相手の情報を読み取るんだよ」
「成程」
(ということは、やっぱり相手の情報を読み取るという能力は、メティス様のデフォルト能力ということですか。だから、言ってないことも分かると。合点がいきました)
問題がないのなら、意外と物事には適応できる…らしい。
少なくとも、ライトは適応し知って納得してしまった。彼は普通とは言いづらいので、基準にしては行けない気がする。
彼が思考を巡らすのを他所に、彼を見下ろすメティスは、お構いなしにスカルペルを滑らせる。
しかし、身体が切り裂かれることはなく、刃が挿入されたまま身体を滑っているだけだ。
くすぐったくはないが、何が身体の中を動いているという、奇妙な感覚だけを感じる。
しかし、それがとても面白く、彼には感じられる。
「ふむふむ……えっ?あ~~~っ、成程、そういうことか。これは『厄介な特性』だ」
「何か……分かったの?……」
「分かったよ、彼の…黒魔の特異性がね」
「それは、一体何だったんですか?」
いつの間にか居たタナトスと共に、こんな状態にも関わらず、ライトはキラキラした瞳を、天井を仰ぎ見るメティスに向ける。
「ライトくん、君の特性は『食べた上位者の特性を自身に適応させる』というものだ」
「お、おぉ?」
「成程……だから神性が……」
「どういうことですか?」
勝手に納得した様子の二柱に困惑する。
彼の内情を知ってか知らずか、答えてくれる。
「食べた上位者、今回の場合は蛇の王なのは分かるね?」
「はい」
「彼女は、虹之蛇の突然変異個体――円環之蛇。その特性は『森羅万象への完全適応』全く、異常にも程がある」
(ヨル、何て能力持ってるんですかっ!?)
思わぬところで知ったヨルの能力にただ驚くどころか驚愕して、息が止まりそうになる。
ヨルの特性『森羅万象への完全適応』は、字のままの能力だ。
自身が関わったあらゆる事象・現力に適応し、耐性を得て身につける。
この世界の創造主達が、こぞって殺せぬ怪物と称す、正真正銘の世界最強が所以はこれにある。
「そんなバグ特性を、君は身体に適応させたという訳になる。だから、君は降ろされた神性に対して適応し、神化しているという訳さ。何故唯の適応しているのではなく、徐々な神化となっている原因は、君が蛇の王の腕しか食べていないからだね」
「ほ、ほう」
「君の特性は、正確には上位者から摂取した現力の量に応じて、上位者の特性を適応させる。これは、中々に灰汁の強い特性だよ」
「そんなに?……私は使いやすいと……思うけど……」
少し顔を顰めて腕を組むメティスに、タナトスが問いかける。
一見、ライトの特性は、強そうに思える。がしかし、そうも上手く行くわけがない。
「条件が、上位者ってのが難しいのさ」
「上位者って、具体的にどんな相手なんですか?」
「そりゃあ、レベルが10000以上の生物に決まってるじゃないか」
「メティス……それは下界じゃ……あんまり知られてない……」
「あれ?そうなのかい?」
「レベルって、9999が上限じゃないんですか……」(確かにヨルがMAXなのは確定として、だとしたら上限のミスティも同じってことになりますけど…ぶっちゃけ本気なら相手にならないでしょうし)
彼の常識がまた一つ、破壊された。
だがまぁ、それほど大きなものでもないので大丈夫だろう。
「上位者になる生物なんて、大抵高度な知性を得ている。おいそれと現力や体の一部をくれるわけない。それに上位者は、皆癖が強いからね。食べなきゃいけないのも面倒だ」
「でも……蛇の王の特性が……弱くてもあるなら……これからも……強くなってく……」
「それに、条件が難しいとはいえ、君の特性は蛇の王と同じく、無限の可能性を持つ。まあ、君のやり方次第だけどね。頑張ると良い」
「分かり、ました……」
得た情報が、多すぎて完全に自分の中で処理切れていない。
だが、そんな中でも辛うじて、ライトはそう返した。
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